真夜中聖女の危険任務〜どうかこの傷が癒えますように〜

宮瀬優希

【月光の魔城に住まうもの】

これは、リリーが彼らと出会って間もない頃の、救済の物語──


 深夜。音という音が消え、皆が寝鎮まる夜。タッタッタッと、何者かの足音が響いていた。薄い茶髪をサラサラとなびかせ、暗い森に向かって走る少女──新米聖女、リリー・アンジュである。軽く息を切らせ走る彼女は、どこか苦しそうな、それでいて穏やかな表情をしていた。こんな真夜中に出される任務は、まず無い。それにあったとしても、薬草の採集など、簡単な任務だけだ。しかし彼女は、の装備を身につけ、森へと入っていった……。


 シャミスの東側にある大森林「黒白の森」、その森を進んでいくと、一つの城がある。人が住んでいる気配は無く、持ち主の居ない城だ。黒をベースにした城壁は、月光に照らされたときに紫色の光を発し、心が満ちるのだという。……いつからあるのかは、誰も知らない。なぜあるのかも、誰も知らない。何故か?誰もこの城の存在を知らないからだ。そう、聖女以外は誰も──……。


 私は今日も、あの城に向かって走っていた。聖女だけがその存在を知る「月光の魔城」に向かって。深夜の数時間だけ姿を見せる「月光の魔城」。禍々しくも美しいその城は、変わることなくそこにあった。

 深呼吸を一つして、魔法陣を描く。

「『月光魔城ムーンキャッスル開放リベレーション』」

描いた純白の魔法陣から、不具合かと思うほど暗い闇が溢れ出す。その闇は私の周囲360度に広がり、徐々に形を形成していく。今日形成されたのは、人型の悪魔だった。その数はピッタリ10。どの悪魔も、この城に封印されていた怨念が形を成したもの。闇の任務として聖女に代々伝わっている、この城の怨念の浄化。私は今日も、その任務のためにここにやってきたのだ。全てを浄化するまで、この任務は終わらない。先代も先々代もその前もこの任務を請け負っていたらしく、先代曰く、「開放の日は近い」とのこと。

 悪魔が一斉に襲いかかってきた。鋭利な悪魔の爪が月光に照らされ、反射した。刺されたらひとたまりもなさそうだ。

「『神聖光愛砲ホーリー・リンフィリー』!」

飛びのいて攻撃を躱しつつ、悪魔に攻撃を仕掛ける。黄色い光の砲弾は魔法陣からランダムに発射され、数体の悪魔に命中した。が、決定打となるほどの威力は無かった。

「『三連・神聖審判ホーリージャッジメント』!」

持っていた杖を振り落とす動作をし、上から技を食らわす。キシャアアアアアアと、掠れた声と共に、2体の悪魔が消え去った。「神聖審判ホーリージャッジメント」により、浄化に成功したのだ。が……残りはあと8体。まだまだ油断はできない。魔法陣を再び描き、技を放とうとした。

「『神聖ホーリー……』」

「『悪夢ナイトメア』」

が、私が詠唱するより速く、悪魔の一体が魔法を使った。驚きと共に、「ああ、そうか」と腑に落ちる。悪魔は通常、魔法を使えない。使えるとするのならば、上級悪魔。そして、この城は開放が近づくほど強い怨念を形にする。そして先代からの言葉……

「『最後の浄化は上級悪魔』……」

今日、月光の魔城から出てきた怨念は、この城の最後の怨念だったのだ。魔法陣から暗い闇が溢れ出した。その闇は上級悪魔の周りにいた7体を包み、飲み込んだ。否、吸収した。1体となった上級悪魔が──他の悪魔を吸収したことによって言葉を話せるようになったのだろう──口を開いた。

「人間ヨ、何故、コノ城ニ我ラヲ閉ジ込メタ?」

無機質だが憎悪を孕んだような、低い声が響いた。深い怨念を感じるが、対話の余地あり……。私はそう判断し、創っていた魔法陣を消し、質問に答えた。

「わかりません。閉じ込めたのは、私では無いから」

「デハ、お前ハ何者ダ?閉ジ込メタ者じゃ無イナラ、ナゼここにイる?」

先程よりも人間らしく感情的に、悪魔が訊いた。

「私はここにある怨念を解放する者。救済するために、ここに居ます」

「解放?」

ハハハハッと狂ったように悪魔が笑った。目に深い憎悪を滲ませ、私の方を見た。虚ろな目に、赤い炎が灯った。

「今更そんなことを言って、許されると思っているのか?百年、いや二百年、俺はずっとずっと待った!でも、誰も来なかった!!見て見ぬふりをして、俺たちをここに閉じ込めたのは人間なのに、開放するのも人間?そんなことがあってたまるか、笑わせるな!!」

過去の魂の記憶が、言葉として溢れ出てくる。悪魔は続ける。

「お前らは、いつもそうだ。時間が全てを解決してくれると信じている!だから、こんなことができるんだ!二百年越しの救済?開放?お前らがスッキリしたいだけだろう!!?」

