第20話

 いざこざを起こした私に注目が集まったので、震える裏声で「出発しましょうか」と、気の抜けた雰囲気で出発することになった。


 当然、道中の話のネタは一択である。


「アレク様とセレス様の言い合いに口を出せるなんて、宮廷薬師ってすげえんだな」

「我が儘姫を一蹴できる人間は、国王様以外にいないと思ってたぜ」

「それより宮廷薬師のハイドスキルやばくね? 探知魔法に引っ掛からないんだが」


 それはもう、影が薄いとかいうレベルの問題ではない。本当に私は人間なのかと疑問を抱く問題だ。


 しかし、今はそれどころではない。絶対に関わっていけないと思っていた我が儘姫、セレス様と敵対してしまったのだ。


 最悪なことに、仲を取り持ってくれそうなアレク様は近くにいない。私の助手というのは形だけみたいで、合同部隊を先導してくれている。


 よって、私は一人でセレス様に謝罪しなければならなかった。


「あの……本当に申し訳ありませんでした」

「何回謝るつもりなのよ。気にしてないって言ってるでしょ。えっと……、名前なんだっけ?」

「ニーナ・ルベットです」

「私はセレス・ユールデンよ。今回の合同部隊の主軸はだから、一緒に頑張りましょう」

「えっ? セレス様と私が主軸ですか?」


 一人で合同部隊の隊長をやるのは嫌だ。でも、喧嘩を売ったばかりのセレス様と一緒にやるのは、もっと――。


「なによ、嫌なの?」

「と、とんでもございません!」


 本人を目の前にして、嫌とは言えないじゃないですか! 苛立つ姿と我が儘姫のイメージが強すぎて、怖いんですよ!


 普段なら、影の薄い私のトラブル回避能力で乗り切れるのだが……今日はそうもいかない。


 敵対して強く認識されたみたいで、ぎこちない表情がバレているのだろう。何とも居心地の悪い空気になり、セレス様の冷たい視線を浴びていた。


「感情を隠すのが下手ね。嫌って言っているようなものよ、まったく。期待した私がバカだったわ」


 そう言ったセレス様は、何だか妙に寂しそうな表情を浮かべていた。


 何を期待していたのかはわからない。でも、こういう表情をさせてしまったのは、私なわけであって……。


「あの~、いじめたりはしませんか?」

「変なことを聞くのね。いじめられたい特殊な性癖でも持ってるのかしら」

「いえ、そういうイメージだったので。ちょっと近づきにくくて、怖いなと」


 思い切って素直な気持ちを伝えてみると、セレス様は怒ることなく、大きなため息を吐いた。


「失礼しちゃうわ。あんたの方が怖かったじゃないの」

「私なんて全然じゃないですか」

「闇の深い人間が怒るほど怖いものはないの。あんたはその最たるものよ」


 影が薄いと闇が深いは、意味合いが違う。きっとセレス様は何か勘違いされているんだろう。


 穏やかな人が怒ったら怖いみたいな意味なのか、突然現れる幽霊みたいで怖いという意味なのか、うーん……意外にどっちも当てはまりそう気もする。


「仕事でよく子供の相手をしますが、怖いと言われたことは一度もありません」

「じゃあ、私が一番ね。子供よりも優しく接しないと、泣いちゃうかもしれないわよ」


 つまり、私はセレス様の天敵ということですか。ここで優位な立場を取れば、遠征も楽に過ごせるかもしれませんね。


 恨みはありませんが、快適な遠征のために覚悟してもらいましょうか。


 女には、やらなきゃいけないときがあるんですよ!


「ガオーッ!」

「あんた舐めてんの? 泣かせに来るんじゃないわよ」

「いろんな意味で、今の私の方が泣きそうですよ」

「自業自得ね」


 勇気を振り絞って驚かせようとしたのに、セレス様のカウンターが一番怖かった。でも、攻撃的な印象は見られない。


 言葉にはトゲがあるけど、本気で言っているわけではなさそうだ。さっき「今回の合同部隊の主軸は私たちだから、一緒に頑張りましょう」と言ってくれたのも、純粋に思ってくれていたのかもしれない。


「ところで、合同部隊の主軸ってなんですか?」

「待ちなさい。話は聞いてるでしょ?」

「いえ、ほとんど聞いてません」

「呆れた。私に全部丸投げするつもり? 子守りの趣味なんてないのだけれど」

「……お、オギャー」

「あんた変な子ね。空気の読み方、完全に間違ってるわよ」


 辛辣な指摘をされてしまうこともあるが、今のは私が悪い。距離の詰め方を間違えた。


「今回は魔草が見つかる緊急事態だったから、責任の取れる人間が上に立つ必要があったの」

「サラッと怖いことを言いませんでしたか? この部隊の責任者って……」

「宮廷薬師の代表者であるニーナと、魔術師団の仮責任者である私よ」

「すいません。帰ってもいいですか?」

「ダメに決まってるじゃない。処刑されるわよ」


 罰が重い、責任が重い、重圧が重い……。私、宮廷薬師の中でも一番の下っ端なんですけど!


 あまりのプレッシャーに耐え切れなくなり、ガクッと肩を落とすと、セレス様が優しく肩を叩いてくれた。


「私も一緒にやるんだから、元気出しなさいよ。何か問題が起きたとしても、ニーナだけの責任にはならないわ」


 慰めてくれているんだろうか。一人じゃないと思えるだけでも、身に染みる。


「セレス様、意外に優しいんですね」

「あんたは意外に失礼ね」


 出会い方は悪かったけど、頼りにしても良さそうな人が見つかったと思うのだった。

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