第28話「伊月からの頼み事」

「………………」


 居た堪れない気持ちになった。

 さっきまでの困惑や焦りとかその他諸々を返して欲しい。そう思わずにはいられない。


 僕は未だに鳴り続ける煩いスマホに嫌気がさし、通話ボタンの『拒否』を押し、強制的にスマホを大人しくさせた。


「……よし。僕達は何も見なかった。いいな?」


「えっ? 出なくてよかったのですか? 今の、村瀬君からですよね」


 一緒に画面を見ていた美桜は、僕の行動に驚いたのか待ったをかけてきた。

 どうやら、僕が通話にも出ずに一方的に切ったことに対して講義したいらしい。


「……そうだけど。あいつからの電話に碌な内容がない。出ても仕方ないからな」


「ですが、出た方がよかったのでは? せっかく村瀬君が電話してきてくれたのですから」


 普段は僕以外に興味を持とうともしない美桜が、伊月の電話に出て欲しかったと懇願こんがんしてきた。


 まさかの言動に驚く僕。

 とはいえ、美桜の言うことは真っ当な意見だ。


 いくら人をおちょくる天才な伊月でも、毎度の如くおちょくってくるわけでもない。実際、そういった事例がないわけでもないからな。

 付き合いが4年目になるからこそ、伊月がそういう人間だと僕は理解している。


 すると、大人しくなったはずのスマホが反抗期でも起こしたかのように、再び激しい音を鳴らす。そう設定したのは僕だがさすがに煩いな……。

 ツンツンと、僕の右腕を美桜は突きながら言った。


「それに、もし急な用事だったら大変です。切るより、まず出ることを優先しても罰は当たりません」


「……はぁ。わかった、わかったよ。出ればいいんだろ?」


 美桜にこう言われると納得するしかない。


 正直僕自身はまったくノリ気がしないが、美桜の言う通り、もし急な用事で電話してきたという線もゼロとは限らない。過去にもそういう事例はあったから尚更だ。


 憂鬱ゆううつな気分になりながらも、僕は少し躊躇ちゅうちょして『着信』ボタンを押した。


「……もしもし」


『やっと出たっ!! っていうか、何で1回切った!! 大事な用があったらどうするつもりだったんだよっ!!』


「……煩いなぁ。大体、まともな電話があったっていう事例が少ないのが悪いんだろ」


『嘘つけ!! お前、絶対出るの迷ってただけだろ!!』


「な、何のことかな……」


『下手くそか!! 嘘をつけない善良な市民かよお前は!!』


 善良な市民だよ! 何勝手に他人ひとのこと悪人に仕立て上げてんだよ!


『はぁぁ……まあいい。こうして出てくれただけまだマシか……』


「おい。人がせっかく出てやったっていうのに、何だその態度は」


『はいはい。すいませんでした』


 謝る気が一切感じられない謝罪を受け、僕は軽くため息をく。


 こうして学校以外で伊月と話すのは久しぶりだ。

 こっちから電話をするような用事なんて無いし、伊月も普段は部活で忙しいから、学校以外での会話は殆どない。

 あってもほぼほぼこいつの雑談や愚痴に付き合わされるだけ。──出たところで時間の無駄にしかならない。過去の経験より。


 それが僕がこいつからの電話に出るのを躊躇っていた理由の1つだ。


「……それで、急にどうしたんだよ。くだらない用事だったら切るからな?」


『あっ! そうだった! お前今暇か?』


「少なくとも陽キャでみなからの信頼も厚く好評もあるお前と違って、1人の時間を真っ当するのに忙しいな。だからお前に付き合っている暇はない」


『よし、暇なんだなっ!』


「今のどこに暇と捉える要素があった」


「おそらくですが、湊君が先程言ったこと全部を解釈したからかと」


 電話している横で、僕のことを見守ってくれていた美桜から指摘が入る。

 理由がわからん。あれか? 陽キャは自分自身に都合のいい解釈しか起こさないのか? そんなのはあまりにも理不尽だ。


 用事がないし、断る理由も見当たらないが──だからといって、受諾する理由もない。

 面倒なことに関わり合うのだけは御免だと思っていたのに……美桜の指摘から、原因は僕自身にあるらしいのはわかった。……だが、何故だ? 何かやらかしてしまったのだろうか。


『あれ? もしかしてお前、今真城さんと一緒にいるのか?』


「え……なんで」


『なんでって。そりゃあ、電話越しに真城さんの声が聞こえたからそうなのかなと思っただけだけど』


 何を当然なことを、とでも言うかのような発言に、僕は血の気が引いた。

 ば、バレてない…………よな?


 前にも伊月には僕と美桜が一緒に帰る現場を目撃されている。それどころか、その前には一緒に登校してくる現場さえも。そのとき──多少交友関係を疑われてはいたが、同居していることは知られていないはずだ。


 元々幼馴染なのだから、一緒に帰っても何ら不思議ではないし、一々警戒する意味もないだろう──だが、僕達は違う。


 一度は疎遠気味になりかけたという前科がある。

 その分、他の友達のように、いきなり前と同じようになるといった都合のいい話はないのだ。


『……もしかして、デート中だったか?』


「頭湧いてるなら今すぐその頭を冷凍庫にでも突っ込んでこい」


『辛辣すぎっ! って、今はそんなことより頼むよ! ちょっと訳ありで……』


 訳あり?

 伊月でもそんな言葉を使うのか。僕は本人には到底言えないような悪口を心の中で呟いた。


 いつもは『用事なんてないぞ』とか言ってくるのに、今回は美桜の予測通り、何か訳があって電話を寄越してきたのかもしれない。


 ……十中八九、面倒くさいことになりそうだけど。

 今ここで電話を切っても、その理由を美桜にとやかく訊かれるのがオチだろうしな。


「…………10秒以内」


『……へっ?』


「だから。10秒以内に、簡潔に説明しろ」


『お、おう!』


 これは僕の意思なんだろうか。それとも強制だろうか。

 決定の意思をは僕にあったとはいえ、引き下がればまた面倒なことになる。


 そう踏んだ時点で、僕の負けは確定しているも同然だったのかもしれないな。

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