第15話
ヒチリス草と思われるものを提出した三人の冒険者と、買取査定をする若い受付女性に元へ、私はゆっくりと近づいた。
決して忍び足ではない。でも、気づかれてはいないだろう。
よって、勇気を持って大きな声を発することにした!
「そちらのヒチリス草を見せてもらっていいですか?」
「……。おい、兄ちゃん。なんか用か?」
「こっちです。話しかけてるのは私です」
見込みが甘かった。手をブンブンと降って視線を遮り、ようやく目が合う。
「いま販売されようとしている薬草を見せていただきたいんです」
「嬢ちゃんは……、服装的に薬師の人間か。悪いが、ヒチリス草が欲しいなら、買い取りが終わってからにしてくれ」
「見せてもらうだけでいいんですよ。ちょっと気になるので」
「面倒くせえな。俺たちが販売した後、冒険者ギルドとやってくれ……って、オイオイ。聞いてんのか?」
話が進みそうにないので、受付カウンターに身を乗り出すと、怪訝そうな表情を浮かべる受付女性に睨まれてしまった。
「どこの薬師さんか存じませんが、迷惑です。用があるなら列に並んでください」
二年間も取引している宮廷薬師ですよ、などと減らず口を叩いている暇はない。
「薬草が見たいだけです。害は与えません」
「何を言ってるんですか。もう査定も終わり、買い取るところです。本当にいい加減に……いい加減に……」
受付女性の声が小さくなり、アレク様を見つめているので、どんな立場の人がいるのか理解したんだろう。
国を代表する魔術師であり、公爵家の人間となれば、それ相応の対応をしなければならない。
これで同行している私に対しても、無下に扱うわけにはいかなくなった。アレク様には悪いが、ちょっと強引にいかせてもらおう。
買取査定中の薬草を一株拝借すると、
「ちょ、ちょっと! 勝手に触らないでください!」
などと注意される。
大変ごもっともな意見だと思うものの……、そういう呑気なことを言っている場合ではなかった。
やっぱりこの薬草はヒチリス草じゃない。毒性が高すぎるあまり、魔草と分類される別の植物だ。
こんなものを買い取らないようにするため、普通は査定前にチェックが入るはずなんだけど。
「冒険者ギルドで買い取り査定する前に、魔力照合検査をやっていませんでしたか?」
「ま、魔力……な、なんですか、それ」
受付女性が理解できていないので、検査していないのは明白だ。
人体に悪影響を与える薬草かどうかを確認する大事な検査であり、冒険者ギルドには魔力検査機が置かれているはず。
時間がかかるために嫌煙されると聞いていたが、まさか存在そのものを知らないなんて。
「薬草と魔草を見分けるために、普通は魔力照合検査というものを実施します。薬師になるための必須技能であり、すぐに終わりますので、少しだけ付き合ってください」
手に持った魔草に魔力を流し込むと、徐々に赤いオーラを持ち始めた。
遠くの方で腰を抜かす人が見えるので、あの人は薬師で間違いないだろう。
「人体に害のない薬草の場合、特定の魔力を流すと青く光ることが証明されています。赤く光った場合は魔草なので……早い話が、これは毒草ですね」
毒草と言った瞬間、先程までの軽い揉め事から一変して、周囲が緊張感に包まれる。
周りから見れば、闇取引の現場に見えるのだ。冒険者と受付女性が白昼堂々と『ヒチリス草の形をした毒草の売買』をしているのだから、当然だろう。
影の薄い私が首を突っ込むのも、どうしても止めなければならない重大な事件だと思ったから。
冒険者が持ち込んだ経緯によっては、犯罪者になってもおかしくはないほどに。
「こんなにも多くの魔草をどこで手に入れたんですか?」
「ああ!? さっきから変な言いがかりを――」
状況が理解できていない冒険者が私に突っかかろうとした時、バチッと大きな火花が散った。
アレク様が魔法で威嚇して、守ってくれたのだ。
「首を突っ込んで悪いが、手を出すのはやめてやってくれ。これでも宮廷薬師だ。国を敵に回すことになるぞ」
これでも、というのは余計である。私はちゃんとした宮廷薬師なのだ。
ほらっ、白衣を着てきて正解だったでしょうに。説得力が出てくるんだから。
白衣のシワを手でビシッビシッと伸ばしてアピールすると、アレク様にジト目を向けられてしまう。
強引に話を進めた件に関しては、本当にごめんなさい。滅多に見るものではないので、近くで確認するまで自信がなかったんですよ。
