第5話

 翌朝、まともや部屋に不法侵入してきたアレク様に、当たり前のように起こされてしまった。


 まさか二日連続で早起きさせられるとは。これから毎朝起こされると思うだけで、心がムズムズとしてくる。


 昨日みたいに寝起きに褒め殺しされたくないので、眠たい気持ちを抑えて起きるしか選択肢はない。


 ……しかし、朝はキツイ。


「もう仕事が始まる三十分前だ。早く準備をしろ」

「まだ三十分も前じゃないですか。うぐぐっ、体が……重い」

「布団から出るの、手伝ってやろうか?」

「けっこうです! すぐに着替えますから、早く出ていってください!」


 アレク様を追い出した後、ベッドから体を引きずり起こし、薬師の白衣に着替える。


 果たして、これは観察なのだろうか。奉仕や介護に近い気がする。縁談を進めるために必要なこととはいえ、常識の範囲内で生活に干渉してきてほしい。


 私が義妹になったのならまだしも、今は家族ではないのだから。


 半分寝ている身体にムチを打ち、予定よりも早く仕事に出勤する。


 今日は診察部屋ではなく、調合に使う薬草を管理するため、王城の薬草菜園に訪れたのだが……、朝日が眩しくて目が開かなかった。


 早起きした弊害である。


「本当に朝が弱いんだな。目が線になっているぞ」

「そう思うのなら、朝は寝かせておいてくださいよ。ふわぁ~……。どうして始業時間よりも早く仕事をしなくちゃならないんですか」

「普通は起床してから準備に時間がかかるものだ。短時間で済む方がおかしい」

「私は五分で準備が終わるんです。今まで遅刻で怒られた経験は一度もありません」


 まあ……寝坊したり遅刻したりした経験がない、とは言わない。あくまで、だけだ。


 影の薄い私の勤務状況を気にする人はいないので、患者が来るまでに薬を調合しておけば、遅刻とカウントされることはなかった。


 そんなことは見透かしている、と言わんばかりにアレク様にジト目を向けられているため、今後は気を付けようと思う。


「お前、影が薄いことを最大限に利用しているだろ。普通は寝癖のまま城内をウロウロしていたら、注目の的だぞ。どうして周りが気づかないのかわからない」

「えへへへ。雨の日に転んでも気づかれないんですよね。羨ましくなりましたか?」

「こんなにも羨ましくない自慢は初めてだ。ちゃんと足元を見て歩け」


 他愛のないことを二人で話している間に、朝の眩しさにも慣れてきたので、育てている薬草に水やりをする。


 王城の薬草菜園を任されている、管理人として。


 野菜や花のように栽培方法が確立されているものとは違い、薬草栽培は難しく、手入れできる人が少ない。


 農業経験を持つ薬師自体が珍しいこともあって、私が就職した時には廃園状態だった。


「俺の知らない薬草まで栽培しているとは。随分と手が込んでいるんだな」


 そこをせっせと開拓して、今では様々な薬草が育つ立派な菜園になった。日当たりの良い場所で管理しやすいので、ありがたく活用させてもらっている。


「実家で薬草菜園の手伝いをしていたので、これくらいなら管理できます。そうしないと、雇ってもらえないと思いましたし」


 影の薄い私が王城に就職するには、他の人ができないことができなければならない。そのため「薬草栽培ができる薬師です!」と猛アピールして、面接を合格している。


 子供の頃に手伝っていた実家の仕事で、就職が有利になるとは思わなかったけど。


「王城にこんな立派な薬草菜園があったんだな。今まで知らなかったぞ」


 不穏なことを言われてしまうが、気のせいだと信じたい。


 この場所が王城の離れだったから、アレク様でも気づかなかったのだろう。普通に考えて、私の影薄い属性を薬草が受け継ぐはずはない。……たぶん。


「弟のラルフ様に調合するミレンゲ草も、ここで育てたものを使用しています。比較的に栽培しやすく、水分量さえ気を付けていれば、良い薬草ができますね」

「担当がニーナに代わってから改善していったのは、この菜園のおかげということか」

「そうですね、薬草の質が変わった影響です。普通は冒険者ギルドに採取依頼を出して、薬を調合しますから」


 もちろん、私も育てられない薬草があるので、採取依頼を出したり、購入したりして、必要なものを調達している。でも、自分で育てた薬草の方が成分にムラができにくく、扱いやすかった。


「天然の薬草よりも栽培した薬草の方が良いとは、意外だな」

「鮮度の高いものを使うという意味では、育てた薬草が一番です。状態の良いものを選別できますし、メリットは大きいですよ」


 雑草を抜いたり、水やりをしたりと、手間はかかる。しかし、患者が来ない時間や休日を利用すれば、うまく管理することができていた。


 この薬草菜園で、私は国に大きく貢献しているのだ。


 たとえ身分が低くても、影が薄くても、貧乏だったとしても。真面目に貴族の役割を果たして――。


「で、向こうに見える野菜畑はなんだ? 薬草と関係ないだろ」


 やめてください! そちらは乙女の秘密です!


