番外編②「女神様、初めて少女漫画に触れる」
昔から本が好きだった。
暇つぶしに最適だし、何よりパラレルワールドの世界を想像することが楽しかった。
具体的にハマったキッカケというのはない。
いつの間にか手に取って、読んでみて、それが今も続いているだけ。
けどそうだな……。覚えている作品は1つだけある。
それは、僕が初めて手にした──少女漫画だ。
✻
「なるほど。これが少女漫画ですか」
鈴菜さんの一件を終え、家に帰ってきた僕と美桜は共に本棚を漁っていた。
そして美桜が手にしているのは、鈴菜さんが実際に描いている少女漫画──その見本誌の1つだ。
ファンサービス的な感じで貰ったのだが……正直に言うと読む気が起きなかった。
貴重な見本誌だ。ファンとしては厳重に保管しておきたいと思うだろう。
そのため、僕は見本誌ではなく当日発売のコミックスを買って読むことにした。ちなみにこれは、棚の上に彼女のサインが見えるように立てかけてある。
こう見ると、意外と丸っこいんだよな。鈴菜さんの字体って。
「ここに置いてあるのは、鈴菜さんの作品ですか?」
「まぁそうだな。ほぼほぼ彼女のだ」
「……こ、こんなに種類があるのですかっ」
「こらこら。隣の棚にまで広がってるわけないだろがい」
「……では、現在は11巻まで続いているということですか。本は連載が大変だと聞きますが……そうなると、やはりスゴいです。尊敬します」
それは僕にではなく『先生』に言った方がいいと思うぞ。きっと号泣して縋り付いてくると思うから。
絶賛売り上げは累計300万部を突破。
少女漫画の中でも凄まじい売れ行きを残し、たった2年で漫画──『キミとボク』は少女漫画界隈において名を轟かせた。
ファンの中には『一体どんな人が描いているのだろう』と噂する者も少なくなく、実際に考察した動画なんかも見かけることもある。
だが……予想もしないだろう。
その大人気売れっ子少女漫画家の正体が、僕と同じ陰キャの眼鏡っ子少女だということを。
「……あの。つかぬ事をお訊きしても?」
「どうぞ」
僕は迷うことなく許可をする。
そして美桜は質問する文章を練り、僕に改めて問いかけた。
「本好きなのは知っていましたが、湊君は、そのぉ……どうして少女漫画に手を出したのかと……」
……言い方がおかしかった。何か誤解を招かざるを得ない言い方をされた気がする。
しかし質問を許可したのは僕だ。
ならばそれ相応の返答をしなくては美桜は満足しないだろう。そういう奴だ、真城美桜という女は。
「……深い理由は無いが。……強いてあげるなら、伊月に薦められた」
「村瀬君に……ですか?」
「そっ。僕が本好きだってわかった途端にいきなり少女漫画薦められて。そのあまりの圧力に、断るものも断れずに読んだわけだ」
「はぁ……」
『大変ですね』と、付け加えたそうな顔をしているが美桜はそれを飲み込んだようだ。
別に言われても構わなかった。
事実だったし、何より共感者が増えたみたいで一瞬心が跳ねた気分になった。
だがそれでは美桜の流儀に反するのだろう。だから敢えて飲み込んだ──そんなところか。
僕は続けて話をする。
「それで読んでみたら、かなり面白くてな。まだ単行本にする前の作品だったけど、それでもかなりの完成度だったから、文化祭とかは必ず買いに行ってた。……って、それは関係ないか」
口を滑らせてしまった……失言ではないが、少し恥ずかしい一面を晒してしまったことに変わりはない。
「なら、その本もあるんですか?」
「ああ。文化祭限定だったし、何より生存品じゃないからかなり貴重だよ。気になるなら貸すけど」
「……読んでみたいですっ!」
美桜は目を輝かせてそう言った。まるで、餌を見つけた小さな犬みたいに、尻尾までフリフリさせて。
僕のことを知りたい──その1つなのかもしれないが、今まで触れもしなかった『漫画』という本に新鮮味を感じるらしく、美桜は口角を緩めて笑った。
この日の夜は、早くも読み終わった鈴菜さんの同人誌の感想を言い合うことになった。
それはもう……これ以上無き充実感を得られた。
あの美桜からも好評価を貰い、これは鈴菜さんに報告すべきだなと思う、そんな一夜となった。
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