第17話「女神様にとって最高の……」

「えっと……まずはジャガイモですね」


 買い物メモなるものを片手に持ち、僕は買い物カゴを片手で持っている。

 徐々にこの軽さが重さに変わっていくんだろうなという、ちょっとした現に身を投じていた。


 まあそれ以前として、先程からビシビシと感じる周りの視線が痛い。きっと「あれ、彼氏かな? 絶対似合ってないよね」とか陰口を言われていることだろう。


 客観的な感想は人それぞれだし、その全てを否定することは望ましくない。

 なので、振り返ることもせず、憂鬱感を抱きつつ美桜の後をついて行く。


「次は……っと、大丈夫ですか?」


「えっ?」


「買い物カゴです。重たいなら私が持ちますが」


「い、いい! そんなことされたら刺される!」


「何にですか?」


 きょとん、と訊ねてくる美桜。悪気はないんだろうがさすがに天然すぎないか?


 自分が周りから『尊敬されている』というより『モテている』という意味での自覚のさせ方をしないとダメな気がする。


「いや、この店に入ってから感じてた視線だよ。わかるか?」


「まったく」


 言い切ったよこの人! 本当に心配させるな!


「はぁ……。どうして、僕ってこんなにも周囲から忌み嫌われるんだ。前世の行いが悪かったからそれの制裁なのか?」


「さすがにそこまで壮大ではないと思うのですが」


「うん、だね。盛った。今のは盛りました、すいません」


 もし前世での行いが悪かったのなら、こんな可愛らしくて危なっかしい女神様と幼馴染、ましてや同居生活なんて出来ていない。


 あ……でも、これが浄化という意味で例えるなら違ってくるのか?


 僕の脳内で天秤にかけられる『制裁』と『浄化』という単語たち。どちらにしたって良い行いをしていないと自負しているらしいな、僕の脳内は。

 すると、黙り込んで考え込んでいた美桜がふと閃いた顔をして、


「——もしかして、嫉妬でしょうか?」


「嫉妬の視線じゃなかったら僕がこんなに刺されるのおかしいでしょ」


 何を今更言ってるんだこの人、という感想しか出てこない、非常に唐突なボケを咬ませられた気分だ。


「本当ですか? でしたら、ちょっと嬉しいです」


「い、いや……そのまとめ方は何かがおかしいです、美桜さん」


「何がですか? 少なくとも私からしてみれば、その視線は威張りたいところです。だってその人達からすれば、私達は『お似合い』という風に見られているわけじゃないですか」


「え……う、うん?」


 ちょっと観点がおかしいが、根本的なところは間違っていない。

 すると、美桜は前を歩くのをやめて僕の隣で肩を並べて歩き始めた。


「み、美桜!?」


「お店の中です。大声を発するのは控えてください」


「い、いや……」


 無理でしょ!! と、大声で叫びたいこの気持ち。


「それにです。湊君にとっては嫌かもしれませんが、私は嬉しいです。湊君はいい人なのだと、私とっては最高のこ……」


「こ?」


「こほん。間違えました。私にとっては最高の幼馴染だと、周りに思ってもらえるチャンスでもあるのですから」


 僕は美桜のその言葉に驚いた。

 今までの美桜の様子を見るに、僕との『幼馴染』関係を根元から否定するようなことは無いと思ってはいたが、思うのと実際に言われるのとでは威力が違う。

 美桜からそう思われていた事実が、何よりの証明だ。


 僕も少なからず、美桜のことを特別視している。

 他の奴らとは全然違う。例え他の奴らの中に美桜と同じような性格な女子が居たとしよう。けれど僕は、今のように関わってなどいないと思う。


 根拠なんてものはないが、強いて言うなら——関わり合いの大差からだろうか。


「……僕も、かな。僕の幼馴染に変わりはいないと思ってる。それに、お前は他の奴らよりも一段増して放っておけないしな」


「癪に触る言い方をしますね。私は素直に抗弁したというのに」


「ごめんごめん」


「謝る気のない謝罪はいりません。……もう、十分です」


 美桜の頬が若干な赤らみを帯びていることに気がついた。

 そんなに照れ臭いことだっただろうか。


「よし。とりあえずこれで全部だな。じゃあレジに行って会計を——」


「——待ってください。まだお赤飯の食材と調味料を買っていません」


 逃げさせてくれないか……厳しいガードだなまったく。




 その後、逃げることすら叶わなかった僕は、大人しく美桜の意見に従った。

 買い物カゴが重くなりだしたところで買い物を終え、僕達は6時前には家へと戻ってきた。


 手を洗い、食品等を整理し、後は調理していくのみ。

 シチューと言っても、僕はプロの職人ではないので普通にシチューの素を使う。


 美桜はエプロンを着用し、準備万事な状態になった。まるで、今から戦をしに行く武士みたいな風情があるのは気のせいか?


 そこからはお互い、慣れた手つきで徐々に調理を進めた。

 美桜はジャガイモを包丁でスルスルと皮を剥いていたが、僕は慣れていないし怖いので大人しくピーラーを使うことにした。


「子ども向けですね」


「誰もがりんごの皮剥きが出来るわけないだろうが」


「何でりんごで例えたんですか?」


 そんな理由は僕が1番知りたい。けれど何故か、似合っているような例えでもあるように思えた。


 終始無言にはならず、お互いにそこそこのペースで会話をし暇潰し程度に相槌を打つということを繰り返す。


 そうしている間に時間は過ぎていき、あっという間にシチューの具材を炒める工程へ。


「湊君、お肉はどうしますか?」


「そうだな。カレーもそうだが、シチューもどっちでもいいんだよな。美桜は豚肉か鶏肉かどっちがいい?」


「そうですね。……気分的に豚肉がいいです」


「カレーにも豚肉入れたがる派だな」


「な、何故わかって……」


「僕も同じだからだよ」


 好みって被るもんなんだよな。カレーに入れる肉なんてのがそう。


 家庭にあるものを使った——っていう考え方が1番一般的なんだろうが、両方あるのに「気分的に」とか答えてる奴は、大抵選んだ方が好きだったりする。

 実際、美桜もそうっぽいし僕もそうだからな。

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