 王城の土地を借りて自給自足の生活をすれば、食費が浮くなんて考えてないですから! 私の昼ごはん用に育てているわけではありません!


 絶対に違いますよ! 勘違いしないでくださいね!


「や、野菜畑が隣接していると、薬草が元気になりやすいんですよ」

「そういうものなのか。栄養を野菜に持っていかれそうな気がするけどな」

「不思議ですよね、うんうん。薬草栽培は奥が深い。植物を育てるって大変だなー」

「おい、何か隠しているだろ。まさかとは思うが、自分で食べるために育てているなんてことはないよな?」

「あ、あ、あるわけないじゃないですか。まあ、このシソの葉くらいは食べますよ」


 強引に話の方向をねじ曲げた私は、薬草の近くに生えるシソの葉を手に取った。


 薬草の周りにシソを育てると魔力が安定する傾向にあるため、至る所に植えてあるのだ。


「本当に食べても大丈夫か? ちゃんとした食用のものなんだろうな」

「失礼ですね。私が育てたものですから、大丈夫ですよ。基本的に薬草は煎じて飲むものが多いんですし、生で食べてもだいたい平気です」


 生で食べておいしいかどうかは別の話だけど。


 手に持っていたシソの葉を口の中に放り込み、モグモグと食べてみせると、アレク様が納得するように頷いていた。


「愛情を込めて薬草を育てているんだな」

「愛、ですか。薬草にキュンッとしたことはありませんが」

「その表現はやめろ。食べてもいいと思えるほど大切に育てているのなら、愛情がこもっていると言っただけだ」

「では、アレク様は弟を食べたいと思われているのですね」

「ごほっ! いや、人と植物に対する愛情は違ってだな……」

「ふふっ、冗談です。さすがに言いたいことくらいはわかりますよ」


 アタフタと慌てるアレク様を見て、思わず私は笑ってしまった。


 彼とは月とスッポンほど身分が違うのに、どうしてこんなにも自然体でいられるのだろうか。減らず口を叩いても怒られないし、素の自分でいられる気がする。


 ……調子に乗りすぎると、とんでもないジト目を向けられてしまうが。


「俺をからかうな」

「なかなか表情が変わらない方なので、少し崩してみたいなと思いまして」

「人のことを言える側か? ニーナは俺以上に無愛想だろ」


 薬師を訪ねる患者の多くは悩みを抱えているため、笑顔を向けることは少ない。私にとっては、小さな子供を安心させる一つの方法にしかすぎなかった。


 そもそも、影が薄い私の表情をどれほどの人が認識しているのか、という問題もある。ハッキリ言って、アレク様が気にしすぎなだけなのだ。


「私は顔に出にくいタイプなだけです」

「口だけは達者だな。まあ……日頃からもっと笑った方がいいと思うぞ」


 唐突に笑顔を求められ、呆気に取られてしまう。アレク様の言いたいことがサッパリわからない。


「笑う必要がありません。笑う行為が愛情表現に繋がるのであれば、検討したいと思います」

「ひねくれすぎだ。患者も笑って見送ってもらった方が癒される」

「おかしなことを言いますね。私の笑顔で癒されますか?」

「自分で笑った顔を見てこい。普通に癒されるだろ」


 あまりにも自然に肯定され、聞き間違えたのではないかと考える。しかし、すぐに沸騰したヤカンのように全身が熱を持ち、脳がショート寸前で思考がまとまらなかった。


 どうしてこういう恥ずかしいことを言うときは、真剣な表情を向けてくるんだろうか。アレク様のずるいところであり、また心がかゆくなる。


 ひとまず、心のかゆみを止めるために、アレク様と距離を取ることにした。


「もっと薬草に水をやりたいので、バケツにくんできてください。これは助手の仕事です」

「構わないが、意外に薬草栽培は水を使うんだな」

「時と場合によります。早く行ってきてください」


 仕事を無理やり押し付けた私は、水をくみに向かうアレク様の背中をなんとなくボーッと眺めていた。


 とても大きく感じる、その背中を。


「弟の婚約者候補に言う台詞ではないでしょうに。薬草よりも私の喉の方がカラカラですよ、まったく」

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