第50話「女神様と過ごす、たった1日の誕生日」

 突然クラス最下位カーストに滞在する僕と、逆に学校の上位カーストに滞在する美桜による、幼馴染関係を告げた出来事は——あっという間に拡散した。


 クラスの掲示板にはもちろん、新聞部も見出しに『クラスの陰キャと学校の女神は……まさかの幼馴染だった!?』なんて。如何にもなことが書かれていた。


 ……どうせこうなるだろうと思ってはいたが、まさか授業中もその話題でもちきりになるなんて、一体誰が思うだろうか? ってか、授業進めようよ。お陰で午後は久しぶりにクラス全員が起きてたけど。



 昼休みのときも、途中の休み時間のときにも普段僕に声などかけてもこない奴らが、僕と美桜の関係性について聞きに来てくるほどに炎上状態。


 僕個人なんて望みもしていないが、そこまで認めたくないのか、もしくは面白半分又は冗談の意味を期待して真実を確認してくる人が大半だった。

 ……こういうのを自分で経験すると確かに、美桜が他人を易々信用出来ないのも、わかってしまう。


 美桜と『幼馴染』だから必要とされている——そんな現実が、新たな悩みになってしまった。



 そして、波乱万丈だった午後を終え、まだまだ昼休みの話題が収集ついていないためか、僕と美桜が合流するタイミングを見計らうクラスメイトとその他大勢。


 ……ちょっと面倒なことしたかなぁ。

 けれど、この状況が汲み込まなかったわけではない。ただ、思った以上の依存と執着に呆れているだけだ。


「——湊君」


 と、そんな僕の元へ女神様が降臨された。

 今日は一段と美しさが増し、少し口角が緩んでいるような気がする。


「……悪いな。こんなことになって」


「いいんです。湊君はただ私との約束を果たしてくれただけですから。後のことは、私に任せてくれますか?」


「い、いいけど、何か案でもあるのか?」


 今も僕達が音量を下げて会話している内容を聞き耳立てて盗み聞きしている、この連中を。


 僕は正直なところ、放って置けばいつか話題も薄れると踏んだのだが……今日の様子を見て確信した。絶対にこの話題は、誰かが止めない限り尽きることはない。


 入学してからたった1ヶ月で晒し者になるのは勘弁願いたい。

 美桜に何か案があるなら、一か八かやってみるのもありだろう。


「はい。ただ、あまり画期的な方法とは言えませんけど」


「……それって、どういう?」


 僕が訊こうと動いたときには既に美桜は行動に移していた。





 そして——美桜は突如、僕の手を握ってきた。…………………………………………WAY?





「——湊君とは幼馴染なだけです。その証拠に、こうやって『訳がわからない』って顔をしていますし。普通であれば、真っ先に顔を真っ赤にしそうなものなんですが」


「……それは、自分が『有名人』だって自慢してんの?」


「酷いですね。そこまで常識知らずではありません」


 もう十分常識知らずだと思うのは果たして僕だけなのだろうか。


「とにかく。これ以上、湊君を困らせないであげてください。その分、私が相手をするので。疑問に思う人は、私に直接言ってください」



  ✻



 ……というのが、既に1時間前の話。

 そして、現在の僕はというと……、


「いつまでそこでへこたれているつもりなんですか? 勢いで冬眠しそうですけど」


 毒を吐くように辛辣さが交えた声で美桜は言う。

 叶うんだったら後半年ぐらい冬眠させてほしい……それか、いっそのこと転校するっていう最終手段が……っ!


「……いや。現段階で考えるべきなのは、僕がどうこうするではなく、どうやったら地球の法則をねじ曲げて時間を戻すことが出来るのかだ……。あの某有名戦闘漫画にも、地球のときを戻すなんてことしたじゃん。3分だけだったけど」


「……漫画のことはまだよくわかっていませんが、湊君が人智を超えた力を望んでいるのだけは何となくわかりました」


 美桜は何やら納得した様子だが、僕自身はまるで納得出来ていない。


 ……あんなの、ただ敵を増やしただけじゃないのか? 幼馴染だからとか、美桜が信用しているからとか、尤もらしい理由を付けられてケチを入れにきたりするんじゃないだろうか……?


