第15話「女神様の言えないことの1つや2つ」
学校から少し離れて、誰も入らなさそうな路地へと入る。
4、5分ほど歩いた辺りで、美桜が後ろを歩く僕の方へ顔だけを振り向かせた。
「……何の話をしていたんですか?」
「別に何も。あいつが一方的に話しかけてきただけだ」
「そうですか? 私から見れば、結構仲が良さそうな雰囲気があったのですが」
「……どういう観点から?」
「じゃれてましたよね?」
「あいつが一方的にじゃれてきたの!」
伊月の性格はチャラ男に思えて、実はわんこ系。つまりはかまちょだ。
懐いた相手にはとことん懐き、甘えてくる。その対象が僕でもある——というだけなのだが、あいつの性格を知らないと、このような勘違いを見出すこともある。
「……羨ましいです」
ぷくっと頬を膨らませる。その仕草だけで既に可愛さMAXなのだが、完全に拗ねていらっしゃる。
女神様と言えど、中身はまだまだ女子高生。
僕が思うに真城美桜という人間は、性格だけで言うなら伊月と少し似ているところがある。
気に入った人間には懐き、それ以外には無愛想で微笑む姿さえ見せない。
なのに『女神様』と呼ばれているのは、きっと誰かに微笑んでいるところを見られでもしたのだろう。
それが高校での話なのか、中学での話なのかは些か謎に残るが。
「……湊君は、私と村瀬君とでは、どちらが楽しいと思える相手なのですか?」
「え、どうしたのいきなり……」
「元々、昼休みに訊ねようか悩んでいたことです。お弁当の話で盛り上がってしまい、大幅に予定変更し、今訊いています」
「なんで報告書みたいな話し方なの?」
「それで。どうなんですか?」
歩くのを止め、美桜は普段見せない眉間に若干しわが寄った表情をしている。
こういうときの美桜をあまり見た覚えはない。
ただ、真剣に物事を訊ねてきているとき、美桜はどこか不安な表情をすることが多い。
「……正直、どっちも僕にとっては大事だよ。伊月は中学から何かと僕の生活を気にかけてくれてたし。美桜は僕のことなら何でも真剣にやってくれそうだけど、そこが何故だか放っておけない。だから——どっちかを選べっていう選択は、僕の中には無いよ」
「……そう、ですか」
「でも。そう言うってことは、僕にとってはお前はそれぐらい大事な人なんだってことだ。それだけ覚えてて欲しいかな」
「……っ、わ、わかりました。そうします」
あ、今ちょっと動揺したかな。
僕の返答が予想外の方向へ行ってしまったためか、美桜は訊いたとき困った顔というか、どうしたらいい……って感じにあたふたしているようだった。
だから付け加えた——『どちらも大切で、大事なんだ』ということを。
これは嘘じゃない。
僕にとって美桜は大事な幼馴染だし、それ以上に放っておけない存在だ。
世間知らずを野放しにしておいたら、悪い詐欺に騙されそうだからな。美桜に限ってそれはないだろうけど、心配しておくことに越したことはない。
「というか、何でいきなりこんなこと訊きたいと思ったんだ?」
「……い、言いません」
しらを切る気らしいが、そうは問屋が卸さない。
僕は少し
「そっかそっか。僕はちゃんとお前の質問に答えたのに、お前は黙秘権を行使するのか」
「ゔっ……。に、日本には、そういう法律があるのです。言いたくないことを訊かれた際に黙秘権を行使するのは、何の問題も——」
「嘘はつかずにまっすぐであれ。だっけ?」
「……っ、そ、それは!」
「ああそうだ。日本には黙秘権という権利がある。けど、それだとお前のポリシーに反するんじゃないのか?」
「う、うぅぅ〜〜……」
少々意地悪しすぎただろうか。
けれど、お昼休みのことと言い、今の質問のことと言い。少しぐらい、僕からも反撃させてもらわないと納得がいかない。
……ま、ここまで言えばさすがの美桜も、
「……い、言いません!」
「え……」
完全に想定外の黙秘権続行宣言に、僕は腑抜けた声が漏れる。
今まで、自身のポリシーに反するような言動は避け、モットーを大事に日々を過ごしてきた美桜が、初めて反したのだ。
驚きのあまり、理由を訊くことを忘れるほどに彼女の行動は想定外だったのだ。
……彼女と付き合いだして約9年。こんなこと、事例が無かったから余計にだ。
「……言っておきますが、私にだって言えないことの1つや2つはあります」
美桜は軽く放心状態だった僕に向けて人差し指を力強く向けてきた。
「いくら私が曲げることが嫌いだとしても、曲げないといけないときだってあるんです。私だって欲求を持つ人間ですから。……そうではないと今の環境を守れないじゃないですか」
「何か言ったか?」
「な、なんでもありません。とにかく、です。このことはいくら相手が湊君であったとしても言うわけにいきません。乙女の秘密は、探るものではないですよ?」
僕に向けていた人差し指を、今度は少し照れ隠しをするように唇の前に持ってくる。
乙女の秘密。まさか美桜からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
決して自惚れていたわけではないが、美桜ならば僕相手になら何でも話してくれるものだと、勝手に思い込んでいた。
今回の家出騒動のことだってそうだ。
いくら『いつか話す』と約束してくれても、それは単に口約束でしかない。
どちらかが拒否すれば、そんなものは虚無となる。理屈だけで考えれば思いついたって不自然ではない。
けれど、思いつかなかったのは、相手が美桜だったからだ。
僕にだけ素を見せる彼女のことを、勝手に自己解釈していたにすぎないのだ。
「……そうだよな。言えないことの、1つや2つはあるよな」
僕だってそうだ——美桜と同じく、君に言えていないことの1つや2つはある。
お互いに何でも言えるのが『幼馴染』というわけではない。
相手のことを勝手に判断するのは間違ってるよな。……美桜のこと、少しばかり侮っていたかもしれない。
「……わかりましたか? では、改めて買い出しに行きましょう。時間を食いすぎてしまいました」
「おう」
前を凛々しく歩く彼女の背中はとても綺麗で可憐だ。
そんな彼女のことをもう少し知る努力をしなくちゃいけないかもな。
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