第19話
城内が静まり返っている早朝、城門の前に大勢の騎士と魔術師が集結していた。
百人力の騎士団長を始め、古代魔法を扱う魔術師団のベテランや、若き才能が輝くエリート騎士がいる。この国を代表する戦力だけでなく、なんと百名もの精鋭が集まっていた。
この優秀な合同部隊の隊長が……、どうして私だというのだろうか。
門の前でうずくまり、必死に存在を消すことしかできないというのに。
「いつまでそうしている気だ?」
「心の準備に五十年ほど時間を要します。今は話しかけないでください」
「自業自得だろう。魔草騒動に首を突っ込んだのは自分なんだから、最後まで面倒を見るんだな」
今回の合同部隊は、国を脅かす魔草の除去を目的に急遽結成したものであり、本来は宮廷薬師の監修の元、アレク様が指揮を執ることになっていた。
しかし、魔草というニッチなジャンルに詳しい宮廷薬師はいない。アレク様も表向きは有給休暇となっているので、部隊の上に立つのは好ましくなかった。
そこで白羽の矢がたったのは、私だ。
偶然にもアレク様を助手とし、魔草の流通を事前に防いだという実績を無駄に作り上げ、『魔草に詳しい唯一無二の宮廷薬師』という存在感を解き放つ肩書きがついてしまった。
「今からでも遅くないと思うので、隊長の座、変わってもらえませんか?」
「いや、もう遅い。国に正式な書類を提出済みだ」
まだ出発していないのに、早くも帰りたい。影が薄くて喜ぶような人間が、どうして目立たなければならないのか。
アレク様が言うには、合同部隊には強制参加だったが、隊長の役目は任意だったらしい。
どれほど親しい人からの頼み事であったとしても、内容を確認せずに安請け合いをするものではないと、私は学んだ。
どうやって乗り切ろうか……と考えていると、周囲を見渡す一人の騎士が近づいてくる。
「ニーナ隊長はいらっしゃいませんか?」
「……」
ひとまず、まだ心の準備ができていないので、居留守作戦である。
「柄にもなく功績をあげれば、引っ張り出されるのは当然だ。返事をしなくてもいいのか?」
「ごめんなさい、まだいません。他を当たってください」
影の薄い私の声なんて聞こえるはずもなく、騎士さんは他の場所へと行ってくれた。
ジト目のアレク様に見つめられるが、こればかりは仕方ない。私は大勢の人の前に出るようなタイプではないのだから。
あぁー……胃が痛い。何とかアレク様に隊長の座を押し付け、やり過ごす方法を考えなければ。
そう思っていると、アレク様並みに存在感を解き放つ特別な女性が現れた。
燃えるように真っ赤な長い髪が風で舞い、真っ黒な瞳で周囲を観察する姿は、威圧感がある。どうにも怒っているみたいで、口角が下がり、腕を組んで苛立ちを表していた。
「いつになったら出発するのよ、まったく。宮廷薬師なのに、やる気があるのかしら」
公爵家の長女であり、回復魔法のエキスパートという華々しい経歴を持ちながらも、不名誉な称号を持っておられるこのお方は!
「我が儘姫、セレス・ユールデンも一緒か」
「その不名誉な肩書きで呼ばないでくれる? ブラコンアレクのくせに」
宮廷薬師を勤める身分の低い私にとって、もっとも関わりたくない人がセレス様である。生活や性格を含め、すべてが対極ともいえる存在なのだ。
彼女の強気な性格を考えれば、イジメの対象になりかねない。少し機嫌を損ねるだけでも、どう扱われるのかわからなかった。
「時間ギリギリに集合しようとするなんて、良い度胸ね。国命をなめてるのかしら」
早くも責められているのは気のせいだろうか。余計に顔を出せない雰囲気が生まれてしまった。
そして、ご機嫌斜めのセレス様は、アレク様に突っかかるように近づいていく。
「有給休暇を取得中のアレクも災難ね。帰ってくる席が宮廷薬師に取られちゃうなんて」
「いつ譲っても構わないと思っているが」
私に譲ろうとしないでください。隊長なんて席には居座りたくありません。
「噂では、その薬師の助手をしているんでしょう? 知らないうちにアレクも堕ちたわね」
「魔術師と薬師の仕事を比べること自体が馬鹿馬鹿しい。役割が違うことくらいわかるだろ」
「なによ、ちょっとした冗談じゃないの。本気にならないでよね。女の冗談は軽く聞き流すものよ」
「悪いな。聞き流したつもりだった」
二人が少し話し始めただけで、現場がピリピリとした空気に包まれる。
ご機嫌斜めのセレス様はいつも通りだと思うが、アレク様の様子がおかしい。いつもより言葉がとげとげしく、挑発しているような雰囲気を感じる。
これには、さすがに周りの騎士たちがざわついていた。
「どうして二人が同じ部隊にいるんだよ」
「国王様の指令なんだから、仕方ないだろ」
「でも、因縁の仲だぜ。水と油を一緒にするのはな」
国王様……。これはどういう試練なのでしょうか。どうして私がこの二人をまとめる隊長に任命されたのか、詳しくご説明いただきたいです。
このまま二人が言い合えば、部隊が内部崩壊しかねない。大きな揉め事を起こしてほしくないが、どう見ても危うい雰囲気だった。
「まあいいわ。それより、いい加減に弟から独り立ちしなさい。依存するべきではないわ。いつ亡くなるかわからないのよ」
言ってしまった……。それは一線を越えている。絶対に言ってはいけない言葉だ。
たとえイライラしていたとしても、軽い気持ちだったとしても、本人がいない場所であったとしても、絶対に言ってはならない。
「簡単に殺さないでください」
アレク様の一線を越えているのではない。私の一線を越えているのだ。
薬師の私が力不足だと言われるのは許そう。でも、悩みながらも精一杯生きているラルフ様を見放すことだけは、担当薬師として我慢できることではなかった。
「ラルフ様は生きています。絶対に死なせはしません」
「な、なによ。あんた、急にどこから出てきたの? あくまで可能性の話しているわけであって――」
「昔はそうだったかもしれませんが、今は違います。魔力も安定傾向にあり、回復の兆しが見られている状況です。普通に生活する限り、死ぬことはあり得ません」
自分で怖い顔をしている自覚はない。でも、グイッと足を踏み込んで顔を近づけると、セレス様が後退りした。
「そ、そんなこと知らないわよ」
「知らないなら言わないでください。言葉だけが独り歩きして、患者の耳に入れたくありません」
完全に圧倒しているのは明らかで、セレス様が言い合っていたアレク様に助けを求め始める。
「ちょ、ちょっと。なんかこの子が妙にムキになってるんだけど、なんなのよ」
「弟の担当薬師なんだが……逆鱗に触れたみたいだぞ。こんなに目立つことをするタイプではない」
アレク様の言葉で我に返った私は、ギギギッと錆び付いたドアのような動きでぎこちなく周囲を確認した。
めっちゃ見られている。呆気にとられた騎士や魔術師たちが、ポカーンと口を開けてみてくるではないか。
どうしよう……と思っているのも束の間、一人の騎士が恐る恐る近づいてくる。
「ニーナ隊長、ですか?」
「ご、ご、ご……ごきげんよう」
こうして私は、ついに見つかってしまうのだった。
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