第27話
小さなドラゴンを見つけた私は、意思疎通ができるのではないかと考えていた。
私の言葉を理解しているみたいなので、思い切って小声で聞いてみることにしよう。
「動けるようになったら、街や人を襲いますか?」
「キュルル」
見事に横に首を振った。
やっぱり人の言葉を理解しているらしい。なんとなくこの子の感情も伝わってくる。
ドラゴンは神秘的な生き物だと聞くが、実に不思議な体験だ。影の薄いもの同士、通じ合うものがあるのかもしれない。
でも、魔草を作り出す原因になっている可能性が高い以上、早くお家へ帰ってもらわないと。
「治せるかわからないけど、ちょっと体の状態を診たいから、触ってもいいですか?」
身を委ねるように目を閉じてくれたので、恐る恐る手を置いてみる。
そして、刺激を与えないようにゆっくりと魔力を流して、薬師の魔法を行使した。
……。よく考えれば、ドラゴンの平均体温がわからないし、正常な心拍数もわからない。
せっかく触らせてもらったのに、意外に鱗が柔らかくて気持ちいい、という情報しか手に入らないとは。
でも、外傷もないのに弱っているなら、状況を察することはできる。環境に適応していない体なのか、毒を食べた影響くらいしか思い浮かばない。
魔草を食べて神経毒が広がり、動けない可能性もあるが……それならこの子が来る前に魔草が生えていることになる。時系列が逆転してしまうので、可能性は低い。
うーん、ここは視点を変えて考えてみよう。この子が毒状態に陥ったから、周囲に悪影響を与えているとしたらどうだろうか。
このあたりで毒のあるものといえば……。
「まさかとは思いますけど、あの紫色のキノコを食べてないですよね?」
あんな毒丸出しのキノコなんて、子供でも食べてはいけないとわかる。人の言葉を理解するほど知能の高いドラゴンが、そんなことをするはずは――。
「キュルルル~……」
ちょっと、ドラゴンさん!? なぜ目を逸らしたんですか! いま確実に、食べました、って言いましたよね?
興味本位でもダメですよ。人間だったら、一口で死ぬほどの猛毒なんですから。
「このあたりのキノコは食べてはいけませんよ。毒性が強いものしか生えていないので」
「キュル~」
ごめんなさい、と謝っているみたいだ。身を持って痛い思いをしているので、もう二度と食べないだろう。
ただ……それがわかったとして、どうすればいいんだろうか。
魔草の被害が出た時に備えて用意した薬草を使えば、人用の解毒剤は作れる。毒を中和する働きがあるから、ドラゴンにも効果はあると思うんだけど、ハッキリとしたことは言えない。
もし体に合わなかったら……。そう思うと、飲ませたくはない。でも、かなり弱っているみたいなので、放置するのも危なそうに感じる。
「解毒剤を作ってみますが、人の舌では苦く感じるから、文句は言わずに飲んでくれま――」
「ねえ、さっきから誰に話しかけてるのよ」
ドッキーン! と、心臓が飛び出そうな勢いで私とドラゴンが驚き、声をかけてきたセレス様の方を向いた。
まさに不意打ちとはこのことだろう。動揺が隠し切れそうにない。
「べ、別に何でもないですよ。私、独り言が多いタイプなので」
「ふーん。ねえ、ニーナ。何か私に隠してることはなーい?」
「な、何もありませんよ。隠し事をするようなタイプに見えますか?」
どうしてだろうか。影の薄い私の表情は読み取りにくく、ポーカーフェイスを得意としているはずなのに、通用している気がしない。
体をくっつけるようにしゃがみこみ、不適な笑みを浮かべるセレス様に押し負けてしまいそうだ。
「私たち、友達よね?」
これが本当の友達というものなのか。逆らうことができず、心を針でチクチク刺してくる人を、人類は友達と定義しているというのだろうか。
どうしよう。友達、怖い。
「な、何もしませんか?」
「当たり前じゃない。友達っていうのはね、友達の嫌がることをしないものよ」
「じゃあ、まずはその笑顔をやめてください」
「なんで嫌がってるのよ」
「不気味だったので」
「可愛いって言いなさい。失礼ね」
どうやら本当に嫌がることはしないみたいだ。セレス様が不気味な笑顔をやめて、普通の状態に戻ってくれた。
「で、何をしていたわけ?」
隠し通せるような雰囲気ではないし、この場で解毒剤を作るには、協力してもらった方がいいだろう。
面倒見の良いセレス様なら、きっと私の気持ちがわかってくれるはず。
「実は、ここに動けない小さなドラゴンがいて、毒に苦しんでいるんですよ」
「そう……。何か悩みがあったら相談に乗るわよ」
「いま相談したばかりなんですが」
「変なものでも拾い食いしたのかしら」
「失礼ですね。拾い食いする場合は細心の注意を払いますよ」
「怒る場所はそこじゃないわ。拾い食いもやめてちょうだい。現実離れしたことを言うから、話に頭が追い付かなかっただけよ」
そんなことを言われても困る。私もこの子もそういうタイプの生き物なのだ。
認識するかしないかの問題であって。でも、こういう時はだいたい――。
自身の影が薄い経験を生かして、解決策を見出した私は、セレス様の手を取り、ドラゴンが怖がらないようにゆっくり近づけた。
そして、セレス様の手を鱗に触れさせた後、感触を確かめさせるように撫でさせる。
「目の前に、食べ物を厳選せずに拾い食いしたドラゴンさんがいるんですけど、見えますか?」
「……見えるわ。本当にいたのね」
「キュルルゥ……」
紹介の仕方に不満を抱いたドラゴンが、ちょっと悲しそうな声を漏らすのだった。
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