第18話「女神様はぼっちの笑みをご所望」

 その後も豚肉の大きさとか、どうでもいい問題でもめたりしたものの、無事にシチューは完成し、次いでに美桜が作った簡単なサラダなんかも用意して準備は終わった。

 昨日と同様、向かい合う形で席に座り、それぞれが己の自己満を含めた料理を堪能した。


「ごちそうさまでした」


「お粗末様でした。こちらこそ、ご馳走様」


「はい。お粗末様でした」


 ほぼ同時に料理を食べ終え、僕は食器を水に浸けている間に、鞄の中から普段は顔を覗かせないお弁当箱を取り出した。


 お弁当箱は黒の巾着に包まれているが、この巾着は美桜のお手製らしい。

 本人曰く『お弁当箱は、巾着に包んでこそです』とのこと。


 よくわからないこだわりを押し付けられた気がするが、けどこういうのって何だか遠足帰りみたいでワクワクする。


「どうしました?」


「え、何が?」


「いえ。それは私の台詞なんですが。湊君、少しニヤけていますよ」


 美桜は僕のことを指でさす。

 人のことを指でさすのはいけません、とか言われていたが今それを言うべきじゃないよな。

 僕は美桜に指摘された顔を手でペタペタと触る。


「……どんな感じで?」


「どんな……ですか。普段、学校や村瀬君との会話では見ないような、可愛らしい顔でしょうか」


「なにその訳のわからない説明!」


「見たままを伝えただけです。とはいえ私の認識なので、湊君自身が何を考えていたのかまでは推測出来ませんが」


「しなくていいよ。してきたら尚怖いわ……!」


 とはいえ、美桜の言うことがどうも気になる。


「……なぁ、本当にどんな顔してたんだ? さっきの僕は」


「自分のことなのに他人に訊ねるんですね」


「仕方ないだろ。自分じゃ自分は見られない——それが普通だし」


 僕の言葉を受け、美桜は「では」と付け加えて言った。


「敢えて訂正するのであれば、ここ数年ぶりに見た『本心から笑った笑み』だった。というのでは不満ですか?」


「え……」


 不満かと訊ねられる前に、美桜の台詞に疑問を抱いた。


「待って。……僕って、そんなに笑ってなかったのか?」


「そうとは言っていません。少なからず、村瀬君や私の前で見せるような表の笑顔ではんく、裏と表が一帯となった笑み……そんな感じです。私流に言うのであれば、愛想笑いではない笑みでしょうか」


「……………」


「ですが、私からは特に不満はありません」


「え……どうして」


「どうしてと訊かれても困りますが。そうですね。強いて言うなら私は、嘘も仮面もない湊君の笑顔が好きです。とても、魅力的だと思います」


「な——っ!?」


 美桜の台詞は最早『告白』に近かった。

 本人としてはその気は無いだろうから、何とか平常心を保ちつつ僕は会話を続行した。


「……僕なんか、平凡だろ。どこにでもいる、普通の高校生だ」


「湊君は湊君です。それ以上もそれ以下もありません。私が知っている湊君は、幼馴染である湊君ですから」


 不意打ちの連続攻撃に精神が暴走を始めてしまいそうになった。

 けれど僕は、その暴走を何とか抑え、改めて美桜を見据える。


「そ、それじゃあ、いきなり僕じゃない僕が現れたら?」


「……それは、アレですか? ドッペルゲンガーみたいな」


「都市伝説の話なんて一言もしてない。そうじゃなくて、その……お前の知らない僕が現れたらどうするんだ?」


「何度来ても無駄ですよ。私の答えは揺らぎません。昨日も言いました。私は——今の『和泉湊』を知りたいと。ですから、何の問題もありません」


「……っ!!」


 迷いも躊躇いもない。

 美桜は本当に、僕本人を見てくれているんだと改めて思い知らされた気分になった。


 どうしてこんなに自信満々に言えるかな。


 どうしてそんなに躊躇いなく言えるかな。


 どうしたって、お前の知らない僕ばかり出てきてしまうかもしれないのに……。まだ、話す勇気がないのは、僕も同じなのかもしれない。


 実質、家出してきているようなものだ。


 きっと、僕も知らない真城美桜という人物にも出会う日がやってくる。いずれか、絶対に。

 ——だったら、


「……美桜」


「はい」


「お前は、頼んだらまたお弁当を作ってくれるのか?」


「まあ、はい。湊君の希望があればまた作ります」


「……じゃあ、せっかく当番制にしてるんだし、毎日お昼は作ったお弁当を、食べたい」


「購買頼りにしないんですか?」


「さすがに毎日はキツい。仕送りしてもらうのも不定期だからな」


「そうですか。わかりました。何だか、プレゼント交換みたいですね」


 ニコっと、美桜は今まで以上の柔和な笑みを浮かべている。

 ……ほら、早速出てきてしまった。僕が知らない、お前のこと。


 僕だって知らないことだらけだ。

 女神様でも優等生としての仮面すらない、ただの女子高校生の、年相応な笑みを浮かべたお前の顔なんて、見たことなかったよ。


 ……そんな顔も出来るんだな、お前は。僕はふと、心の中で呟いた。

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