番外編
番外編①「女神様、初めてコンビニに入る」
「湊君、お聞きしてもよろしいですか?」
「いいけど……どうしたんだ?」
いつもの帰路の途中──今日こそは1人で家に帰ろうとしていた矢先、出会い頭をやられ、結局いつも通りに美桜と帰路に着いていると、美桜が僕に訊ねてきた。
つんつん、と何度も突かれたのもあってさすがに無視を突き通すことは難しい。『刺激』という明らかな『証明』があるからだ。
美桜は人差し指を思いっきり目の前にあった建物へと向けた。人であろうと物であろうとも、指を向けるのはいけないから良い子のみんなは真似しないように。
「……コンビニ?」
美桜が指した先にあったのは、コンビニだった。
今どきであれば、徒歩で数分歩いた辺りで1軒見つかるぐらいコンビニの幅は広がっている。『近くて便利』ってのを売りに出してるぐらいだもんな。
田舎だとしても数軒はあるだろうから、珍しいわけではないはずだけど……。
肝心の女神様は興味津々のご様子だ。
いつもここ通ってるはずなんだけど、何で今日に限って……? 純粋な疑問となった。
「……コンビニ、ですか。略称ですよね、正式名称は?」
「……コンビニエンスストア」
「なるほど。言いやすいように省略した、ということなんですね。なるほどなるほど……」
「えぇっと……何でコンビニ?」
「……実は私、コンビニに入ったことないんですよね」
……えっ? 嘘でしょ、嘘だよね!?
今どきコンビニなんて全国に何千、何万店舗あると思ってるの!? 近くて便利がキャッチコピーだというのに、どうして入ったことがないって単語が出てくる!!
「……そんなに驚かないでください。これも、その……湊君の中での『一般常識』に含まれるのですか?」
「僕に限らず全人類に当てはまる一般常識だ」
だって子どもでも入るぞ。
中にあるお菓子ゾーンを目指して、何百円という単位のお金が消費されているというのに。
……しかし、考えてみれば不思議でもない。
女神様こと『真城美桜』は列記としたお嬢様──その世間知らずっぷりは、最早人智を超えていると言ってもいい。
おそらくだが、インスタントとか食べたことないぞこの人。
如何にも『自炊が常識』って言いそうな人だもんな。お昼ご飯さえ、手を抜いたところ見たことないし。
「……なぁ美桜。今、小腹空いてるか?」
と、僕は彼女に訊ねる。
「そうですね……。少し、甘いものが食べたい気分です」
と、彼女は僕に返答する。
コンビニに何の目的も無しに入ることは可能だが、客として入る以上──何かしら購入して、店の売り上げに貢献してあげたくなるのだ。
同じではないが、お店にバイトしている身としては、売り上げは非常に大事だと知っている。
同情ではないけど、どのお店でも売り上げって基本的な大事なことだと思うし。
「じゃあ、何かお菓子でも買ってくか」
「……はっ! つ、つまり、コンビニデビューですね!」
「何だそりゃ」
コンビニデビューって何だよ。今どきそんな言葉聞いたことないんだが。
おつかいデビューじゃあるまいし。
「き、緊張しますっ……!」
「そんなに清うこと無いと思うけど……。あくまでも庶民なら、庶民の店舗なんだし堂々としてなきゃだろ?」
「湊君……。そ、そうですね! 何事も挑戦ですもんねっ!」
「それ言うなら『経験』だろ」
大丈夫なんだろうか……。そんな不安を胸に抱きながら、僕は彼女とコンビニに入った。
中に入るとそこには、白色をベースにした棚が4列分配置されており、僕はあわあわと混乱している美桜の腕を取ってお菓子ゾーンへと入る。
レジからも近く、かなり子どもに良心的な配置だ。
美桜には失礼だが、多分今の美桜にもピッタリだと思う。
「……スゴい数ですね。これ、全てお菓子ですか?」
「そうだぞ。日本のお菓子業者舐めない方がいい」