怒っているような、泣いているような、酷く辛そうな声で上級悪魔……彼は叫んだ。この人の思いは、私以外にはもう届かない。私は彼を見つめ、同様に叫んだ。

「……確かにそうかも知れない。私たちはいつでも過ちを繰り返すし、罪を犯す!でも!」

「でもなんだ!」

「優しさだって、善意だって持っている!」

「嘘だ!そんなものどこにも無い!」

「じゃあ……」

時が止まったかのように、月明かりが私たちを優しく照らした。純白の光が、月光の魔城の紫色の光を、ほんの少しだけ打ち消した。

「その溢れ出る憎悪を……向けないのはなぜですか……?」

「…………は……?」

「……あなたは上級悪魔で、目の前には一人の弱い人間がいる。憎悪をぶつけるには最適な状況です。にも関わらず、あなたは私に手をあげていない。それは……」

彼は何も言わない。その代わりに、虚ろな瞳が悲しげに揺れた。

「……あなたが優しいから。そしてまだ、人間を信じているからですよね」

「……うるさい……うるさいうるさいウルサイ!!!!黙レエエエエエエエエエエ!!!!」

感情に任せ、彼が魔力でできた刃を飛ばしてくる。とっさに避けるも、それは私の左肩を抉った。私は構わず続ける。

「っ、……あなたは、自分の心に囚われている。信じたくないという気持ちに囚われ、自分で自分を押さえつけている!」

「違ウ!黙レ黙レ黙レ!!」

「私があなたを救います。あなたの怒りも憎しみも悲しみも、全部!」

「嘘ダ!!ソンナ言葉ガ信用出来ルモノカ!」

「一回で良い、嘘じゃないから!」

「アアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!」

彼は頭をかかえ、絶叫した。制御しきれなくなった魔力が無数の刃を形成し、四方八方に飛散する。ザシュッ。右頬、右足、そして腹部。私を斬る音が、やけに大きく響き渡った。

「…………ぁ…………」

絶叫していたはずの彼が、幼い子供のような声を発した。彼の呼吸がが乱れていた。私は右手でお腹を押さえ、地面に片手をついている。それでも、膝はついていなかった。

「……ほら、やっぱりあなたは……優しいですよ。制御できないはずの魔力も、私に膝を、着かせない」

「…………ぁ……」

ワナワナと彼が両手を震わせた。私はゆっくりと手をついて立ち上がり、彼に手を差し出した。

「ねぇ、私と一緒に、今の世界を見てみませんか?」

「今の……世界……?」

「はい。満足するまで見てからでも、遅くない。この世界に満足したら、きっと開放されるから」

そう言い、私は魔法陣を描いた。純白の魔法陣から、煌々とした光が溢れ出す。彼はまだ、躊躇っていた。ボタボタと血が滴り落ち、少し目眩がした。それでも私は彼を見つめる。

「…………見たい、見てみたい……。でも、君に、怪我させた……そんな俺が居たら……」

「構いません。私と一緒に行きましょう。『契約コントラクト』【私の傷は彼が満足したとき治癒される】」

「!?そんなことしたら……」

「あなたが負った怨念きずは、私が浄化なおします。私が負った傷は、あなたが治してください。……これで、平等です」

彼は困ったように、瞬きをし、そして笑って魔法陣に魔力を注いだ。

「うん……よろしくね……」


「リリーさん、それ、誰に?」「リリーさん、どうしたの!?」

次の日、午前九時。リアムさんとステラさんが私を迎えに来た。と同時にこのセリフ。リアムさんは静かに怒り、ステラさんはすごく心配してくれた。が、昨晩のことを明かせるはずもなく……

「あはは……派手に転びました……」

「嘘でしょ」

「……はい」

とても下手な嘘をついていると、ひょっこりと彼が姿を現した。

「すみません、これ、俺がやったんです……。ごめんなさい……」

「!?いや、違うんです!えと……」

「誰?」

「あ……んーと……」

ますます事態がややこしくなった。月光の魔城?闇の任務?はてなが増える未来しか見えない。笑ってやり過ごしていると、ステラさんがパンっと手を打ってにっこり笑った。

「よくわからないけど、とりあえず無事で良かったじゃん!そこの魔物さんも、悪い人じゃ無さそうだし」

ステラさんが祈りの魔法陣を構築し、文章を書き込んだ。

「……リリーさん、何かあったら私たちを頼って良いんだよ。こんなにボロボロになって……。心配なんだから!」

ちょっと泣きそうになりながら、ステラさんが私を叱った。リアムさんも、こくこくと頷いている。ステラさんが私たちを見て、魔法陣に右手を伸ばした。私たちもそれに倣う。

「皆、リリーさんの傷の治癒を願って言ってね、せーのっ」

月光の魔城はもう、どこにも無い。怨念は全て開放された。でも、また怨念きずに囚われてしまう日が来るかもしれない。だからこそ、私は……私たちは祈る。


「「「「『どうかこの傷が癒えますように』」」」」

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