第四部
第21話「女神様からのモーニングコール」
——なにそれ、おもしろそー!
小さな、こじんまりとした空間に彼らは居た。
1人は如何にも青春を満喫しているかのような、そんな陽キャな男子。
もう1人は、眼鏡に長い髪を2つに分けてゴムで止めている陰キャな女子。そして、その子の手には今どきの子どもが使うようなペンではないペンが握られていた。
——み、み……ない、で、くだ、さい
女子の方は嫌がっているように見える。
そんな彼女の状態が見えていないのか、男子は興味を彼女の手元に落としたままだ。
——なんでだ? オレたち、ともだちだろ?
——……む、むかしなじみなだけ、でしょ?
圧倒的に、女子が男子に振り回せれている絵図だった。
するとその瞬間、一気に視野が広がった。まるで——『誰か』が見ている映像が僕に見えているかのような。
不思議な、何とも言えない感覚だった。
——むかしなじみ? それって、幼なじみってことか?
——……う、うん
昔馴染みということさえ、女子は認めたくないような感じに見えた。
イジメられているわけではなさそうだ。つまり、女子自身が、男子の方を嫌っているという解釈で良さそうだ。
……だが、何だろうか。この映像は。
同じようなものを、昔どこかで見たような気もするが、思い出せない。
それぐらい昔のことだということだろうか?
——なら、それでいいや! なあ! いっしょにあそぼうぜ!
——……い、イヤ
——なんで? もしかして、外であそぶのにがてなのか?
——……うん、へやの中だったら、おちつく……から
そして、またもや広がった視界。
密室空間のように感じられたこの部屋は、どうやらこの子達の家のようだ。どちらかまではさすがにわからないが、部屋の中にはお人形やドールハウスなどが飾ってある。
おそらく、女子の部屋だろう。
その一方で、紙や筆などといった小さい子どもが使わなさそうな器具までもが机の上に並んであるのがわかる。
それは、彼女の持ち物なのだろうか。
すると、一緒に遊ぼうと誘っていた男子が「ふーん」と鼻を鳴らした。
——……おこ、った?
——なんで? どうしてオレがおこるんだ?
——だ……だって
女子はまたもや下を俯いたまま固まってしまった。
先程からこの情景の繰り返しだ。無限にこのやり取りが交錯するのではないかと不安に感じた矢先、男子が軽くため息を溢す。
——気にしてねぇよ、こうして会ってくれてるだろ?
——そ……れは
——オレの方こそ、ごめんな。ただでさえおまえ、人づきあいにがてなのにさ
——……ほりかえさないで
——わるいわるい! けどさぁ、中にこもってばっかだと、おまえがさらにこりつしちまう気がしてさ……ほうっておけないんだよ
如何にも陽キャの発言だな。僕はそう思った。
……というより、こいつが誰なのかわかってしまったかもしれない。
同じようにして、陰キャを表へと引きずり出そうとする無茶苦茶で、人付き合いに特化した男子を——僕は知っている。
女子はまたもや「ごめん」と言って、少しずつ顔を上げていく。
——……あ、りがとう
——おう、気にするなっ!
僕は、このやり取りを知っている。
否、正式に言えば聞かされたから知っている、だろうか。
この二人の『幼馴染』を、僕は知っている——
✻
「おはようございます」
「…………」
窓から眩しい朝の光が差し込んできており、その光の先に丁度僕がいる。
僕は眠気まなこを摩りながら、僕の隣で平然な顔をして寝そべっている幼馴染に第一声を発した。
「……何やってんの、お前」
「挨拶ではないのですか。まぁそれは後でとして、その質問の答えですが、朝なのでそろそろ起きてもらおうと試行錯誤していたのですが、あまりにも湊君が気持ちよさそうに寝ていたのでつい同席してしまいました」
「相席なんて受け付けてないんだが」
というか、普通に起こしてほしかったんだが。それでよくない? わざわざ潜り込んでくる必要あります?
この奇想天外な幼馴染、真城美桜と同居生活を初めて2週間目の朝。
本日の家事当番は美桜なので、僕よりも起きるのが早いのだろう。
一緒に暮らすようになってわかったことだが、美桜は僕と同様に朝起きることが不得意ではないらしく、当番ではない日でも、割と早い時間に寝室から出てくる。
もう少し寝ていたらどうかと言ったら「二度寝はしません」と強く豪語されたので引かざるを得なかった。
僕と違うのは、美桜の起床時間にズレがないところだろうか。
……だからといって、この状況の説明に何1つ納得出来ないが。
「お願いします、退いてください」
「ダメです」
あれ、貴女様は僕を起こしに来たんでしょ? なのに『ダメ』って何で!?
「あ、あの……ち、近いんですけど美桜さん!」
「くっ付いていた方が温かいじゃないですか。ほら……温かいでしょう?」
「うん。確かにあったか——じゃない! いいから退いて! 遅刻するだろ!」
僕の背中越しに当たっている柔らかいこの感触。間違いがなければ、これは我が学校の男子高校生が憧れる女神様のお胸では!?
僕は一刻も早くこの事態を避けたかったのだ。……一瞬流されかけたが、あれは男子に産まれてしまったのが悪い。決して、感動とかはしてないからな。
僕の台詞を聞いて美桜は「それもそうですね」と言い、僕からゆっくりと離れる。
「はぁぁあ……」
ようやく心臓に悪い感情を突破し、僕はゆっくりと息を吐く。
美桜は一度立ち上がった後に、膝を僕の目線と合うように曲げる。
「では、改めて。おはようございます、湊君」
「……ん、おはよう」
学年の女神様からのモーニングコール。
これを喜ばない男子高校生はいないだろう。こんなにも朝日が似合う女の子というのは、中々いないものだ。
まぁ、僕からしたら心臓に悪いモーニングコールだったわけだが。
「今日は雨が降るそうです。なので、折り畳み傘を持っていった方がいいですよ」
「そっか。昨日から天気悪かったしな」
「洗濯物も部屋干しですね。それとも乾燥機の方が早いでしょうか」
完全に主婦の美桜に苦笑いが浮かぶ僕。
世話焼きもここまで来るとスゴいとしか言い表せないな。
家賃が安いこのアパートだが、洗濯機には乾燥機がついていることを美桜には教えてある。ある人からの支給品だ。本当、1人暮らしを始めた当初は、感謝したものだ。今もちょくちょく仕送りしてもらっているので、今でも感謝しているが。
「……美桜」
「はい、何でしょうか?」
きょとんと首を傾げる彼女だが、どうやら気づいていないらしい。
僕は自分自身を指し示してこう言った。
「その……着替えたいから、リビング行っててくれるか?」
「……私は別に構いませんが?」
「僕の方が気遣うんだってーの!」
……今日もまた、この世間知らずな幼馴染との同居生活が始まった。
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