真夜中の気配
れん
単話 私が体験したこと
私がグループホーム……民家で利用者が共同生活する施設で働いていたときのこと。
入居者は4人の小さな家だが、職員は1人。
食事の準備に利用者の起床の手伝い、車椅子に座らせる手伝い。着替え。整容。余暇、入浴、就寝準備、夜間の見回り。これを全部一人でこなさないといけない。
普段なら日中仕事をしたら夜間は別の職員と交代するのだが、その日は人が足らず、昼から翌日の朝まで仕事という過酷勤務で、風がとても強かった。
夜間交代する職員がいないので事務机に突っ伏して仮眠をとっていたとき、何かの気配を感じて意識が覚醒したが、体が動かない。
金縛りかとパニックになるが、体はピクリとも動かない。
動け、動けと念じるが、体はいうことをきかず、辛うじて首から上だけが動く状態。風が窓を揺らす音がやけに大きくきこえた。
そんな風音の中に、ズルズルと、何かが這うような音。それに、パキパキと家全体が軋んで揺れる音
音は事務室入口から。
しっかり戸は閉めたはずなのに、扉は真っ黒で闇に溶け込んだように見えない。
『……くん……………っ、くん』
利用者が自分を呼ぶ声がする。
深夜2時。全員寝ている時間。
利用者は一人では立てないし、ベッドから降りることも不可能。車椅子がなければ移動できない。這ってくるのも体に麻痺がある利用者には難しい。
なのに、自分を呼ぶ声が聞こえる。
黒い何かが蠢きながら近寄ってくる。
起きろ。動け。逃げろ。
そう唱えても体は動かない。
そして、黒い何かが足に触れる寸前。
金縛りが解けた。
急いで電灯をつけると戸はしっかりと閉まっている。
深呼吸して利用者の部屋を見回ると、利用者は全員寝ていた。
ーーーー
それからなんやかんやあって大型入所施設へ転職し、夜の巡回時。何かの気配を感じて振り返ると、そこは長期間入院している利用者の部屋。
なかなか戻ってこないなと思ったが、その時はなにも思わず業務を終えて帰宅。
翌日出勤して連絡事項を確認すると、入院していた利用者が亡くなったという連絡があったらしい。
その時刻は、私が巡回して気配を感じた時間だった。
そのことを職員に話すと
「私もその時間、声聞いたよ。ありがとうって」
と言われた。
身寄りもなく、十年以上を施設で過ごした人だから、きっと帰ってきたのだろう。
最後の言葉は明るい口調の感謝の言葉だった。
それが、せめてもの救いと言える。
真夜中の気配 れん @ren0615
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