第28話

 小さなドラゴンを認識したセレス様は、思っていた以上に興味津々だった。


 目をキラキラと輝かせ、猫を愛でるように鱗を触っている。


「人の言葉がわかるくらいには賢くて、悪さをしそうにないんですよ」

「キュルルル~」

「ドラゴンの存在を認識できると、鳴き声まで聞こえるのね。不思議と感情まで伝わってくるみたいだわ」

「やっぱりそういうものなんですね。私も同じです」


 ドラゴンは神秘的な生き物だと言われているので、敵意はないと判断したこの子が、感情を伝えてくれているのかもしれない。


 原則は討伐だとアレク様が言っていたし、今後もドラゴンの生態が詳しく解明されることはないだろう。


「不思議な感覚ね。まあ一番不思議なのは、これだけ知能が高いのに、一目見ただけでわかる毒キノコを食べたことだわ」

「キュルルルー……」

「べ、別に責めたわけじゃないのよ。興味本位で食べたくなる気持ちもわかるわ。ほ、本当よ」


 アタフタするセレス様を見れば、この子の感情がどれほど伝わっているのかよくわかる。


 さっきまでドラゴンの存在すら疑っていたのに、今では普通に会話をしていた。なんだったら、私よりも仲良しである。


「とりあえず、今から解毒剤を作ってみます」

「ドラゴンにも効果があるのかしら」

「わかりません。でも、他に治す方法が見つからないんですよね」

「そうね。私の回復魔法では難しいもの。これは薬師の領域だわ。ごめんね、治してあげられなくて」

「キュルー」

「あら、優しいのね」


 もはや飼い主かと思うくらいには打ち解けている。


 さすが私の友達だ。影が薄いものと仲良くなるスピードが早い。


 早速、持っていた薬師カバンから薬草と調合機材を取り出し、解毒剤の生成に取り掛かる。


 あまり難しい作業ではないのだが、森の真ん中で調合するのは、さすがに不自然だ。


 遠くで調査していたはずのアレク様がやってくるのも、当然のことといえる。


「何をやっているんだ?」


 何気なくアレク様は聞いてくるが、それとは対照的にドラゴンは警戒した。


 どうやらさっきの「討伐する」という発言が尾を引いているらしい。


「えーっと、予め解毒剤を作っておかないと、私が魔草にやられた時に身動きが取れなくなると思いまして」

「それもそうか。納得した。セレスは何か収穫があったか?」

「こっち側には異常がなさそうよ。もしかしたら、地図に記載した魔草の位置がズレているかもしれないわ。向こう側が怪しいと思うのよね」


 すっかりドラゴンに心を許しているセレス様は、まったく関係のない方向を指で差す。


 言い方は悪いが、アレク様を追い払おうとしてくれているのだ。


「確か、昨日は魔物が出たエリアだったはずだな。俺が見てこよう」

「お願いね。私とニーナでもう一度このあたりを再確認しておくから」

「わかった」


 見事なセレス様の演技によって、アレク様が去っていく。


 やっぱりセレス様に打ち明けておいてよかった。私一人だったら、この場で解毒剤を作り続けるのは難しかっただろう。


「助かりました。ありがとうございます」

「キュルルル~」

「べ、別にこれくらいはいいわよ」


 友達とは、本当にいいものかもしれない。


 ***


 順調に薬草をすりつぶし、湯に溶かして有効成分を抽出すると、解毒剤が完成する。


「ふぅー、ようやくできました」

「えっ? もうできたの?」


 ドラゴンを撫でて癒されていたセレス様と、意見が食い違ってしまった。


「普通に楽しんでいませんか?」

「……そ、そんなことないわよ」

「とてもわかりやすいですね。今から解毒剤を飲ませますから、周囲の警戒をお願いします」

「わかったわ。でも、体に合わなさそうだったら、ちゃんとやめてあげるのよ」


 この子の母親かと思うほど心配するセレス様と場所を代わり、ドラゴンの口元に解毒剤を近づけていく。


「とても苦いですし、薬草の量にも限界があります。こぼさないように少しずつ飲んでください。問題ないか確認するために、ちょっと体の状態を診ますよ」


 一口飲ませた後、ドラゴンの鱗に手を添えて、情報を読み取る。


 ……どうやら解毒剤を飲ませても問題ないみたいだ。急激に体温と心拍数が上昇しているが、魔力が活発化して循環がスムーズになっているため、回復傾向にあると推測できる。


 顔色は……黒くてわからないが、目に力が宿り始めた気がした。


「苦くないですか?」

「キュルー」

「ドラゴンの舌には合うみたいですね。このまま頑張って飲んでください」


 むせないように注意して、解毒剤を飲ませていく。


 この子、思ったよりも危険な状態だったんじゃないかな。かろうじて生命機能を維持していただけで、あと数日で亡くなっていた気がする。