「なんだ、てめえは。いけ好かない野郎が――」
「お、お待ちください! そちらの方に手を出す方が問題になります!」
受付女性が大声を出したこともあり、ギルド中の熱い視線を浴びることになってしまった。
この場から逃げ出したい気持ちに駆られるが、宮廷薬師として、このまま魔草を見過ごすわけにはいかない。
「こちらはヒチリス草とよく似ていますが、デムルズラと呼ばれる魔草です。誤って薬草として使用すると、体内の神経が毒され、全身麻痺と激痛に襲われます。触った手で食事すれば、魔草の怖さを体験できますので、嘘だと思うなら指を舐めてみてください」
急に冒険者たちの顔が青くなったので、すでに経皮吸収で手が痺れ始めていたんだろう。一歩間違えたら命がなかったと、身をもって理解したに違いない。
魔物や盗賊のいる街の外で全身麻痺になったら、生きて戻ってはこられない。魔草を採取した後、昼ごはんを食べていたら、間違いなく死んでいたと断言できる。
魔草とはそういうものであり、非常に危険な植物だ。触っただけですぐに異変が起きない分、毒性が低いともいえる。
「お、おい、嬢ちゃん。何を言ってるんだ? そんな危ねえもんが、ここら辺に生えているわけではないだろ」
「では、誰かから安く購入したものを転売しようとされたんですか?」
「ちげえよ! 森で群生地帯があったから、採取してきたんだ。どう見たってヒチリス草としか思えなかった」
「見た目はそっくりなので、間違えても仕方ありません。ただ、確認を怠った冒険者ギルドは違います。これは買い取ってはならない、人を殺せる植物ですから」
そう、ギルドの受付女性は魔草の概要を知っていなければならず、魔力照合検査を実施するのが普通なのだ。冒険者は魔草に詳しくなくて当然なので、彼らを責めるわけにはいかない。
買い取ろうとした受付女性に視線が集まると、どうしていいのかわからないみたいで、怯えて後退りをしていた。
「でも、私……そ、そんなの聞いてない。せ、先輩? 教えてもらってないですよね?」
「触らないで! 私に聞かれても知らないわ。もっと古い人に聞かないと。えっと、解体屋さんにベテランの人が……」
「待ちなさい。その危ない薬草の処理が先じゃないかしら。風で飛んで来たらどうやって責任を取るつもりなのよ!」
この場にいる冒険者ギルドの職員たちは、誰も魔草の対処法を知らないみたいで、軽いパニック状態に陥っていた。
責任転嫁というよりも、ギルド内に持ち込まれた魔草に怖がっている。触りたくない、犠牲になりたくない、という思いが膨らみ、酷い言い合いに発展していた。
「早く処理しなさいよ、ブス女!」
「はあ? 売れ残りのババアがやればいいじゃない!」
「寝取り女と一緒に処分するべきだと思いまーす」
ヒートアップを続ける受付女性たちとは違い、解体屋のオジサンも冒険者たちも唖然としている。魔草という危険なものを放置して、醜い女の争いが始まったのだ。
当然、この問題に関わった私とアレク様は呆れ果て、大きなため息を吐いた。
「で、この騒ぎはどうするんだ? ニーナ」
「どうしましょうね。冒険者ギルドに任せるのが普通だと思うんですけど……」
完全に内部崩壊しているため、話し合う余地がない。
「まあ、無理だな」
「絶対に無理ですね」
魔草が珍しいとはいえ、一国の首都でこんな騒ぎになるとは。
棚の上で埃が被っている魔力検査機を見れば、今まで魔力照合検査やっていなかったとすぐにわかる。
こんな冒険者ギルドを信頼して薬草を購入していたと考えるだけで、ゾッとした。
薬草菜園、もう少しだけ規模を広げよう。管理するのは大変だけど、育てにくい薬草の栽培にも挑戦しようかな。
ひとまず、この事態を治めるには身分の高い人が必要なので、アレク様にお願いすることにした。
「フォローしてくれるとおっしゃっていましたよね」
「必要最低限の範囲だったはずだが、仕方ないか。ギルドマスターと掛け合ってくる。さすがに騒ぎには気づいているだろう」
「わかりました。私は魔草の被害が出ないように、触った人の対処をしておきます。魔力照合検査を応用すれば、手についた毒素を確認できますので」
こうして、冒険者ギルドの醜い女の争いと、魔草騒動はゆっくりと終息に向かっていくのだった。
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