第2話「ぼっちとお風呂場での葛藤」
「とりあえずタオルは棚にあるのを適当に取ってくれ」
「……わかりました」
「問題は着替えか……。少し大きいけど、僕の使うか?」
「……光栄ですが、遠慮しておきます。着替えを持って来ていますので」
「先に言えよそれ……。どこにあるんだ」
「……持って来たバッグの中です。…………覗かないでくださいね?」
「安心しろ。僕にそんな趣味はない」
僕は彼女が持参したバッグを手に持って再び洗面所……の扉の前へ。
いくら幼馴染だからと言って、歳頃の女の子の脱衣現場を目の当たりにするのは、生理的によろしくない。なので近場待機だ。
扉口から白い素肌が飛び出し、少しいたたまれない気持ちになってしまう。
「……見なかったんですね」
「なんだよ、お前が覗くなって言ったんだろ。寧ろ紳士だと
「……バカ」
聞き逃してしまうほどの少量の台詞と共に、美桜は風呂に続く扉を開けて閉める。
……どういう意味だよ、今の。というか、さっきも意味深なこと言ってたな。何が『同棲してください!』だっての……。僕じゃなかったら、確実に相手は落ちるな。
本当……無意識に変なこと言う癖みたいなの、直すよう言っておくべきか?
まぁ少なからず、僕にその気がないのか? と訊かれたら、多分あると答えると思う。
僕だって純粋な男子なのだ。男は獣だとか狼だとか、高校生男子が言われそうな台詞だけど、あながち間違ってないだろうな。
現にウチのクラスの男子たちなんて、彼女に対して少なからず性的な目で見ているだろうし。本人にその気がないから、
美桜は昔から、他人と少し違った認識を持っていた。
由緒正しき家とかで、美桜は昔から、一般家庭ならば習わないことを習い続けてきた。舞踊に琴、三味線、それから茶道や華道など。美桜はその名の通り、『美しき桜』のように和に特化した少女だった。
だが、今は昭和時代でもなければ明治時代でもない。和よりも洋の方が活用性の高い現代では、美桜が取り組んできたことそのものが珍しいと思われるだろう。
実際、美桜は周りにそう思われていた。
彼女に共感出来るような人が周りにいなくて、次第に彼女は孤立していった。孤高と孤独の意味を誤解しているような……彼女を取り巻くその環境が、僕には気になってしかたなかった。
——きっかけなんて、本当にそんなものだった。
そこからの関係とか、あわよくば……とか、そんな先を望んだ理想を掲げもせず、単純に彼女のことを気にかけて、始まってしまったのが僕達だ。
ただ、あの頃はまだ男女の仲とか、そんな複雑なことがわからなかった。それが思春期に近づいてくると自然と話すことが減っていった。とはいえ、仲が拗れたというわけじゃない。
今だって普通に話すし、暇さえあればお昼も一緒に食べている。ただし、内密にな。
彼女は和に関わりが深いためか、性格はとてもクール。誰かと陽キャ並みな会話をすることも、クラスの女子達と今どきの話題で盛り上がることもしない。
そのために、昔よりお堅い感じになってしまった。純粋無垢だった頃には、もう戻れないということか。
とはいえ、美桜が何か変わってしまったというわけじゃない。
むしろ昔よりも世間話に耐性を付けたらしく、流行なんてものにも詳しい。よっぽど努力したんだろうな。
「……何か作ってやるか」
僕は湯船に浸かっているであろう美桜のために、簡単な食事を作ることにした。丁度、お昼作る最中だったし、1人分増えたところで変わりはしないしな。
時刻は14時。もうとっくにお昼など過ぎている。
もしかしたら済ませてきているかもしれない。……訊いてみるか、いるかいらないのか。
「………………」
僕は風呂場へと向かう足を止める。
……いくら幼馴染と言えど、お風呂の、しかも入浴中の現場を覗くことは気が引ける。
バッグを渡そうとしたときに、何やら残念そうにしょぼくれていた美桜の顔が脳裏を過った。いくら僕が彼女に好意を抱いていなくても、僕にしてみれば彼女も性の対象なのだ。
そんな奴が今、ひと壁の向こうでシャワーを浴びている姿を想像することも……。って、僕はなんてことを考えてんだ!?
もし、こんな考えを持っていたと美桜に知られたら……。
——お、思い浮かばない……
美桜が怒ってるところ? そんなの、見たことすらないんだが!
単に冷徹でクールな女神様のことだし、怒るという感情そのものを知らないで育った……っていう可能性もあるのでは。さすがに失礼かとは思うが、美桜との過去のやり取りを考えても、可能性としてキープしておくに越したことはない。
「……訊くだけでなんでこんなに緊張してるんだよ。……大丈夫。やましいことをしたいわけじゃない。お昼がいるかいらないかを訊きたいだけだ!」
ふぅー、と一度大きく息を吐く。
すってー、はいてー。すってー、はいてー。
……よっし! まずはノックからだ!
お風呂に入浴中なら聞こえないと思うが、返事がなかったら、訊くという処方を取ればいいだけだ!
僕はもう1回深呼吸をし、慎重かつ丁寧にノックする。
「……何ですか?」
少し間を空けて、扉の先から美桜の声が聞こえた。ほっ……とりあえずはこの謎の緊張から脱することは出来そうだな。
「あ、いや。今からお昼作るから、お前も食べるかなと思って」
「……湊君の、お昼ご飯?」
「おう、言い方は少し気になるけどな……」
僕は気になる彼女の台詞に、多少、ため息が溢れる。
本当に、このよくわからない世間ズレとも違う、天然とも何か違うような性格、どうにかしないと身の危険があるな。僕にも、美桜本人にも。
「……それで、いるのか?」
「……………」
「……美桜?」
突然として、美桜の落ち着いた声が聞こえなくなってしまった。
僕のノックに気づいた……ってことは、少なからず脱衣所に居るんだよな? まぁ、異常に聴力が高くて風呂場から聞こえたって可能性もあるけど、それはないはずだ。
もし、僕に返事をしようと風呂場から声を発したら、エコーがかかったように僕に聞こえるはずだ。けれどそれはなかった。——ということで、脱衣所に居るはずなんだが……。
……何かあったとして、僕は、この扉を開けてもいいものか否か。
何しろ今脱衣所には、美桜の脱ぎ捨てた制服とか、し、し……下着、とか。
と、とにかく、僕が決して見てはいけないものが転がっている可能性がある以上、無造作に入ることは許されない。
だから僕はここで安全待機を——
「おまたせしました。ごめんなさい、待たせてしまって」
「あ……みお——っ!?」
……振り返ったことを、壮絶に後悔した。
決して、男子の欲求が勝ったからとか、そういう問題ではなくて……僕の警戒心が怠ったせいだ。
この女神様のことを完璧に理解していなかった、僕が悪いのだ——
「ご飯、食べます。ついでに、私の裸、見ますか?」
「前者は了解! でも後者は結構ですっ!!」
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