第13話

 三日後の休日、アレク様と買い出しに向かう日がやってきた。


「昼まで寝ているとか、正気か?」


 気持ちよく寝ていたのに、まさかこんな日まで起こしに来るとは。婚約者候補の私にまで過保護になるなんて、いったいどうしたいんだろう。


「約束の時間まで、あと三十分もありますよ」

「休日でも相変わらずだな」

「大丈夫です。私は――」

「出発の準備が五分でできたとしても、誰かと約束した時くらいは三十分前に起きろ」


 毎朝同じことを繰り返しているため、口に出す言葉を先読みされていた。


 買い出しの付き添いをお願いしたのは私だが、介抱してほしいと頼んだことはない。せめて、休日くらいはゆっくりさせてほしいものだ。


 連日の早起きで寝不足なんだから。これもすべて、いったい誰のせいだと思っているんですか!


「せめて、十分前に起こしてください。少しくらいは妥協してほしいものです」

「今から恐ろしいことを言うかもしれんが、すでに妥協して三十分前だと提案している」

「本当に恐ろしいことを言いましたね。貴族の高みを見た気がします」

「俺は別の意味で恐ろしく感じているぞ。毎日ずぼらな令嬢を見続けているからな」


 本人を前にして言わないでください。プライベートで良いところを見せるのは、もう諦めているんですから。


「今さらシャキッとしたところで、猫を被れないじゃないですか」

「開き直るなよ。宮廷薬師としては、しっかりやっているだろ。存在が認識されにくいだけで、本来ならもっと評価は――」

「起きますよ! 起きますから! もっと普通におだててくださいって言ってるじゃないですか!」


 ちょっと油断するだけで、すぐに褒めてくる。目を見つめて言ってくるあたりがガチすぎて、朝にしては刺激が強かった。


「せっかく城下町に行くんだ。少しくらいなら待っててやるから、貴族令嬢らしく少しは着飾ってこい」

「影が薄い私には、オシャレなんて無縁の話です。もっとも必要ないものですよ」

「見た目が変われば、周りに与える印象も変わる。素材はいいんだ。単純にもったいないぞ」

「急にそんなこと言われましても……。私の着飾った姿なんて、いったい誰が見るんですか」

「俺が見るだろ。ラルフも興味があると思うぞ」

「……変わった兄弟ですね」

「心配するな。お前が一番変わった貴族令嬢だ」


 不名誉な称号を与えてきたアレク様は、そう言って部屋を後にした。


 仕方なくベッドからノソノソと起きて、チェストを確認するが、急に着飾れと言われても困ってしまう。


「う~ん、着飾るような服がない。実家に帰る用の服では、田舎のオーラが強すぎる。結局、薬師の白衣しか着るものがないけど、なんか期待されてる気がするし……」


 もちろん、アレク様も変な意味で言ったわけではない。城下町で一緒に歩くなら、ちゃんとした服装のやつを隣に置きたいと思った程度だろう。


 素材がいいなんて、そんなのリップサービスであって……って、なんで私はこんなに必死なんだ。


 婚約者予定のラルフ様ならまだしも、アレク様の評価を意識してどうする。ちょっとおだてられただけで取り乱すなんて、私らしくもない。


「……髪型くらいは変えようかな。男はみんなポニーテールが好きって、メイドさんが言ってたし」


 なんとなく気持ちが乗ったので、少しだけ印象を変えることにした。


 それ以上でもそれ以下でもない。本当に気持ちが乗っただけである。


 ……うん。


***


 薬師の白衣に着替え、髪型をセットした私は、猛烈な羞恥心に襲われていた。


 髪型を変えただけで、なぜこんなに恥ずかしいのか。


 今日はいつもより寝癖をしっかり直しただけ。髪を後ろで結んだだけ。


 すれ違う騎士やメイドさんたちも、いつも通り私の存在には気づかない。


 それなのに……それなのに……!


「髪型を変えるだけでも随分と印象が変わるな。似合ってるぞ」


 アレク様がナチュラルに褒めてくるのだ!


 最近、心が虫に刺されたみたいで、どうにもムズムズして、かゆくなる時がある。この気持ちに対処法がなく、私は非常に困っていた。


 宮廷薬師が体のことを誰かに相談するわけにはいかないし、そもそも相談する相手がいない。


 でも、変な心地よさがあり、体が軽くなるため、危険な病ではないと思っている。


 決まってアレク様が近くにいる時に起こるので、互いの魔力が干渉して、波長が変わった影響ではないかと推測していた。


「お世辞はけっこうですよ」

「素直な感想だ。そのままの意味で受け取れ」

「ほ、褒めても何も出ませんから。うち、貧乏なので」

「心配しなくても求めていない。でも、まあ……着飾る場所が違うよな」


 着る服がなかったんです、とはさすがに言えない。


「今朝の寝癖は強敵で、服を選ぶ時間がなかったんです」

「だから早く起きろと言っているんだ」

「別にいいじゃないですか。買い出しも仕事のうちなんですから、白衣でも不思議ではありません」


 口がうるさくなったアレク様と一緒に歩き、城下町へと向かっていく。


 適当に誤魔化したが、アレク様があまりにもうるさいので、一着くらいはちゃんとした服を用意した方がいい気がしてきた。


 買える値段かわからないけど、古着だったら何とか……。いや、まあ、アレク様のためではないけど。

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