第29話「女神様はトモダチ?の家にお邪魔する」

『とにかく、その……で、オレだけじゃどうも終わりそうにないというか何というか……』


「歯切れが悪いな。お前にしては」


『と、とにかく! また締め切り寸前らしくて参ってて……助けてくれるか?』


「……わかった。場所は?」




 というのが、最早数十分前の会話。


 無理矢理決められた感は残るものの、彼女のことなら引き受けざるを得ない。

 彼女には、いつも笑顔と感動を貰っているし、何より毎度楽しみにさせてもらっているからな。


 それは決して変な意味ではない。純粋に、ファンとしてだ。


「……ところで。何で美桜まで着いて来てるんだ?」


「迷惑でしたか?」


「いや……そんなことはないけど」


 まさか着いてくるとは予想外だったのだ。


 他人の事情とかに興味があるわけでもないだろうし……夕飯を作って待っててほしかったのだが。

 こうなってしまった以上、連れて行くしかあるまい。変なことしに行くわけでもないしな。


 普段乗らない電車に2人で乗る。

 それだけで絵的には萌えるけど、僕からしたら嫉妬の嵐に巻き込まれるだけだ。


「それより、今からどこに行くんですか? 電車なんて普段乗りませんが」


 美桜は吊り輪に手を伸ばす僕を見つめながら訊ねた。

 一方で美桜は、僕の目の前の座席に座っていた。

 僕達は今、ゆらゆらと揺られながら、伊月が指定した“あの人”の家へと向かっているのだ。


 登下校は全て徒歩。

 電車に乗らなくても通える距離なため、普段から電車に乗ることはまずない。

 それは美桜も同じだ。一緒に住んでいるのだから、尚更。


 僕は行き先を伝えずに「ちょっと伊月のとこに行ってくる」と美桜に言い、そのまま別れるつもりだった。……が、



「──待ってください。私も行きます」



 と、1度言ったことを曲げない美桜の言葉を飲み込めざるを得なくなり、あまり気乗りはしないが一緒に目的地へ向かうことになったのだ。


「行き先も言ってないのに、よく着いてくる気になったな」


「私は湊君の『保護者』です。ですから、湊君がこんな時間からどこに行くのかを突き止めるのも、私の使命の1つです」


「誰が誰の保護者だって?」


 というか、その設定、まだご健在だったのね。既に無いものだと思ってたよ。いや無くていいんですけど。


「ところで、今からどこに向かうのですか? 行き先ぐらいは教えてください」


「ん、あぁ。


「村瀬君の……カノジョさん?」



『──まもなく、大宮。大宮に停まります』



 そうこう話をしているうちに、目的地である大宮に到着した。

 埼玉の都市部とも言えるこの広い場所で、僕は迷うことなくいつも通りの順路で出口を目指し、歩いた。


 大宮駅北口から出て徒歩5分ほどの場所にあるマンションの5階。

 何度かお邪魔したことがあるため、部屋番号もどこの部屋がそうなのかも既に感覚が覚えているようで、迷うことなく辿り着くだろう。

 家に帰宅するつもりもあって、制服で鞄を持った状態だがそれはきっとあいつもだろう。


「ここには、何回か来たことがあるんですか?」


「何でだ?」


「その……結構入り組んでいた道もあったのに、真っ直ぐここに向かっていたので」


「そうだなぁ……。ほぼ伊月に付き合わされた形だけど、何回かな」


「……知らなかったです」


 しょぼんと美桜を俯いた。

 知らないのも当然だ。ここに来たのは中学生以来。つい最近また関わり出した美桜が、そんなことを知るはずもない。

 僕も話していなかったから尚更だ。


「そういえば、村瀬君のカノジョさんとは、どんな方なのですか?」


 ふと、美桜がそんなことを訊ねてきた。

 まぁ妥当だろう。今から伊月のカノジョとはいえ、おそらく初見かもしれない人の家にお邪魔することになるのだ。

 しっかり者の美桜ならば事前情報を出来る限り入手しておきたいだろうしな。


「その方は、私達と同じクラスなのですか?」


「いや違うよ。隣のクラス。伊月のカノジョは……そうだなぁ。一言で言うなら『陰キャ』だ」


「……陰キャ。ということは、湊君みたいな人ですか?」


「どうだろう。陰キャって一言でまとめても、個性とか性格は似たり寄ったりだし。けど、伊月とは正反対な人だよ。多分、見たらビックリする」


「そう、なのですか……?」


 ノリノリで話す僕とは対照的に美桜は疑問符が増築されていく。


 いくら考えても想像が出来ない。と、そんなところなんだろうけど、悩みに悩む姿もまた貴重な姿のためどうしても少し笑みが溢れる。


 ……何だか最近になって、知らなかった美桜を次々と教えてくれている。

 美桜も『僕のことを知りたい』と言っていたが、美桜は代わり映えのしない僕を見て、一体何を得ているのだろうか。


 謎は謎だが本人は着実に何かを得ている。──そう思いたいものだ。


 駅から暫く歩いて、近くにあったコンビニにて軽めの駄菓子を購入。そしてそこから3分ほど歩いて、ようやく目的地のマンションに到着した。


