第6話 街の噂

「意外と賑やか………ではないな。」


俺は、繁華街の中心部でポツリとつぶやいた。


浮島から降りて、魔法都市城下を小一時間回ってみたのだが……どこか、活気がない。


人がいないわけではないが、道行く人は皆せかせかと先を急いでいるような印象を受ける。


平日というのに閉まっているお店が多い。 

特に飲食店なんて、そのほとんどが閉じている。


「結構進んでるのか……」


俺はポツリとつぶやいて、目の前の建物へと足を進める。


乱暴に板を打ち付けた扉に手をかけて開けば……


「ぶっ殺すぞ!!!」

「落ち着けよ、言いたいことはわかるが」

「酒だー、酒持ってこーい!!!」

「やっぱここの肉に限るぜ!!」

「喧嘩すんなよー!!」

「イケイケー!!」


そんな、罵詈雑言が聞こえてきた。


扉を開いて中へと足を踏み入れれば、アチラコチラから値踏みの視線が飛んでくる。


ここは、冒険者ギルドと呼ばれるところだ。


異世界の定番。このゲーム世界にも、ギルドが存在しているのだ。


中身はテンプレ通り、平日の昼間っから酒を飲み暴れ狂う、男どもの巣窟ってところだ。


「あんちゃん、どこの人間だぁ?」

「見慣れねぇ顔じゃねぇか」


入り口でギルドの中を見渡していた俺に、二人の男が声をかけてきた。


「へへ、この街のルール教えてやるよ」

「がはは、ちょっとばかし礼は頂くけどな」


一人は長身の男で、もうひとりは背の小さい男だ。凸凹コンビというやつだろう。


ギルドでは有名なのか、周りから『またか』と好奇の視線が集まっている。


「断ったら……なぁ?」

「どうなっても知らねぇぜ」


彼らはほぼ同時にそう言って、一度拳と拳をぶつけてみせた。


これは、異世界のテンプレートではないか!!!


ギルドでヤンキーに絡まれるってやつ!!

鉄板ネタも鉄板ネタ。使い古されすぎているネタ。


けど、悪くない。悪くないぞ。


テンプレはなんだかんだ言って面白いのが世の節理だ。


俺もテンプレを下手に避けて失速するよりは、テンプレ王道を突っ切ったほうが好きだ。


……ただ、この世界はテンプレに従わせてもらえないらしく、



「俺の炎が火を吹くぜ」


「僕の竜巻に巻かれて死にな」



絡んできた相手は、バリバリの魔法使いだった。


こういうのは、普通大剣使いのムキムキのマッチョマンに絡まれるものなのだが、彼らは全くもって体力系とかではなく、ムキムキの大男でもなければ大剣使いでもない。


細身の色白のローブを羽織ったお兄さんと、背の小さい、大きなつばの帽子を被ったお兄さん。


ふたりとも、どこに出してもおかしくないTHE・魔法使いってやつだ。


周りからも、


「お前らヤメロよ、アハハハ」

「何が『ど前うなっても知らねぇぜ、キリッ』だよ、おら魔法使いじゃねぇか」

「てか、この街にいんのの殆どが魔法使いだろ。そんな体力系のバカみてぇな絡み方すんなよ、ハハハ」

「毎回恒例だけどな、ガハハハ」


と、魔法使いなのに脳筋みたいに絡んでいく様を面白がられていた。


「って、ことで悪いな兄ちゃん。絡んじゃって。」


長身のお兄さんがそう、少し恥ずかしそうに頭を下げる。


「聞きたいことあれば何でも教えるんで。もちろんお金は取らないですし。」


小さなお兄さんの方も、頭を下げて笑いかけてくれる。


ふたりとも先ほどとは打って変わって、とても優しい笑みだ。


「いや、ちょっとばかりビックリしただけだ。よろしく。」


なるほど、これがここでのテンプレートなのか。

王道からは少し外れるが、これはこれで悪くないぞ。


「兄ちゃん、酒飲めるか?」


「人並みには」


彼らの席に招かれて椅子に座ったら、矢継ぎ早にそう聞かれた。


お酒はそこまで得意ではないけど、すぐに酔い潰れる程でもない位だ。


「ここには酒以外ねぇんだけどな。一杯奢ってやるよ。俺のおすすめな。」


「ゴーちゃんはね、ああ見えて果実酒が好きなんですよ。」


ニヒヒと笑って、注文してくれる長身の男を指さして、小さい方の男が言う。


ゴーちゃん?


「う、うっせぇよ。バッくんだって、その見た目で酒豪じゃねぇか。」


彼は、恥ずかしそうにそう抗議をしたが、目尻は楽しそうに下がっている。


バッくん?


