第22話
日のあるうちに魔草とヒチリス草を確認して、夜を迎えると、別行動を取っていた騎士や魔術師から情報が上がってきた。
それを元に、私とセレス様は野営のテントの中で話し合いを重ねている。
「外の魔術師たちにも確認したけど、魔力照合検査をできる者は少なかったわ。魔物の驚異もあるし、早めに対処した方がいいわね」
思っている以上に魔物が凶暴化していたみたいで、早くも騎士に怪我人が出ている。セレス様が傷を治療してくれるからいいものの、安全に探索するのは難しそうだった。
「野営の見張りをしてもらう必要もありますし、思っている以上に時間がかかりそうですね」
「仕方ないわ。複数の部隊に分けて、魔力照合検査ができる人を護衛しながら探索しましょう」
「地道な作戦になりますけど、仕方ありませんね。見落とす可能性もありますし、二重チェックもしておきたいです」
「そうね。今回は時間よりも、確実に魔草を除去することを目的に……」
今後の方針についてセレス様と話していると、アレク様がやってきた。その両手には、輝きを放ちそうなほど豪華なサンドウィッチが並べられている。
「あら。雑用お疲れ様、アレク。夜ごはんを運んできてくれるなんて、気が利くのね」
「いや、俺とニーナの分であって、セレスの分はないが」
「なによ、ケチ臭いわね。持ってきてくれたっていいじゃないの。もういいわ、ひとまず休憩よ」
そう言ってテントを飛び出していったセレス様の代わりに、アレク様が椅子に腰を下ろす。
そして、豪華すぎるサンドウィッチが私の前に置かれた。
色とりどりの野菜とチーズが挟まれたもの、黄金に輝くタマゴが挟まれたもの、そして、ベーコンとレタスが挟まれたもの。
日頃から王城の食堂でスープとパンを食べ、昼は薬草菜園で育てた野菜を丸かじりしている身としては、手が震えるくらいに豪華である。
「これ、経費で落ちます?」
「どういう心配をしてるんだ。そもそも遠征の食事に有料など存在しない」
なん……だと!? このクオリティでタダ飯とは!
「騎士や魔術師って、優遇されているんですね」
「今回は街に近くて、物資の補給が容易なだけだ。夜勤や臨時召集も多いし、宮廷薬師の方が待遇も給料もいいと思うぞ」
「現実はそう甘くありませんでしたか。転職はやめておきます」
魔術師の現状を聞かされ、私はアッサリと宮廷薬師の地位を守ることにした。
遠くの方で「ちょっとー! 私の分はー!」とセレス様の声が聞こえるが、せっかくアレク様に持ってきてもらったので、待たずにいただくとしよう。
決して、食欲に屈したわけではない。知らないうちに手が勝手にベーコンとレタスのサンドウィッチを取っているため、準備万端なだけだ。
「いただきます」
口を大きく開けてサンドウィッチを放り込むと、ジューシーな肉とサッパリしたシャキシャキレタスの味わいが広がった。
なんて贅沢なんだ……と思ってしまうのは、長い薄切りベーコンが二つも入っていることだ。肉の脂身から溢れ出した肉汁がパンに吸収されるため、夢中になって食べてしまうほどおいしい。
「少し気になっていたが、セレスとうまくやれているみたいだな」
アレク様とは王城で出発してから別行動を取っていたため、心配してくれていたらしい。
「あまり良い噂を聞かなかったんですけど、あてにならないですね。思っている以上に優しい方でした」
「口が悪いだけで、面倒見はいい方だろう。ニーナくらいの妹もいるし、ラルフくらいの弟もいる。意外にしっかりした人間ではあるな」
どうりで無邪気なところもあれば、お姉さんっぽいところもあるわけだ。
そんなことを教えてくれたアレク様がサンドウィッチを口に運ぼうとした瞬間、私は勢いよく腕を手でつかんで妨害する。
「待ってください。なんかそのサンドウィッチだけ雰囲気が違いませんか?」
「鶏肉のハニーマスタードサンドだが」
「私、それないんですけど」
「食べなさそうだと思ったからな。代わりにベーコンレタスサンドを入れておいただろ」
「おいしくいただきましたよ。でも、それはそれ、これはこれです。我が家にはですね、タダ飯なら全種類コンプする、という家訓があるんですよ」
「いや、意味がわからん。食べたいものを食べるべきだろ」
「では、一口だけ恵んでもらっても?」
「どうしてそうなった。自分で取りに行ってこい」
さすがに言い返すことができない。すでにアレク様にごはんを持ってきてもらっているのだから、普通は自分で取りに行くべきだろう。
しかし、私にも取りに行けない事情がある。
「お言葉ですが、闇夜に消える私が一人で取りに行けると思いますか?」
夜は一段と影が薄くなってしまう……だけならまだいい。しかし、夜の私は異様な気配を発しているみたいで、幽霊騒動が起こるのだ。
こちらからすれば『普通に私がいますけど?』という話ではあるものの、すれ違う人たちは違う。
メイドさんに「えっ……何かいない?」と怖がられ、優秀な騎士さんに「侵入者の気配がしないか?」と剣を向けられ、魔術師さんに「……気のせいか」と探知魔法をかけられる。
そんな私が暗い野営地に姿を現したら、もうパニック状態だ。魔物のステルスアタックと誤解され、討伐される恐れがある。
よって、持って来てもらうか譲ってもらうしか食べる方法がない。
食べるの我慢しなさいと言われたら……それまでだ。指をくわえて我慢する。でも、アレク様ならきっと一口くらいは譲ってくれるはず。
何とかお願いします、とキラキラした目で訴えかけていると、アレク様が大きなため息を吐いたので、折れてくれたに違いない。
「一口だけだぞ」
「ありがとうございます、食の神よ」
「変なあだ名を付けるな」
サンドウィッチを持ったアレク様の手が向けられ、ゆっくりと近づいてくる。
「口を開けろ」
「はい。あ~ん」
童心に帰ったような気持ちで食べさせてもらうと、口いっぱいに不思議な味わいが広がった。
ハチミツで甘いにもかかわらず、マスタードのピリッとした風味が絶妙な味付けになっている。柔らかい鶏肉が頬の中で崩れ落ち、食べ応えのあるサンドウィッチだった。
こんなにしっかりとした鶏肉を食べたのは、何年ぶりだろうか……と感傷に浸っていると、アレク様に厳しい眼差しを向けられてしまう。
「人に食わせてもらうな。マナーが悪い。減点だ」
「食べさせておいて、そんなこと言います?」
「罠にかかったお前が悪い」
理不尽な形で減点されていると、テントの外から恐る恐るセレス様がやってきた。
何か恐ろしいものでも見たのか、驚愕の表情を浮かべている。
「あんたら、なにイチャイチャしてんのよ。付き合ってるの?」
「どう見てもサンドウィッチを強奪されていたところだろ」
「いや、どう見てもイチャついてたわよ」
セレス様が誤解した、その時だ。私の視界に新たなサンドウィッチが入り、自然とその方向へ吸い込まれていく……!
「待ってください。そちらの細切れの肉が入ったのはなんですか?」
「……チキンサラダサンドよ」
「一口いただいても?」
「本当に強奪されるのね。こんな経験は初めてだわ。自分で取りに行きなさいよ」
「闇夜に消える私が――」
「知らないわよ。これは私のものなの」
この後、取りに行けない私がいじけていたら「しょうがないわね……」と、セレス様が一口だけ分けてくれた。
セレス様、やっぱり優しい。
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