第12話
薬師訪問が終わると、何気ない平凡な毎日が訪れる。
薬を調合して、患者と向き合い、マダムの愚痴を聞く。変な患者さんがやってきても、宮廷薬師の経験を活かし、無難にやり過ごした。
こうして私の仕事が終わり、雑務に取りかかるのだが……。
「今日もご苦労だったな」
上司のような存在感を放つ助手のアレク様が、労いの紅茶を差し出してくれることが日課になった。
礼を伝えて紅茶を受け取るが、素直に受け入れても大丈夫なのか、心配になってくる。
男爵家の私が椅子に座って紅茶をいただき、公爵家のアレク様が雑用のためにウロウロするなんて、何かがおかしい。
「明日来る患者をリストアップしておいたぞ」
「あ、ありがとうございます……」
しかも、仕事ができる助手であるため、文句も言いにくい。
「気にするな。今日は患者も多くて疲れただろ」
気遣い上手のオプションまで付いてくるとは。心を落ち着かせるためにも、紅茶をいただくとしよう。
ズズズッ……あぁ~、今日もおいしい。私がこんな贅沢な暮らしをするなんて、まるで貴族令嬢みたいだ。いや、そうなんだけど。
こんなに楽をさせてもらってもいいのかな、と思いながら紅茶を嗜んでいると、アレク様に一枚の封筒を差し出された。
「そういえば、手紙が来ていたぞ」
「私にですか? ああ、母からですね。ありがとうございます」
手紙を受け取った私は、もしものことがあるため、すぐに中身を確認する。
あくまで仕事中なので、パラパラ……と流し読みする程度だ。また後でじっくりと目を通して、返事を書けばいいから。
「ニーナの母親も病弱だと聞いているが、具合はどうなんだ?」
身内以外でこういう話をしたことはないが、縁談の話をもらっている時点で、こちらの事情は知られている。
隠しても仕方ないし、どうせバレるなら素直に言うべきだ。
「手紙を読む限りは良い傾向なんですが、実際のところはわからないですね」
「どうしてだ? 良いことが書いてあるなら、問題ないんじゃないのか?」
「私の経験と仕送り額から計算すると、治癒スピードが早すぎるんです。実家の経済事情が良くなっているという話は聞きませんし、違和感があるんですよね」
仮に良い薬草が安値で手に入ったとしても、母は簡単に治る病ではない。私が実家にいる間はギリギリのやりくりをしていたし、貯金も底をついていた。
私の仕送りで安定した生活と治療はできたとしても、実家を建て直すのは不可能であり、万全の治療は難しい。外を出歩けるまで回復したと書かれているけど、本当なんだろうか。
実家を離れてから、もう二年。手紙のやり取りでしか連絡できないだけに、現状がうまく理解できていなかった。
埋蔵金でも掘り当てたのかな。誰かが大金を渡してくれた、なーんてことがあるわけないし。
「心配のしすぎだ。わざわざ娘に嘘は書かんだろ」
「娘に心配させないようにと、あえて嘘を書く可能性もあります。ほら、ここの文を見てください。仕送り額を減らしてもいいと書かれているんですよ」
「……改善しているなら、普通じゃないのか?」
「うちの家を舐めないでください。雨漏りをバケツで対処しているのに、金を受け取らないのは不自然でしょう。普通は屋敷を立て替える資金に回しますよ」
なんだったら、事業用の薬草菜園の規模を拡大して、従業員を雇うお金も欲しいはず。仕送りを増やせというのは納得できても、減らせというのは納得できなかった。
身を削って仕送りしていること、気づかれてるのかな。
「思っていた以上に切羽詰まっているのは理解した。だが、素直に信じてもいいと思うぞ」
「後でじっくり読み直してから判断したいと思います。先に書類整理をやってしまいましょう」
残りの紅茶をグイッといただき、手紙を封筒に閉まった後、仕事終わりの書類整理を行なう。
患者のデータだったり、薬草の在庫管理だったり、予算の計算だったりと、やることは地味なことばかり。でも、いつどんな急患が来るかわからない薬師にとっては、重要なことだった。
うーん……、頭痛を抑えるヒチリス草の在庫が切れそうだなー。酔い止めのウコン草も減ってきたし、もうそろそろ冒険者ギルドへ買い出しに行くべきか。それとも、もう少し粘るか。
いつもギリギリまで在庫とにらめっこする私は、買い出しを一番苦手な仕事としていた。
影の薄い人間にもっとも不利な仕事、それが買い出しなのである。
気づかれないだけなら、まだ納得がいく。でも、順番抜かしをされたり、注文を忘れられたり、声が届かずに無視されたりして、良いことがない。
不特定多数の人がいる場所では、影が薄すぎて雑音扱いになってしまうのだ。
しかし、今の私は一人ではない。
「アレク様って、助手ですよね」
たんたんと雑用をこなし、気遣い上手のオプションが付いたアレク様なら、快く買い出しを引き受けてくれそうな気がする。
「急にどうした。嫌な予感がするぞ」
「いえ、ちょっと冒険者ギルドに薬草の買い出しを頼みたいなと思いまして」
「無理があるだろう。俺には薬草の状態が見極められない。類似品とか粗悪品をつかまされるかもしれないぞ。自分で行くべきではないのか?」
「……ごもっともです」
正論パンチをよけきれず、三秒で断念した。
薬師という立場を使い、助手に仕事を押し付けるなんて、私にはまだ早かったのだ。
ずるいことをしようとして、本当にごめんなさい。
ズズーンッと落ち込んだ私は、しぶしぶ買い出しのリストを作成する。
予算の都合もあるし、薬草の使用期限もあるため、買い込めばいいという問題ではない。いつも来る患者の症状や季節行事と照らし合わせて、仕入れる薬草の量を変えていた。
必死になって買い出しのリストを作っていると、何かを悟ってくれたみたいで、アレク様が顔を覗きこんでくる。
「冒険者ギルドに嫌な思い出でもあるのか?」
「冒険者の皆さんって、我が強いじゃないですか。影の薄い私とは対極の存在で、そりが合わないんですよね」
「確かにな。受付女性ですら、平然とした態度で冒険者と言い合うイメージがある」
「そんなところに私が一人で買い出しに行けると思います?」
「行くしかないだろう。それも薬師の仕事だ」
「今日はとんでもないほどの正論で殴ってきますね。言い返す言葉が見つかりませんよ」
薬草菜園でカバーできる間はいい。でも、消費と生産が追い付かない場合もあるし、育てていない薬草が必要な場合もある。
だから、冒険者ギルドへの買い出しは必須なのだ。
そして、なんだかんだでアレク様が優しいことは知っているので、チラッチラッと期待の眼差しを向けてみる。
「はぁ~、仕方ない。荷物運びとして一緒に行ってやろう」
「ありがとうございます! では、三日後が仕事の休みなので、その日の昼に買い出しへ行きましょう」
「わかった。城下町を歩くのは、あまり好きではないんだがな」
何か嫌な思い出でもあったのか、アレク様はちょっぴり暗い顔をしていたが、素直に甘えさせてもらうことにした。
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