第14話「陰キャラ、陽キャラに捕まる」

 午後なんていつもならば眠いはずなのに、今日に限っては眠気すらない。

 寧ろ目は冴えており、これから眠る……なんて予兆があったらそれこそ大問題だ。


 だから——なんでこういうときに限って、時の流れというのは早く流れるもんなんですかね……っ!


 僕は時の女神に呆れを感じながら帰り支度をノロノロと始める。

 周りはみな友達と駄弁りながら先生が来るのを待っている。だが、このクラスの友達ゼロな僕に話しかけようとする勇者はいない。

 なので、1人静かに、自席にぽつんと残されている。


 可哀想だとか哀れだなとか、そんな視線に一々構っていたらキリがない。この状況は僕のコミュ力の少なさ故に招いた結果だ。それを今更改善? 笑わせるな、僕に女神様みたいな愛想笑いが出来るわけないだろうが。


 もしそんな芸当が出来ていたなら、僕の今の現状は何か変わったのだろうか?

 はなはだ疑問である。


 そもそもだ。

 陰キャと陽キャというのは相反する人種。それぞれ望んで望まないがあったにしろ、その性格の分け目というのがその人の『特徴』なのだ。


 根本的に両者を否定するようなことはしない。が、僕には陽キャは向いていない。——ただ、それだけの話だ。


 鞄を持ち、先生が終礼を終えたその数分後に教室を出ようとする。

 すぐに出た方が陰キャにはいいんだろうが、けれどその分、部活をしに行く青春時代を生きている方々の波に飲まれてしまうので、暫し教室で待機していたのだ。


 そして僕は、誰の目にも止まらずに教室を出る。

 廊下に出れば、まだまだ騒がしい光景がみえているが、気にすることはない。


 ヒソヒソと小言まで入れているようだが「うっそー! 何それ、新しいネイル!?」と、ギャルっぽい……というよりそれ関連が好きな女子の極々普通の日常的会話のため、何ら気にする必要なんてないのだ。


 産まれてこの方、長年の陰キャ力を舐めてもらっては困る。

 ああいうのを一々気にしていたら、陰キャの中での最低層に落ちかねない。最悪、人間不信なんてことに成りかねないからな。


 と、グダグダと内心で講義を開いていたら、いつの間にか昇降口に到着していた。


「……今日もお疲れ様でした、っと」


 独り言を溢した後、上履きを靴箱に入れてローファーを取り出す。

 数秒で履き終え、僕はそのまま校舎外へ——


「おっすー!」


「…………」


 聞き覚えのある声が僕の耳に聞こえてきた。

 振り返りたくない。絶対に面倒くさいことになる。そう確信した僕は、止めていた足を再度動かして外へ出る。

 ……だが、


「おい! 人が話しかけてんだがら反応ぐらいしろよ!」


「……部活はどうしたリア充様よ」


 伊月の場合、目の前に見えた誰かにちょっかいをかけないとやってられない性格らしい。

 面倒くさいことこの上ないな、こいつ。

 僕の行く手を塞ぎ、無理にでも僕と談笑しようとしている。……時間無いってのに。


「部活は出るぜ。けど、やけに早くホームルームが終わっちまって、先輩達が来るまで暇なんだよ。——ってなわけで相手しろ!」


「断る」


「断るな、強制連行だ!」


「僕は犯罪を犯した覚えなんてないぞ」


 一応ノリには乗ってあげるものの心の底から乗っているわけではない。

 寧ろ面倒くさい率が、全体の9割を占めている。


「……大体、陽キャは陰キャのことは放っておくのが筋だろう。お前が、誰こいつ的なのと談笑してるなんてことになったら、良からぬ噂をたてられかねないぞ」


 それこそ、ホモホモしいとかな。

 ……例えておいて何だが、想像するだけでおぞましいんですけど。別に同性愛を否定するわけではないが、こいつとだけは、絶対に嫌だ!


