紅い死神、夜に舞う
せてぃ
真夜中の惨劇
銀光が闇を引き裂く。
対して閃いたのは、紅い輝き。
血のように紅い、ねっとりとした粘性を思わせる輝きだ。
銀の光を受け止め、弾いた紅い光が翻り、横一文字の軌道を描くと、獣とも人ともつかない絶叫が闇の中に木霊した。
「し、死神ぃぃ!!」
銀の光を放つのは、それを握った腕と同じ程度の長さを持つ両刃の剣だ。得物の輝きは鮮烈であるのに反して、持ち主の顔は闇の中でもわかる程、苦痛に歪み、輝きを失っていた。それは相対する紅い輝きを振るう『死神』によって負わされたいくつもの傷が、少しずつ彼の生命の灯火を奪っているからに他ならない。
「……いまならまだ間に合う」
紅い輝きが、だらりと足元に向けて下げられる。下段の構え。『死神』が最も得意とする得物の構え方だ。
「剣を手放せ。そうすれば生命までは取らない」
「……ふざけるな!」
剣を手放しさえすれば、この死神は相手に死をもたらすことはしなかった。何故ならば、この死神が死をもたらす相手は、その剣の持ち主ではなく、剣そのものに対してだからだ。
だが、それを知らない剣の持ち主は、この大陸では『生ける伝説』とまで呼ばれている傭兵剣士の最後通牒に対して、再び斬りかかるという答えを出した。
紅い光が、闇の中で素早く動いた。
ちょうどその瞬間だ。雲に隠れていた月が顔を出し、真夜中の闇に青白い光が差した。
紅い光を放つものが、そしてその持ち主の姿が露になる。
闇そのものを編んだような漆黒の外套を纏った美丈夫。女性と見まごう姿を助長するのは、背中まである黒髪だ。外套と同じく闇に溶け込んでいる。肌は白く、月光の下でその顔は、まさに死神のように幽鬼じみていた。
その手にあった紅い光。
まるで血そのものを固め、刃にしたように紅いそれは、両刃の剣だった。
紅い刃は再び相手の剣を弾き、返し刃で相手が剣を握った腕を斬り落とした。
先ほどを上回る絶叫が上がるが、その声は長くは続かなかった。斬り落とした紅い刃の旋回力に乗せて、身体を回転させた美丈夫が、黒い
「……始めに言ったはずだ」
口を開けなくなった銀の剣の持ち主に向かい、死神は歩み寄った。片腕を失い、もう身動きすることも、声を出すことも困難になった相手に、死神は死神らしく、紅い刃の得物を振り上げた。
「貴様が百魔剣を握る以上、おれは貴様を斬る」
そう言って振り下ろされた刃に、迷いはなかった。
「やはり、間違いありませんでした」
馬車の客車の扉が開き、乗り込んで来たのは浅黒い肌を持つ端正な顔立ちの男だった。
「殺されたのはアルカン・グノウ。流れの傭兵ですが、このところ急激に力を付け、仕事を増やしていた人物です」
「……その力、というのが、戦う技術ではなく、百魔剣に頼ったものだった、と?」
馬車の主は、乗り込み、向かいに座った男に問い質した。緩く波を打つ美しい陽光色の髪が、僅かに翳りを見せたのは、彼女が俯いたせいだ。
「ええ。ある剣を振るうようになってから、人が変わったようだった、とも聞きました。ですが、その剣は……」
「破壊されていた。そうですね?」
男は頷き、その先は言葉にしなかった。
何故、その傭兵は殺されたのか。
何故、剣は破壊されていたのか。
陽の光と同じ輝きを持つ女性には、わかっていた。わかっていたので、ため息をつく。
また、あなたに罪を背負わせてしまいましたね、リディアさん。
女性は胸の奥で傭兵殺しの犯人……いや、魔剣を破壊した張本人のことを思った。
彼に罪を重ねさせないこと、ひとりで背負い込ませないことを目指している女性としては、このような結果には、いつも後悔が残る。
客車が揺れ、馬車が動き出したことがわかった。女性は窓の外で、いまなお現場検証が行われている男性の殺害現場を見た。多くの人集りがあり、誰もが恐怖を顔に浮かべている。
こうして彼の行いの真相は伝わらず、彼はまたひとり、罪を背負い込む。明けない深い夜の闇の中、ひとり暗躍し続ける。
「我々も、先手を打てるように動きましょう。我々が封じるのです。百魔剣を」
女性は目の前に座った男に言うでもなく呟いた。
そうするために、わたしは、わたしたちは、力をつけたのだから。
紅い死神、夜に舞う せてぃ @sethy
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