第29話
小さなドラゴンがいなくなった後、何日にもわたって合同部隊で協力して、周辺の調査を続けた。
あのドラゴンが与えていた影響は思っていた以上に大きいみたいで、魔草の数が激減。まだ生えているものでさえ、自然と枯れそうになっていた。
活発化した魔物も大人しくなったし、魔草も生えなくなったとなれば、もう脅威を与えるものはない。ようやく合同部隊の責任者という重荷が取れると思うと、ホッと安心する気持ちでいっぱいだった。
贅沢なごはんを食べられなくなるのは、とても悲しいが。
そんなこんなで合同部隊の調査が終わると、みんなで無事に王城へと帰還した。
臨時的な長期遠征になったこともあり、さすがに疲労を隠せない人が多い。体の休め方は人それぞれで、寝て休めようとする人もいれば、酒を飲みに街へ繰り出す人もいる。
もちろん、私は寝る……と言いたいところだが、まだやることがあった。
「じゃあ、ニーナは報告書の作成をよろしくね。国王様の元には、私とアレクで報告してくるわ」
「よろしくお願いします。でも、本当に私も行かなくて大丈夫でしょうか」
名ばかりの隊長だったとはいえ、セレス様と二人で責任者の立場になっていたのだ。普通は顔を出さなければならない。
「心配するな。良い結果だった場合は、誰が報告に行っても一緒だ」
「そうよ。むしろ、報告書を書いてくれた方が助かるわ。言葉を考えたり、データを書いたりするのって、めちゃくちゃ面倒くさいんだもの」
二人がそう言ってくれるなら、お言葉に甘えるとしよう。書類作成が多い薬師にとっては、報告書の方が気楽でいい。
偉い人の前に出ていくなんて、影の薄い私には向いていないから。
よし! あと少しで肩の荷が下りるし、頑張って仕事をしよう!
こうして、私の初めての大任は無事に終わりを告げた。
初めはどうなることかと思ったけど、結果的には良い経験だったかもしれない。小さなドラゴンとの思い出もできたし、セレス様とも仲良くなれた。
魔草除去の報告が終われば、きっと褒美も奮発されるはず。少なくとも、夢の金一封が手元に届くことは間違いない。
私の宮廷薬師人生も、きっとここから明るくなっていくのだ!
***
「俺はお前と違って忙しいんだよ。早く薬だけ出してくれ」
やっぱり私の人生はこんなもんである。
合同部隊に参加した多くの騎士や魔術師が休暇となる中、宮廷薬師は年配の方が多いので、私に休みが与えられることはなかった。
逆に、今まで診察を休んでいた分、仕事が溜まっているという大惨事である。
せめて、思いやりのある患者だったらいいのだが、現実は厳しい。休み明けにしては、横柄な態度の患者がやってきていた。
四十歳の中年男性で、五年以上も前から喉に障害を持つ伯爵家の現当主、ロイド・ブルームス様だ。
「聞いてんのか? あ? 俺の言う通りに薬を出せばいいんだよ」
貴族なのにもかかわらず、今年でバツ五にもなるのは、こういった好戦的な性格が原因だと推測する。
跡取り問題を考えると……うぅ~、怖い。背筋がゾクッとするほどの騒ぎになりそうだ。
当然、私が一番苦手なタイプとする患者さんであり、今まで何度も揉めていた。
「いつも言っていますよね。体の状態を見ながら薬草の量を調整しますので、早く終わりたいなら協力してください、と」
「毎回確認しないとわからねえなら、薬師失格だろ。ちんたらとなげえな。前の薬師のジジイはすぐに出してくれたのによ」
見捨てられているだけですね、と教えて差し上げたい。まあ、その影響で順調に悪化しているわけなので、放っておくには後味が悪かった。
「今と昔では状況が違います。お酒を飲む時に喉が痛みませんか?」
「ちょっとくらいの痛みでギャーギャー言うほど子供じゃない。いつものを出してくれたら、それでいいんだ」
やっぱり痛みが出てきているのか。どうりで少し顔色が悪いわけだ。
薬を飲めば完治するものではないと、何度も伝えているのになー。そろそろ言うことを聞いてくれないと、本当に命に関わりそうで嫌なんだけど。
「少し薬草の配分を変えます。しばらくはパーティーやお酒の席は控えてください」
「はぁ~、もういい。うんざりだ。これからは城下町の薬師に診てもらう。ここに来るのは時間の無駄だ」
待ってください……と引き留めたいところだが、聞く耳を持たないのなら仕方ない。声をかけることなく、頭に血が上った彼の背中を見送った。
冷たいかもしれないが、後悔するのは本人だ。これ以上は説得する義理もないし、深く感情移入する間柄でもない。
患者によっては、生きたくても生きられない人もいる。だから、正しい対処をしたと思ったら、自分には責任がないと思うようにしていた。
「うん、心を切り替えよう」
とはいえ、準備しておいた薬草が無駄になってしまった。助手のアレク様が準備してくれていたので、裏の調合スペースへ向かう。
「すいません。薬草が無駄になってしまい……アレク様? どうかされましたか?」
パッと見て様子が変だとわかるほどには、アレク様がダルそうにしていた。
「何でもない。少し寝不足なだけだ」
普段から冷静なアレク様は、助手の仕事で表情が変わるほど疲弊することがない。僅かに息も荒く、少し顔が赤いことを考えると、明らかに体調が悪いと推測できる。
「ちょっとおでこを触らせてください」
「断る。今日はそういう気分ではない」
「私はそういう気分なので、触らせていただきます」
「おい、待て。せめて、話し合いから始めるべきだと……」
「薬師に病気を隠すとは何事ですか。問答無用でチェックしますよ」
動きにキレのないアレク様の防衛をアッサリと突破した私は、おでこに手を置いて状態を確認した。
「高熱ですね。いつからですか?」
「……今朝から少し調子が悪いだけだ」
「かなり調子が悪いに訂正しておきましょう。無理しないでください」
「これくらいなら仕事はできる。何も問題はない」
私やラルフ様には過剰なほど心配するくせに、どうして自分のことは置き去りにするのだろうか。少しはこっちの気持ちも考えてほしい。
「無駄に我慢するのは、減点です。無理して悪化したら、どうなるかくらいはわかるでしょう。心配する人だっているんですよ」
「……ラルフには、内緒にしておいてくれ」
「私も心配します。しばらくは自宅療養に専念してください」
「ニーナも、心配してくれているのか?」
逆の立場だったら同じことを言うのに、聞き返してくる意味がわからない。
「心配しないとでも思ったんですか? 普通に心配するでしょう。大事な人なんですから」
助手だとか、婚約者予定の兄だとか、肩書なんてどうでもいい。私にとってアレク様は、家族以上の存在になっているのだ。
仕事をしないで早く帰って寝ろ、という思いでいっぱいである。
「……悪かったな」
「素直でよろしいです。すぐに薬を作りますから、座って待っていてください」
すっかり大人しくなったアレク様が一段と顔を赤くしてしまったので、早めに薬を飲ませることにした。
明日は薬師訪問の予定が入っているし、ラルフ様の診察のついでに様子を見に行こうと思う。
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