「……高い」


 エントランスに入る前。美桜は上空高くそびえ立つマンションを地上から見上げていた。

 首が疲れないのかと心配になったが、美桜は関心しているように思えた。


「それ言うなら、お前の家だって広いだろ?」


「広いのと高いのとではまた違います。上から眺める景色というのは、どんなにスゴいのでしょうか……!」


 美桜の頭に子犬の耳が生えた幻覚が見えた。

 こういうところが初めてなのだろうか。エレベーターに乗る前からこのテンションである。


「落ち着け。どうどう」


「わ、私は、動物ではありませんよ!」


「尻尾ぶんぶん回ってるように見えたぞ?」


「き、気のせいです! へ、変なこと言わないでくださいっ!」


 ぷいっとそっぽを向かれてしまった。どうやら図星だったようだ。


 エレベーターに乗り5階へ上がれば、目的地はすぐそこ。

 僕は手土産を持ちながら前を歩き、後ろでは美桜がマンションからの景色を堪能していた。


 すると、美桜が僕に質問をした。


「あの。村瀬君のカノジョさん、鈴菜すずなさん……でしたっけ?」


「あ、あぁ。そっか。この間言ったっけか」


「はい」


 さかのぼること、2週間前のこと。


 美桜が僕の家で同居生活をすると決まってからの初めての学校。その下校直後──わんこ系な伊月に絡まれていた最中、美桜の尊さに惹かれ気味になっていた伊月を『鈴菜さんに報告しよう』と企んだ。


 結局その後、伊月にどんな処罰が下ったのかは謎だが、あの温厚な鈴菜さんもさすがに浮気未遂はアウトだと思った。

 ……だが、今もまだ付き合いは続いている。


 えっ、いや……別に別れて欲しかったとかではないが、鈴菜さん心広すぎないか!? と疑ってしまう。

 あんなチャラ男な伊月には、絶対もったいないと確信出来た瞬間だった。


 いやいい人すぎるでしょ! 何回か会って確認は取れたがもうそれは変えようもない。

 どうして伊月なんかのカノジョになってしまったのか……。


「あの、鈴菜さんの名字は……」


「鈴菜」


「……えっ?」


 彼女の本名を訊くとき、必ずみんなそんな反応を示す。

 珍しいというのもあるのだろう。

 誰しもが『鈴菜』を名前だと思い、逆に名字は何だと問うことが多い。今回もそうだ。


 先に言っておくべきことなのだろうが、こういう初見殺しみたいなの、結構好きだったりするんだよな。ま、Sではないが。


「……もしかして」


「そ。大体みんな間違えるんだよな」


 そう言いながら、ようやく辿り着いた彼女の家のインターホンを押す。

 その僅かな時間でも、美桜は追及を進めた。


「違和感がありませんでした」


「そりゃそうだろうな。何せ、みんなして彼女のことをしてるんだからな」


「では、名前は──」


「──千佳ちか、って言うんだよ。ま、オレも呼ばないから知らなくても無理ねぇけど!」


 と、僕達の会話に割って入る男が1人。


 時刻は夕方5時半過ぎ。

 もうそろそろ日が暮れる時間帯だというのに、どうしてまたこいつの顔を拝む必要があるのか……。


 本来であれば、家に帰ってのんびりしていたはずなのに。

 この詫びは……一体何で払わせてやるのが1番効率良いんだろうな。


「よっ! まさかとは思ったが、本当に真城さんが来るとは……」


「こんにちは。お邪魔でしたでしょうか?」


「いや、人手は多い方が助かる」


「美桜に手伝わせようとするなよ? 教えることから始めなきゃだし」


「じゃあ何で連れて来たんだよ! あれか? 見せしめか?」


「んなことすると思うのか、この僕が?」


「……ねぇな」


「だろ」


 僕は本日2度目となる伊月との顔合わせにため息をく。

 すると、何故かご機嫌斜めな美桜は、僕の制服の裾をぐいぐいっと力強く引っ張ってきていた。


「あの……除け者はやめてください」


「あ、あぁ。ごめんな美桜」


「……いえ」


 確かに、美桜と話すときの落ち着く空気と、伊月と話すときの何でも打ち明けられる空気とでは、行き違いが発生してしまってもおかしくない。


 美桜はそれが嫌だったのだろう。

 機嫌直しというほどでもないが、僕は美桜の頭に手を乗っけて再び撫でる。


「ほほぉ? 微笑ましい光景だな、お2人さん!」


「茶化すなよ」


「悪ぃ悪ぃ! んで、早速だけど、手伝ってくれるか?」


「元よりそのつもりだ。お前とくだらない雑談をしに来たわけじゃないからな」


「酷でぇ言われよう!」


 僕は玄関で靴を脱いで揃えてから、廊下を進む伊月の後に着いて行く。


「あの、湊君。先程から気になっていたのですが、手伝ってほしいというのは……」


「あぁ。鈴菜さんの仕事だよ」


「仕事、ですか……?」


「そっ。伊月のカノジョはな、絶賛人気上昇中の少女漫画家なんだよ」

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