「ゴーちゃん? バッくん?」


俺は気になりすぎて、声に出して聞いてしまった。


なんだよ、その小学生みたいな呼び名。


「あぁ、俺の名前はゴート。それで、ゴーちゃん。」


「ぼくの名前はバックス。それで、バッくん。」


二人の男達は、少し恥ずかしそうにしながらも、どこか誇らしげに名前を語ってくれた。


ゴーちゃん。バッくん。いい名前じゃないか。


小学生みたいとか言うやつの神経を疑うよ。

ほんと、人の名前にそんなこと言うなんてないわー。


「なるほど。俺の名前は……うーんとそうだな……」


俺は名乗ろうとして、止まってしまった。


そういや、俺名前なかったな。


いや、もちろん日本での名前ならある。けど、ここでバリバリ日本の名前を言っても、ややこしいし混乱するだけだろうし、何か偽名を言ったほうが良いだろう。


名前……ゲーム世界っぽい名前…………まぁ、適当でいいか。


「ダークだ。ダークと呼んでくれ。」


俺は本当にテキトーに、その時パッと思い浮かんだ英単語を名乗った。


ダーク。うん、中二臭いけど悪くはないかな。


「こちら、果実酒になります」


会話のタイミングを見計らってお姉さんがやってきて、絶妙なバランスで持った3つのジョッキを、器用に机においていく。


「おう、飲め飲め。うんめーんだぞ。」


そうゴーちゃんに進められて、俺は果実酒に手を伸ばす。


見た感じ、特に変なところはない。


日本のお酒より、なんとなく薄くて癖が強そうだけど、まぁお酒の味なんてわかるほど飲んでないしな。


「頂きます、カンパイ」

「はい、カンパーイ」

「カンパーイ!!」


三人でジョッキを合わせて、お酒を流し込む。


うん。悪くない。


甘さ控えめ、というか味はかなり薄めだけど、喉にくる刺激は強めだ。お世辞にも高いとは言えないけど、こういうチープな感じの味、嫌いではない。


「ところで、質問なんだけど。」


お酒も入ったところで、俺はそう切り出した。

油を売りに街に来たわけではないんでね。


「なんだ?」


「何で、酒以外はないんだ?」


大きなジョッキの半分を一口で飲み干して、気分上々なゴーちゃんに尋ねる。


「あぁ、それな……」


彼は一瞬俺から目をそらし、言って良いのか悪いのか悩むように、目を伏せた。


「最近、街の川が汚染されてきまして。原因は不明なんですが、そのせいで水を容易には使えなくなってしまっているんです。」


そんなゴーちゃんの様子を見かねたのか、バッくんがおつまみの豆をつまみながら代わりに答えてくれた。


「知っての通り、魔法で作る水は、食べたり飲んだりしたら体に悪いしな。汚染されたのを浄化しようとしても、俺らの魔法が混ざっちまって結局食べたり飲んだりはできないのさ。」


「お酒は貯蔵が多くありますし、そもそも輸入品がほとんどなので、飲めるということです。」


「なるほど」


二人の説明に、さも今初めて聞いて納得したかのように頷く。


親身にしてくれた彼らをこうして欺くような形になっているのは申し訳ないが、許してくれ。


「原因は魔法でわからないのか?」


果実酒を更にいっぱい口に含みながら、そう問いかける。


「あぁ、頑張ってるんだが……。何せ川の上流はの所有地だろ?」


「アイツ?」


ゴーちゃんは、苦虫を噛み潰したような顔で答えた。


「ほら、アイツだよ。ワルボン公爵。」


「性格が悪いで有名のワルボン公爵。トップになれるわけないのに、よくもまぁ足掻くよね。」


「本当に、今度はなにしでかすんだかな。」


『ワルボン公爵』という人は、彼らの間では有名らしく。


嫌なことを思い出したというような、からかうような、おちょくるような感じに二人は話してくれた。


「思ってたよりも早いな……」


「あん?」


ポツリと、つぶやいた言葉が聞こえてしまっていたようで、ゴーちゃんにどうしたんだ? と見られてしまった。


「いや、何でもない。サンキューな。ついでにもう一個質問いいか?」


俺は誤魔化すように果実酒を煽り、申し訳なさげに人差し指を立てる。


「いいぜ、なんだ?」


「勇者パーティーって、どんな感じだ?」


快く受けてくれたゴーちゃんに、俺はそう軽く尋ねた。


「良いも悪いもないな。なんかその辺プラプラして、あーだこーだ言ってるな。」


「ちょっと前に、ワルボンと一緒にいるところを見たよ。」


「昨日も喋ってたよな、同族意識でもあんのかな、ガハハハ」


こちらも、彼らの中ではもう鉄板のネタなのか。話しなれたというように、豪快な笑いを交えて答えてくれた。


「そっちも早いか……。オッケー、色々ありがとうな。今度は奢るぜ。」


俺は少しだけ考えたあと、ニッと笑って果実酒の残りを煽った。


「おうよ。じゃあな。」


「お気をつけて〜」


二人仲良く、人好きのする笑みを浮かべて手を振ってくれる彼らに、俺も笑いながら軽く手を振り返して店を出る。


コツ、コツ、コツ


歩きながら考える。


正直、この会話で新たに得た情報はゼロに等しい。


ただ、彼らの言っていることをゲームの中と照らし合わせて、分かったことがある。


俺が思っていたよりも、事態は複雑で、猶予はないらしい。


残り3日なんて、悠長なこと言ってられないな……。


俺は少し歩いて、ギルドが見えなくなると、誰に言うでもなくつぶやいた。



「守って見せる」



目的は一つだけ。

手段は選ばない。


ここから先は休む暇なんてない。



かき乱せるだけ、乱してやるよ

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