「主に売っているのは洋菓子ですね。和菓子はありますか?」
「あるけど。お前の好みに合うか?」
美桜はぶんぶん、と興味津々といった様子で耳を振っている(※そう見えるだけです)。
さすがは名門家のご令嬢だ。和に特化した彼女にとっては、洋菓子よりも和菓子の方がしっくりとくるのだろう。
まぁ小腹が空いた程度らしいし、この後に夕食も控えていることだから量が多めなものは買わなそうだ。
美桜はそこまで量を食べるほどではない。
草食系──と、そんなところだろうか。女子っぽいところもちゃんとあるんだなと安心した一面だ。
洋菓子ゾーンから少し離れて、和菓子が置かれた棚へと移動する。
最近のコンビニスイーツは美味しさや見た目の重視が高く、お手軽に食べられることもあってかなり人気を集めている。
実際、僕もその1人だったりする。
……いや、あれはハマるでしょ。日々日々進化していくスイーツを追いかけたくなるよ。
「……
美桜は幸せ満開なご様子だ。
表情上では変化が見られないが、幼馴染でしかも同居人である美桜のことならば僕にはわかる。──内面だと、かなり興奮しているのが。
言動から見ればわかるかもだが、表情が乏しいと直感とかで感じ取る人も多いだろうしな。
……しかし、アレだな。
ここまで女子っぽい雰囲気を
貴重なショットが、また脳内に保管されていきそうだ。
「……全部食べたいです!」
「やめとけ。夕飯食べれなくなるぞ」
「ひ、日にち毎にズラして食べていけば何の問題もないはず……!」
「そうかもしれないが……和菓子って、洋菓子と違ってそこまで長持ちしないだろ。だから冷蔵庫に入れといてもあまり日持ちしないからな?」
「ゔっ……。こ、懇親の一撃を食らわされた気分です……」
「どんな感想だよそれ」
洋菓子に対しての侮辱……というよりかは、和菓子に対しての執着心って感じか。
まぁ美桜は元々、差別とかするような子じゃないし当たり前と言えば当たり前なんだけど。
「……じゃあ、洋菓子も買うか? 和菓子と違って日持ちもするし、食べたいときに食べれるだろ」
「ひ、人のこと、大食いとでも思ってますか?」
「認めるのか」
「……断じて違いますが」
それって『認めてる』のと一緒な返答な気がするぞ?
だが、美桜は少し洋菓子ゾーンの方へと視線を向けて、和菓子とは違った好奇心の目を向けていた。
「……では、そうします」
「そっか。じゃ、洋菓子は僕のオススメでいいな。選べって言ったら余計時間かかるだろうし」
「……言ってくれますね」
洋菓子慣れしていない人が何か言ってやがるようですが、僕は断固気にしません。
僕達はレジ前へと並ぶ。
夕暮れ時ということもあってか、あまり人は混雑しておらずスムーズに列は進んだ。
後は会計を済ませるのみ。……と、そう思った矢先のことだった。美桜がつんつん、と僕の腕を突く。
「どうした?」
「あれは、何ですか?」
またもや指をさしたのは、レジ横で湯気を立てるおでんだった。
……なるほどな。コンビニに入ったことすらないのだったら、見たことなくて当然だろう。
「おでんだよ。お前も鍋とかで作るだろ?」
「……いいえ。作ったことありません」
「……えっ? じゃ、じゃあ、おでんそのものを知らないってことか?」
「だから先程からそう言っているじゃないですか。何度も言わせないでください」
美桜はぷぅーっと、頬を膨らませる。
その仕草は見る人全てを魅了させるような、とても純粋且つ可愛らしい表情を浮かべさせた。
……だが、それと同時に思うことも1つ増えた。
やっぱり美桜はとんでもないくらいの世間知らずだ。おでん茹でたことないって……一応、和風料理のはずなんだけど。
と、返って呆れるのであった。
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