第7話 準備は十二分に

「あぁ、クソ……終わんのか、コレ」


俺は与えてもらった自室で、頭をかきながら悪態をついた。


根を詰めていた資料の山から顔を上げ、備え付けの時計に目をやる。


“4月29日 02:12:46(水)”


29日の午前2時過ぎ。

28日の深夜26時とも言える。


「残り1日弱って、無理ゲーだろ」


カチカチと無慈悲にも一定のリズムで時を刻み続ける時計を見てつぶやく。


街の視察から帰ってきて、ナサちゃんに諸々の資料をお願いして早めに寝たのが27日。


28日は朝の5時から起きて、今の今まで紙束とにらめっこ。飲み干したコーヒーの量は数知れない。


「魔法都市の貿易額、輸出入の推移。王国内部の派閥。教会の覇権争いの状態に使徒たちの不満。おまけにその他周辺勢力の大まかな歴史、経済、動向と未来予測。外交に使えそうなネタなどなど、他にもたくさん。よくもまぁ、これだけ集めたよな。」


俺は今日朝イチでナサちゃんから渡された資料をペラペラとめくる。

どれもコレも分かりやすくまとめられていて、つくった人の几帳面さがうかがえる。


「さすがナサちゃん。十分だ……。」


前日の夕方に言って、次の日の朝には渡してくれるなんて、有能にもほどがある。


内容も、絶対に他国は知らないような、知ってはいけないような機密情報ばかり。

俺が読んでいいのか心配になるレベルだ。


そう、情報は十分にある。


街の様子も、今どこくらいの位置にいてこれからどう動いていくのかすら、ゲームの知識である程度は分かる。


地盤は十二分に整っているんだ。


だからこそ、考えるしかない。


もしも、この状況でミスをしたら。うまく行かなかったら。

言い訳なんか出来ない。出来っこない。


だって、環境は整っているから。


もしも、うまく行かないのだとしたら。それはひとえに、俺せいだ。


俺の努力が、根性が、勇気が、覚悟が足りなかったから。

考えが浅かったから、幼稚すぎたから。


“運命”のせい、なんて口が裂けても言わない。


だって俺は、その“運命”を変えようとしているんだから。


「考えろ……最悪の事態を想定しろ。戦術的行動と対処的行動を勘違いするな。何も勝たなくて良いんだ。攻めなくても良い。“必敗”だった世界をちょっと動かして、負けなければ良い。奴らの行動を利用してやれ。冷静に考えろ。」


俺は自分に刷り込むように、言葉を並べる。


「駒はもう盤上にあるんだ。その先の未来だって見えている。あとは俺が間違わなければ良い。間違いさえしなければ、そこに敗北はない。」


残された時間は1日もない。


その間に、残る何十パターンの検証を終わらせ、他国への根回しと、最終的な段取りの確認を行う。


「そしたら……あとは、彼女に説明するだけだな」


ナサちゃん。


俺は君のことを、騙す。


君は優しいから、すべてを話せばきっと止めると思う。


君は優しいから、自分を犠牲に他の大勢を救えと言うと思う。


だから、ほんの少しだけ嘘をつくよ。


大丈夫、誰も死なせない。

誰も殺さない。

誰も、不幸になんてさせない。


「最後に、頑張りますかぁ」


俺はパチンと自分の頬を両手で挟んで、気合を入れて言った。






君を救うための、ただそれだけの物語が、今――




――――幕を上げる














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