第26話
翌朝、野営テント生活が二日目を迎えると、問答無用でセレス様に優しく起こされた。
「あんたが合同部隊の隊長なんでしょ! まったく、もう~!!」
と、歯を食い縛りながら文句を言いつつも、丁寧に髪を解かしてくれている。
言葉と行動が伴っていないのは、セレス様によくあること。彼女なりの照れ隠しというか、友達としての愛情表現というか……うーん、今はどういう状態なんだろう。
私の知る限り、これは友達関係ではない。どちらかといえば、メイドと貴族令嬢の関係に近い。
でも、セレス様からアレク様の面影を感じるのは気がして――。
ハッ! もしかしたら、これはメイド特有の奉仕スキルではないのかもしれない。
面倒見の良い姉スキルだ!
「セレス様って、家族と仲が良いんですか?」
「今も学園に通う妹と弟と住んでるし、仲は良い方よ」
「納得しました」
毎朝、こうして面倒を見てあげているんですね。
「何を納得したのよ。別に普通のことでしょう?」
「いえ、珍しいと思いますよ」
「そんなことないわ。だって、妹や弟がいるメイドたちはみんなやってると言ってたもの」
貴族の人間はやらない……と言いたいところだが、内緒にしておこう。
セレス様の素敵な一面だと思うから。
「ほらっ、髪を解かし終えたわ」
「ありがとうございます」
「もう少し女性であることを意識しなさいよね」
私としては、もう少し寝かせてほしい。
髪の毛を解かし終えたばかりのセレス様が、私の髪で遊び始めたため、余計にそう感じてしまう。
心地よくて二度寝してしまいそうだった。
「髪質はいいんだから、もっと身だしなみを整えなさいよ。どこのシャンプーを使ってるの?」
「自家製ですね。頭皮のダメージをケアする薬用シャンプーを改良しまして……」
「今度、買いに行くわね。花の香りがするものを用意しておいてちょうだい」
これが営業活動というものか。友達に売り込むのは良くないと聞いたことがあるけど、求められたのだから仕方ない。
せっかく言ってくれたんだから、時間がある時に作っておこうかな。
上機嫌になったセレス様と一緒にテントの外へ向かうと、今日もそれぞれ班に分かれて、魔草の対処に当たる。
昨日確認したエリアを再チェックする者、もう少し範囲を広げて調査する者、そして、魔草が生える原因になった何かを探しに向かう者。
当然、合同部隊の責任者として、私は原因の調査で森に訪れていた。
周囲を見渡す限り、普通の森にしか感じない。この場所に原因があると言ったアレク様を疑うわけではないが、魔草やヒチリス草も生えている形跡がなかった。
同行してもらっているセレス様とアレク様も、同じような気持ちなんだろう。足を止めることなく探し続けているものの、難しい表情をしている。
「木以外は、何も見当たらないわね。周囲に魔草を生やすほどのものって、何が考えられるのよ」
「わかりません。魔草の育つ環境には、豊富な魔力が必要だということしかわかっていないんです。それは神聖な魔力かもしれませんし、邪悪な魔力かもしれません」
「結局、見つけてみないとわからないってことね。アレクの探知魔法で何か引っ掛からないの?」
「さっきから試しているが、まったく反応しない。地上なのか上空なのかもわからないな」
こういうのは私の知識で何とかなるものではないなーと思って歩いていると、不意に見慣れないものが目に飛び込んでくる。
小さな木の下で、生まれて間もないと思われる黒いドラゴンが、猫のように体を丸めているのだ。
ラルフ様と同じくらいの大きさで、怖いというよりは、とても可愛い。凶暴そうな印象はなく、弱っているみたいで大人しかった。
一番驚いたのは、アレク様とセレス様がそのドラゴンに気づかないことだが。
「植物に影響しているのだから、地中の可能性もあるわね」
「同感だな。原因がわからない以上、無闇に掘り起こすわけにもいかないし、まずは地上で手がかりを探すべきだ」
平然とした顔で通り過ぎた二人とは違い、私はドラゴンと向かい合うようにしゃがみこむ。
すると、ドラゴンも気づかれると思わなかったのか、ドキッと驚いた表情をしていた。
もしかして、このドラゴンも影が薄いのかな。ジーッと見つめ合っているだけで、襲ってくる気配がない。
「どうした、ニーナ。何か気になるものでも見つけたか?」
立ち止まったアレク様に声をかけられると、ドラゴンが悲しそうな目になり、挙動不審になってしまった。
このまま、ドラゴンがいます、と普通に報告したいところだが……。
「いえ、何でもありません。ただ、もしも……もしもの話なんですけど、ドラゴンが原因だったら、どうします?」
「こんな場所にいるとは思えないが、高ランクの魔物が影響を与えている可能性はある。その場合は、間違いなく討伐だな」
「子供のドラゴンでもですか?」
「当たり前だろう。現に、こうやって悪影響を与えているんだからな。何か魔物の痕跡でも見つけたのか?」
「……いえ、何もないです」
勝手にドラゴンに仲間意識が芽生えている私は、討伐対象と聞いて、素直に報告することができなかった。
どうにも
「とりあえず、この木は私が調査しますね。原因がありそうな気がするので」
「ニーナがそう言うのなら、そうかもしれないな」
「まあ、魔草に詳しいのはニーナだものね」
なんだろうか、この信頼感は。嘘を付いているだけに、ちょっと罪悪感が生まれてくる。
とはいえ、この子はどう見ても弱っているし、敵対する様子はない。ここから逃げ出したいのに、動けなくて困っているように見える。
ひっそりと暮らしたいタイプのドラゴンっているのかな、と思いつつ、私は優しく微笑みかけてくるドラゴンと見つめ合うのだった。
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