「影での噂なんて、気にするだけ無駄だろ。それこそ、お前が1番徹底してることだろ?」


「……ムカつくな」


「事実を事実としてたとえて何が悪い?」


「その精神こそが陽キャだって言ってるんだ。僕なんかより耐性あるだろ」


「精神云々で、お前は噂を気にするのか?」


「……そうじゃないけど」


「なら問題ないだろ! どうせ暇なんだしさ!」


「暇じゃない。世の中全ての陰キャに謝ってこい」


「規模広いなー!」


 伊月は何ら気にしていないような様子で、話を展開させていきたいらしい。


 ……参ったな。

 これから急いで家に帰って、美桜との買い物に行かなければならない。


 基本的に僕が夕飯を準備し出すのは、午後六時前ほど。

 美桜も時間帯はほぼ一緒で、買い物に行く時間も特に討論することなく決められた。


 時間は午後4時半過ぎ。それまでに家に帰り、着替え、準備を整えなくてはならない。そして買い物に行く。さすがに制服姿での買い物は目立つからな。


 その根底を行うには、自宅から離れたこの学校から4時過ぎには出なくてはいけない。

 けれど、こうして伊月に捕まっているこの現状が、予想を根底から崩している。

 そして今が4時過ぎ……非常にまずい。


「……伊月。悪いが、もう時間が——」


「——昇降口前で駄弁だべらないでください」


 断りをつけて去ろうと思っていた矢先、僕達の後ろから聞き慣れた声が聞こえた。

 腰付近まで伸びた薄茶の髪に栗色の瞳。規則正しい服装でローファーを履いた女子生徒が出てきた。


 僕はこの子を知っている。

 紛れもなく、僕の約束相手——真城美桜だった。


「よっす! 真城さんじゃん!」


 学校の女神様に臆することなく軽々しい挨拶をかます。

 ……やっぱり、知り合い以上であれば、伊月はチャラけた挨拶になるようだ。


 挨拶は挨拶で返すのが礼儀。

 朝にそう言っていた美桜は、チャラ男な伊月に対しても「こんにちは」と浅く礼をして挨拶を返した。


「そこに居られると、通行人に迷惑がかかりますよ」


「真城さんに叱られた……」


 親に叱られることよりも、伊月にとっては美桜に叱られることの方がショックらしい。

 これは——浮気と看做してもいいのでは? 今度、鈴菜すずなさんに報告しとくか。

 目に見える……こいつの叱られている様が。


「……おい、湊。まさかとは思うが、鈴菜にチクるつもりじゃねぇだろうな?」


「ほぉ。浮気しているという自覚付きか。これは、今度こそ鈴菜さんでも怒るんじゃないか?」


「やーめーろー! オレを殺すな! この人手なし!」


 浮気の疑いがかかっていることなんぞ、こいつにとっては日常茶判事。そうなると、鈴菜さんも大変だな、こんなチャラ男が彼氏だなんて。


 ……ま、半分は冗談なんだけど。

 こいつが本心で惚れているのは鈴菜さんだけだ。

 それは彼女もわかっているし、そのことは伊月本人がとっくに自覚している。


 だから破局しないんだろうな。

 お互いの本心を知っているから——


「みな……和泉君、行きましょう」


「あ、ああ」


 今一瞬、呼び方を躊躇われたように思ったのは僕の勘違いなんだろうか。

 すると美桜の言動に、ニヤリと口角を緩める伊月。


「おやおや? これはもしかしなくとも、デートですかい?」


 絶対訊いてくると思った……。


「んなわけないだろ。休み時間にも同じこと言ったが、もう1回だけ言ってやる。——僕達は恋人同士じゃない」


「……失礼します」


 ぺこり、と軽くお辞儀をし、僕はスタスタと歩いていく美桜の背中を追っかけていく形で学校を後にした。


 少し不信に思われただろうか。

 終始ニヤニヤしており、気になって振り返ってみると「ヘマするなよー!」と言っているかのように目で訴えてきていた。……明日覚えてろよ!


 別にあいつ相手であれば言ったって困らない。僕が頼れる唯一の友達だからな。


 けど、話したら話したで、結構面倒くさいことになる。

 そう考えると——話してもいいという欲求が、薄れるんだよな。

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