 ドラゴンのことはハッキリ言えないが……、それくらいには魔力が膨れ上がり、体温が上昇していた。


 そして、すべての解毒剤を飲み終えると、弱っていたことが嘘みたいに立ち上がり、体をスリスリと擦り付けてくる。


「キュルル、キュキュルル~」

「ちょ、ちょっと待ってください。急に元気になりすぎですよ。さすがにくすぐったいです」


 どうにも感謝を伝えてくれているみたいで、必要以上に頬ずりをしてくる。


 ドラコンの鱗といえば、あまりの硬さに良質な武器や防具の素材となっているが、こうも感触が違うものなのか。


 モチモチした赤ちゃんの肌みたいだし、この子の体温が高いこともあって、何とも言えない心地良さがあった。


「ニーナだけずるくないかしら」


 嫉妬したセレス様が口を発した瞬間、空気を読んだドラゴンが標的を変えた。私からパッと離れて、セレス様に抱きつく。


「ちょ、ちょっと待ちなさい。いきなりはダメよ。って、あんた意外に力が強いのね」

「小さくても、あくまでドラゴンですからね。爪を立てていない分、力を加減してくれていると思いますよ」


 この子が本気を出したら、私やセレス様は一瞬で命がなくなるだろう。ドラゴンという種族はそれほど力があるし、魔力量を考慮したら……小さな街が消えてもおかしくはない。


 だから、本当は関わっていけない存在なのだ。せっかく仲良くなれたとしても、心が通じあったとしても、一緒に生きる道は選べない。


 人が寄り付かないような場所に、この子の居場所は存在すると思うから。


「動けるようになったのなら、早くこの場を離れた方がいいですね。名残惜しいですが、遊んであげられる時間はありません」


 アレク様が戻ってくるだけならまだしも、魔草の調査に駆り出された人間は、百名を越えるほどの大人数だ。いくら認識されにくかったとしても、安全に脱出できるうちに離れた方がいい。


 ましてや、私とセレス様は部隊の責任者であって、問題を解決する側にある。のんびりと過ごせる時間は、あまりない。


「ニーナの言う通りね。こうして心を通わせると、人間の都合で追い出して申し訳なく感じるわ」

「キュルルルー」

「ちょっと寂しいけど、元気で過ごすのよ」


 この子も気にした様子を見せないので、ここが人間の縄張りだとわかっているのだろう。


 感謝を伝えるようにもう一度セレス様に頬ずりした後、私の元にも近づいて、頬ずりで挨拶してくれた。


「もう変なものを食べないようにね」

「キュルルル~」


 自分で早く行くように言っておいて、いざ別れがやってくると寂しく感じるのは、どうしてだろうか。


 今までだって、一度しか来ない患者を何度も見送ったことがあるのに。愛着が湧きすぎてしまったのかもしれない。


 それでも、ドラゴンが羽根を動かして飛んでいく姿を見るのは、我が子が巣立っていくような気持ちで嬉しかった。


 時折、戻ってくるんじゃないかと思うほど振り返っていたが……帰ってくることはない。森の奥へと去っていった。


「行っちゃったわね」

「行っちゃいましたね。少ししか時間を共にしていないのに、不思議と寂しくて仕方ありません」

「心が通じたなら、時間なんて関係ないわ。寂しいものは寂しいものよ」


 セレス様も同じくらい名残惜しいみたいで、切なそうな表情をして、ずっと遠くを眺めていた。


 寂しいという感情は苦手だが、それだけドラゴンと過ごした時間が大切だったという証拠でもある。名残惜しく飛んでいったドラゴンの姿を思い出せば、そういう気持ちも何だか悪くないと思える気がした。


 そして、早めに別れてよかったと思ったのは、アレク様がやってきたからだ。


「二人で何ボーッとしているんだ?」


 セレス様とパッと顔を合わせた私たちはいま、同じことを考えているだろう。


 どうやって解決したって言い訳しよう、である。


「えーっと、何と言えばいいのかわからないですが、無事に解決した気がします」

「なんだ、その曖昧な言い方は。原因が見つかったのか?」

「そ、そうですね。あのー、でっかい魔草があって、それが原因かなって。ですよね、セレス様」

「え、ええ、そうね。木に擬態していたみたいで、魔草だとわかりにくかったわ」


 ハハ、ハハハ、と、互いに乾いた笑いで誤魔化し、乗り越えることにした。


「絶対に問題があっただろ。隠し事があることくらいはすぐにわかるぞ」

「なにを言ってるのよ。女の子には秘密があって当然なの。ね、ニーナ?」

「そうですね。秘密は秘密です」


 とっても強引だなーと思いつつ、セレス様に話を合わせることにした。


 なんといっても、あの子とセレス様と私は、友達なのだから。


 友達は友達の嫌がることをしないのだ。

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