「……そんなに、嫌でしたか?」


 未だに机に顔を埋めた状態の僕に、美桜は先程とは打って変わって冷静沈着とはかけ離れた少し落ち着きのない、動揺した声で言う。


「……嫌、っていうか。別にバレることに対してどうこう言いたいわけじゃなくて……」


「それじゃあ、他に何か問題でも?」


 美桜はまるでわかっちゃいない。


 まぁ……知ってたよ。この世渡りが不備だらけのお嬢様に何を言ったところで、まずは世間常識から叩き込む必要があるのは、僕が1番知っている。


 だからここは、下手な例えはせず、直球に物申した。


「……僕が巻き起こした話なのは違いないし、今更約束を無かったことにーなんて、そんなことは言わない。でも、お前1人に負担をかけるのは、違うだろ?」


 腹は括った。括ったつもりでいた。


 けれど、実際はまだまだ怖いことだらけで、憂鬱な気分であることに違いはない。


 今後も生活に変化をもたらすつもりはないし、あからさまな友人は作るつもりもない。……そういう面だと、本当に似てるな僕達は。


 だからといって——あれでは、美桜に全ての責任を押しつけた最低野郎みたいになるじゃないか。

 すると美桜は肩を竦めてこう言った。


「……何を言い出すのかと思えば。何か勘違いしていませんか? 私は自分の私利私欲のために、湊君の生活に支障を加えたいなんて考えていません。ノーリスクでいきたいんです。その点私なら、その辺はわかっていますし、ある程度の知識もある。だから引き受けたまでです。そうでもしなきゃ、私の方から約束の件は無かったことにします」


 珍しく強気に、傲慢な台詞を吐いた。

 自分勝手なことを言われているというのに……どうしてだろう。何だか、スゴく嬉しくて堪らなく思える。


「……ダメ、ですか?」


 美桜は再確認するように、僕の顔を上目遣いでじーっと見てくる。それも、どこでそんな知恵を身につけたのか、目の奥をキラキラと輝かせて。

 お互い座っているせいもあって、いつもよりも距離が近い。


 美桜にとっては単なる『お願い事』をしているだけなんだろうが、僕にしてみればこれ以上に心臓に悪いポジションはない。


 ……まったく、一体どれだけ困らせる気なんだか。


「……条件付きだ。僕も対処には臨むけど、僕達はただの幼馴染。それと、落ち着くまでは教室内で話すの無し。ある程度落ち着いてからだ。それでどうだ?」


「そうですねぇ。要するに、いつも通りにしていいということですね?」


「あ、まぁ……そうなるな」


「わかりました。湊君はあまり巻き込みたくありませんでしたが、仕方がありませんね」


「……僕が言うのもなんだけど、お前って折れるの早いよな」


「湊君ですから。仕方がありません」


 ふっと、美桜は微笑む。


「あ、そうだ。渡すもの渡さなきゃな」


 僕は隣の寝室へと行き、机の横に掛けてあった紙袋を美桜に渡す。

 静かにそれを受け取った美桜はきょとん、と首を傾げる。


「これは何ですか?」


「……日頃のお礼分だ」


「それは学校で貰った分です。……答えて、ください」


「……誕生日だから、その、プレゼントだよ」


「……ありがとう、ございます」


 言わされた感が残るが、僕は特に気にしていなかった。


 暫く美桜は受け取った紙袋をぎゅっと抱き締めたり、持ったまま腕を伸ばして遠目から眺めて見たり。そのとてつもなく挙動不審な行動に、思わず笑い声が溢れてしまいそうになる。だが、美桜にとっては不快に思ってしまうかもしれないので、僕は堪えることにした。


 それに、結構面白い図だなって思うし。


「開けてもいいですか?」


「ああ」


 少し動揺しながら、僕は美桜の開封作業を見守ることにした。


 学校で渡したのは水晶のペンダントだ。

 と言っても高価なものではない。中には星の砂が入っており、水晶は光に反射して透明となってとても綺麗だ。


 美桜は封された袋を開けると、そこからもふもふで大きい物体を取り出した。


「……これは、ぬいぐるみですか?」


「そっ。くまのぬいぐるみ。今年のは、あんまり付ける系じゃないけど、偶にはこういうのもいいだろ? ちょっとは庶民っぽくってさ」


「私も庶民です。もし私が庶民じゃなかったら、私は何なんですか?」


 シンプルな投げ返しですこと。


「……えぇっと。お嬢様?」


「それはそれで間違ってませんが、お嬢様というのは甚だ疑問です」


「そりゃそうだろうけど……」


「——ですが、ありがとうございます」


 美桜は貰ったばかりのくまのぬいぐるみを大事そうにぎゅっと抱え、僕の前だけで見せる笑みを浮かべる。内股で座っていることもあり余計に可愛さが増している。


 ……きっとこういうのを、無防備と言うのだろう。僕には縁遠い単語だと思ってたんだけどな。


「それと、1つだけ……言ってもらいたいことがあるのですが」


「……あぁ」


 もぞもぞ、と身体をくねくねさせながら物申す。

 僕は美桜が何を言ってほしいのかをすぐに把握し、僕は今年、今日たった一日しか言えない言葉を言った。




「——お誕生日おめでとう。美桜」




 そして今日も、この奇想天外な女神様との心臓に悪い日常が続いていく。

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