第14話
アレク様と一緒に城下町を歩いていると、いつもと違う光景が広がっていた。
「思っている以上に、アレク様は視線を集めるんですね。騎士に同行してもらわなくてもよかったんですか?」
今世紀最大の高嶺の花と呼ばれた男の運命なんだろう。多くの女性がアレク様を見つめていた。
さりげない仕草と共にチラ見する者、神に祈るように手を重ねて目をハートにする者、ジッと熱い視線を注ぐ者。変に近づいてくることはないが、心配したくなるほどには注目されていた。
誰かに見られ続けるというのは、ストレスがかかる。私なら五秒で発狂しているところだ。
「街中を騎士に護衛してもらわなければならないようでは、魔術師として生きられない。普段は一人で出歩いているから、今日はいつも以上に視線を集めているのだろう」
「同行者をカウントしているみたいですけど、私の存在に気づいているは人はいないと思いますよ」
圧倒的な存在感を放つ太陽みたいなアレク様の前では、私の存在は無に等しい。行き交う人々に認識されている印象は受けなかった。
周りの目を気にすることなく自由に過ごせるというのは、実に素敵なことである。
「こういう時ばかりは羨ましく感じるな」
「影が薄いと嫉妬を買わなくて済むので、本当に助かっています。普通の女性がアレク様の隣を歩いていたら、もっとピリピリしていると思いますよ」
「自分で言うのもなんだが、そういう経験がないわけではない。最近は助手の仕事で快適に過ごせていたから、街を歩くだけでも居心地が悪く感じてしまう」
「そんなにうちの職場環境は良くないですけどね」
「もっと自信を持て。患者が心地よく帰るところを見るのは、心が温かくなるものだ」
身近な人に働きぶりを褒めてもらえるのは、素直に嬉しい。影の薄い私をしっかりと見守ってくれる人は滅多にいないし、心から思ってくれていそうなアレク様の言葉は、やっぱり心がムズムズしてしまう。
「些細な悩みであったとしても、ニーナの言葉一つで救われる者がいる。魔術師にはできないことだ」
うぐっ……周囲の人に認識されていないとはいえ、人前で褒めないでくださいよ。どんな羞恥プレイですか、まったく。
いつもの誉め殺しとは違い、今は身を隠せるものがない。歯がゆさを全身で受け止めるしかなく、急激な体の火照りを感じていた。
どうしてアレク様はこんなにも褒めてくれるんだろうか。何かを期待されているのかな。
「注目を集めるブラックホールみたいですね」
「変な言葉で俺を救おうとするな」
「すいません、失敗しました」
言葉で救ってほしいという意味ではなかったみたいだ。人付き合いって、本当に難しい。
そのまま二人で歩き進め、冒険者ギルドにやってくると、すぐに受付カウンターへ向かう。
出迎えてくれたのは、昼休憩を取る受付女性の代わりに対応してくれる解体屋のオジサンだ。
サバサバとした強気な女性より、解体屋のオジサンの方が都合がいい。職人肌の人は、見た目や身分で差別することなく、普通に接してくれるから。
ポケットから取り出した身分証を提示した私は、解体屋のオジサンにいくつか薬草を見せてもらう。
リストアップしたものを次々とチェックしていくが……、
「ヒチリス草とウコン草だけ別の束を見せてください」
鮮度の低いものや未熟なものを買うわけにはいかない。
宮廷薬師の作った薬なのに効果が薄い、などと言われてしまったら、私の首なんてすぐに飛んでしまう。
同行しているアレク様は呑気なもので、興味深そうに薬草を眺めているが。
「意外にしっかりチェックするんだな」
「余分な買い出しに出たくないので」
一番の理由は、休日に外出したくない、という思いである。
「大して変わらないと思うぜ。今は品薄だからな」
そう言った解体屋のオジサンは、別の薬草を取りに向かってくれた。
若い女だからと舐められているわけではないだろう。すでに身分証を提示しているので、本当に期待できないかもしれない。
***
「ぐぬぬ……予想以上に似たり寄ったりだ」
オジサンの言う通り、色々な薬草の束を見せてもらったが、あまり変わらなかった。
これには、アレク様も呆れ顔だ。
「さすがに厳選しすぎだぞ」
本来なら、こんなにのんびりと薬草を選ぶことはできない。昼休憩で暇な時間に来た時だけ、気前の良い解体屋のオジサンが対応してくれるため、厳選できるのだ。
でも、昼休憩が終わり、冒険者ギルドに活気が戻り始めたので、これ以上は迷惑をかけるわけにはいかない。
根気よく付き合ってくれたオジサンの顔が、それをよく物語っている。
「若いのに仕事熱心なのはいいことだ。見る目があるのかないのかは知らんがな」
冒険者ギルドは大事な取引先であるため、宮廷薬師の私が駄々をこねるわけにはいかなかった。
「ヒチリス草は三番目のもの、ウコン草は五番目……と、最後に見せてもらったものも買います」
「あいよ。空気を読んで、余分に買うのは良いことだな」
「付き合ってもらったお詫びです」
国の予算で落ちる買い物は、太っ腹なのさ。
他に購入する予定だった薬草と一緒に清算を済ませ、買い物袋に入れてもらうと、私の手元に来ることなくヒョイッと宙に浮いた。
「俺は荷物持ちで同行しただけだ」
「あっ、そうでした」
アレク様が受け取ってくれたのだ。誰かと買い物に来るというは、とても新鮮である。
「今は子供の買い物に付き合わされた気分だがな」
「宮廷薬師のスマートな買い物だったじゃないですか」
「どこがだ。トラブルにならないか心配したぞ」
「影の薄い私がトラブルを起こすわけないでしょうに。ギリギリのラインを見極めて、良い買い物をします」
「ニーナの言いたいことはわかる。普段の患者対応がそんな感じだからな」
その程度のことは素直に褒められておきますよ、とドヤ顔を決めると、アレク様が遠くの方を眺めて目を細めた。
「いま持ち運ばれているのも、ヒチリス草じゃないか?」
「えっ! 採取したばかりのものですか!?」
ショックな情報が入り、周囲をキョロキョロと見渡すと、三人組の男性冒険者が受付カウンターで薬草を提示していた。
立派に成長している薬草で、私が購入したものと比較すると、ひと回り大きい。青々としていて、誰がどう見ても良質な薬草に見える。
……うん、見える。見えるのだけど、何かが引っ掛かった。
あんなに成長したヒチリス草を見るのは、生まれて初めてかもしれない。ちょっと様子がおかしい。
どうしても気になり、ジーッと薬草を見つめていると、立ち止まっていることもあってか、頭にコツンッとアレク様の拳が乗せられた。
「凝視しすぎだ。睨みつけているみたいに思われるだろ。余分に買いたいなら、冒険者ギルドの買い取りが終わるまで大人しく待つんだな」
「うーん、何か違和感があるんですよね……。少し首を突っ込んできてもいいですか?」
「良くはない。冒険者の仕事に貴族が関与するべきではないだろう」
アレク様の言う通り、依頼を出していない部外者が関わるべきではない。傲慢な貴族だと思われる可能性もあるし、単純に冒険者もギルドも良い気はしないだろう。
「そこを何とかお願いします」
でも、どうしても近くで見て確認したい。もっと近くで見ないとわからないけど、きっとアレは……。
「今回だけだぞ。必要最低限の範囲でなら、フォローしてやる」
「ありがとうございます」
他人に干渉したがらない私の行動が珍しいと思ったのか、アレク様の了承を得て、冒険者たちの元へ向かうのだった。
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