第20話「女神様の休日 in 湊君への想い」

「では、まず計画から立てましょう」


「……そこからか」


 ガクッと気落ちしたのでしょうか、湊君が眉間にしわを寄せて問うてきました。


「当たり前です。初心忘るべからず、その名の通りだと思いますが」


「大体の高校生はその初心を忘れかけているだろうがな。例えば、今の僕みたいに」


「自分自身を被虐しても仕方ありませんよ」


「わかってるよ……。っていうか、計画って必要なのか?」


 元成績上位者が何か言っていますが、逆に今までどうやって勉強をしてきたのか教えてもらってもよろしいでしょうか? 全力で否定してあげます。


「な、何準備してんだよ……」


「平手打ちでしょうか」


「地味に痛いの選択してきたなおい!」


 全ては意味不明な解釈をしてきた過去の湊君に対しての制裁だと思ってください。


「……では、何もわかっていない新参者に、教えてあげましょう」


「まずはお前が辞書準備してこい。……ある意味では合ってるかもだが」


「そもそもです。人間とは、自ら進んで物事に取り組むことが得意だと思いますか?」


「深刻な社会問題提示してきたな。……意思決定の弱さだっけか。今どきの人間は、自分で何かを行動するというよりかは、誰かに指示されたことをただただ実行する。間違いがないからだ。入社歴が浅い人や、意思決定が極端に低い自己判断能力が欠けた人によくあることだな」


 ……私が解説しようかと思っていたのですが、やはり頭の回転は早いようですね。お見それしました。


「それがわかっているのであれば、私が何を言いたいかなど、お見通しかと思うのですけど」


「さぁ、何のことかな……」


「……そーですかー」


「な、何だ。その下手くそな笑い方は……っ!!」


 下手くそとは失礼ですね。

 やはり湊君は私を少し侮っているように思えます。

 ですので、少し反撃をしましょう——。


「私が思うに、湊君の成績が平均値をさまよっているのは、湊君がそんな結果になるためにわざと調整しているのに思います」


「……っ!!」


 湊君はグッと身を引きます。

 たじろいでいる姿を見るに、私の考察は的確だったということでしょうか。

 半分は当てずっぽうだったので、正直湊君以上に驚いていますが。内面では。


「……どうして、そう思った」


「根拠という根拠はありませんよ」


「はっ——っ!?」


 驚いた表層で私のことを睨め付ける湊君。


「ま、まさか……罠、なのか?」


「張ったつもりはありませんでしたが、ハマったのならそうなのでしょう」


「んだよそれ……」


 湊君は机に肘をついて頭を抑え項垂れています。

 ……少し呆れられたでしょうか。


「……本当に当てずっぽうなんだな?」


 湊君は再度確かめるようにして、私に訊いてきます。

 嘘をついていることを確認したい——というよりかは、私に対しての保険のつもりなのかもしれません。


 ですが、当てずっぽうであるのは隠しようもない事実ですし、確証があって言ったわけでもありません。——なので、答えられるのは1つのみ。


「本当です。……ごめんなさい、不快にさせてしまったのであれば謝ります」


 ぺこり、と私は軽く頭を下げる。

 いくら相手が湊君でも、他人との間には『パーソナルスペース』というものが存在する。


 どこまでが触れてもいい距離なのか。

 また、どこからが触れてはならない距離なのか。


 それを刺激することで、湊君が不快に思ってしまったかもしれません。

 ですので、真っ先に謝る方を選択しましたが、湊君は数秒後の沈黙の後——「悪い気がないならいい」と言い、私の行いを許すようです。


 ……本当に、優しい人ですね。湊君は。


「……僕も悪かった。ちょっと、言い方考えるべきだった」


「別に気にしていません。……それに、湊君のことを知りたいというのも、私の本性ですから。謝られる覚えはありません」


「……そっか。悪い、その話はあまりしたくない。不信に思ってるんだったら、その……過去の僕に訊いてくれ」


「ふふっ。変なことを言いますね。ここは近未来ではありませんよ?」


「わ、わかってるって!」


 いきなり変なことを言うものですから、少しツボに入ってしまいました。


 湊君が焦っているのが手に取るようにわかります。

 どうしてこんなにも彼は私に『楽しい』という感情を教えてくれるのでしょう。


 私が勝手に判断しているだけですが——少なからず私は、昔より楽しいと感じています。


 それは幻でもなければ勘違いでもない。

 今まで取り組んできた数々のお稽古も、私の中での『楽しい』に入っていたこともありました。ですが、それは純粋無垢だった頃のお話。もう私には、純粋だけでは理屈を付けることが出来ない、大人に近づいているのです。


 中学生になった頃にはもう、あれは『楽しい』ではなく『義務感』の方が強く秀でていました。

 あんなに楽しかったはずなのに……どうして何も感じないのだろうか。


 その理由は簡単でした。

 ——私が、楽しいと感じなくなってしまったから。


 理屈抜きの、本心から思ってしまったことです。

 特に好きなこともなく、趣味が充実していたわけでもなかった私に、もう楽しいと感じるような出来事は起こらない。勝手に、そう決めつけていました。

 ……ですが、


「大体な、計画を立てる立てないは人それぞれだろ。買い物とか、本来の目的を決めても全く別のを買っていた。そんなケースもあるんだし」


「確かにそれは否めませんね」


「だろ? だから、僕に計画を立てさせようと思っても無駄なの。アーユーオーケー?」


「単なる屁理屈じゃないですか。弁解にも、根拠にもなってませんし」


「いいんだよ。とにかく、僕は自分なりに勉強する」


「……勉強はするんですね」


「好きでも嫌いでもないからな。ほどほどにやるのが1番なんだよ」


「……ひねくれてますね」


「お前にだけは言われたくないな、それ」


 趣味もなく、楽しいと感じることさえ薄れていた私に、太陽の道を敷いてくれた存在が、きっと私の中で強く残ったのでしょう。

 そのお陰で今も、あなたと世間話をしながら、少しふざけた会話も出来ます。


 ——とても、大きい存在なのです

 私にとって、和泉湊という存在は。


 何事にも変え難い、楽しさへ導いてくれた大事な幼馴染なのです。


 ……そう、

 今は、ただの幼馴染で構いません。


 私が家出してきた最大の理由は、湊君自身にあるのですから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る