第30話「女神様は除け者にされたくない」
「すみません……また来てもらってしまって」
部屋の中は紙やインクに進行台本を思われる資料までもが机の上に山積み状態になっていた。
とても女子高校生が住んでいるような部屋ではないのは明らかだが、彼女の仕事のことを考えると納得せざるを得ない。
僕は目の前で制服姿のまま仕事に勤しんでいたであろう1人の少女に、何故か謝られていた。こういう場に立ち合うのは今回が初めてではないし、僕としては寧ろ頼ってくれて嬉しいぐらいだ。
少々苦笑いを浮かべる伊月もまた、僕と同じ感情を抱いていることだろう。
「え、えっと……真城美桜さん、ですよね。確か和泉君のお知り合いの」
「ああ。帰り道一緒でな」
「果たして本当かねぇ〜?」
余計な勘繰りをしないでほしいと思った矢先にコレだ。
伊月は僕達の関係が『幼馴染以上恋人以下』だと信じてくれないのだ。異性が同じ道を歩いただけで恋人扱いとか……お前は小学生か、と文句を言いたいところだ。
「すみません、遅くに押しかける形になってしまい」
「い、いえ! そ、それに、和泉君に頼んでしまった私のせいでもありますから……」
「ですが、湊君は積極的ですから私から咎めるつもりがありません。ですから、気になさらないでください」
「は、はい。すみません……」
相変わらず、人のせいにしないなこの子は。いや、この『先生』はだろうか。
『
あのチャラ男な伊月のカノジョとは思えないほどに内気な性格で、とんでもないぐらいの引っ込み思案だ。
また初対面での会話では、必ず名字を名前として認識されることが多い。
そして先程言ったが、彼女は今絶賛大人気中の少女漫画の作者でもある。見た目からではまったく想像が出来ないが、彼女の絵と文章は、見る人全員を作品の中に引き込む力があると僕は思う。一読者としての感想だ。
中学2年の頃、アニメーション部の密かな楽しみであったという、彼女の描いた短編漫画。それは文化祭でも売れ行きが上々であり、そのときの部長からオススメされ、その年の少女漫画新人賞に応募。
『青春』を題材とした単行本1冊程度の漫画は、本人も驚きの大賞を受賞。
推薦した編集長からも好評価を受け、修正と改題を行い、初のコミックスでは発売してから僅か二日で即重版がかかったほど。
未だに本人は「偶然です……」と内気ではあるものの、彼女の作品は本当に面白い。
編集部の中でもトップクラスの売れ行きで、現在は確かアニメ化に向けて企画進行中だったはずだ。その中での単行本発売。忙しいことは確定事項だ。
「それで。今日の要件は?」
「あ、はい。実は……再来週発売の週刊誌に掲載する予定の作品なんですが、まだコンテの方が間に合っていなくて……」
「なるほどな。で、残りは?」
「……後、10枚ほど」
鈴菜さんは申し訳なさそうに「すみません……」と付け足して謝罪する。
魅力的な絵を描く鈴菜さんだがその実、スランプというほど大きいものではないが、それと似たような状態に陥ってしまうことが非常に多い。
そういうときが長続きすると、今回のように締め切りに追われる形になってしまうのだ。
中学からそうだったし、今更慣れっこだけど。
僕は鈴菜さんから絵のコンテを受け取る。台詞の枠には既に何枚かトーンが貼られており、先程まで伊月が頑張っていた証拠にもなった。
……これはまた、貴重なモノが見られたな。
ファンとしては大人気作家が知り合いというのは、かなり得をしていると思う。
彼女の作品のコンテを見られたり、貴重なグッズなんかも見物出来る。
つくづく、鈴菜さんは持っている方だと、僕はそう思った。
「わかった。仕上げられるのは仕上げよう。僕と伊月でトーンは貼っていくから、鈴菜さんはそのまま進めてて」
「あ、ありがとうございます……っ!」
お礼を言うのはこちらの方だ。こうして、好きな作品に関われるのだからこれ以上に嬉しいことはない。
鞄を散らかるソファーの上へと置くと、美桜がツンツンと僕の二の腕を突く。
「どうした?」
「私は何をしたらいいですか?」
と、美桜からそんな言葉が飛び出した。
正直言って意外だった。
美桜がたった今知り合ったばかりのほぼあかの他人に近い人間の仕事を手伝おうとしてくれている。それが何よりの驚きだった。
1人だけ除け者扱いされているのが嫌なだけかもしれないが、それでも、美桜自身が動こうとしていることに変わりはない。
けれど、絵のコンテの作業というのは、初見で出来るほど簡単ではない。
実際、中学の頃から時々手伝っている僕と伊月でさえ、偶に間違えてしまうことがあるほどだ。
いくら頭脳明晰でも、いきなり作業に駆り出すことはさせたくない。——そのため、
「……ありがとな。美桜。悪いんだが、今日はここで晩ご飯でもいいか?」
僕は本日の家事当番遂行を頼むことにした。
「それは構いませんが……あの、私——」
手伝おうとしてくれているのだろう。
それは僕も嬉しいし、何より鈴菜さんも感激のあまりに身体が震えてしまっている。
いくら内気な性格である彼女でも、入学当初からの有名人である『女神様』こと、真城美桜の存在を知らないわけがない。
まるでテレビに出ている有名人に会っている気分だろう。自分も有名人だという、特大ブーメランを背負っているが。
「美桜が手伝おうとしてくれてるのは嬉しいよ。ありがとう。でも、初見でしかも修羅場中だ。美桜、あんまり漫画読まないだろ?」
「……はい」
素直に肯定したものの、美桜は口許をぎゅっと締めつける。
余程悔しいのだろう。僕に『手伝えない』と言われているのと同じことだからな。
「……湊君の言うことはわかりました。正直、納得出来ないところもありますが、要するに経験者がやる方が早い——そう捉えていいということですか?」
「そうだな」
「……でしたら、大人しく引き下がります。代わりに出来ることがあれば言ってください」
「あぁ。そうさせてもらうよ」
こういう状況でも冷静に自分の立ち位置を認められるのは、美桜が大人な考え方も持ち合わせているからなんだろう。
って、周りにはそう思われてるんだろう。けれど——僕は知っている。
何でも卒なく
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