第5話 指針を立てようかと

「…………」


「…………」


ナサちゃんと俺、二人とも無言で歩を進める。


ナサちゃんは基本的に話してくれない。


というか、俺は今まで声を聞いたことがない。


それどころか、ベールに隠されていて顔さえもちゃんと見たことがない。


何故顔を隠し、話さないのか。

それはゲームでも明らかになっていなかった。


これで、クソブスで声もガラガラでした〜ってオチだったら、ちょっと凹む。


いや、2,3日寝込む。


けどまぁ、逆に言えば数日寝込むだけで済むんだけどな。


顔とかの要素ももちろん好きなのの一端に数えられるが、それ以外に俺は彼女の雰囲気というか、彼女全体に惚れているから、そのうちの一つの要素がなくなったところで嫌いになったりはならない。


ただ、クソブスというのは……勘弁してほしいかな、うん。


「今から仕事?」


廊下を歩きながら尋ねれば、彼女は小さく首を振る。


ナサちゃんは魔法教聖女にして、この魔法都市のトップオブトップ。


ここの議会はあってないようなものなので、基本的に政治的なこととかは全部彼女がやっている。


人口が少ないとはいえ、その量は一人で捌くには多すぎる量なのだが。


多重に魔法を駆使することによって実現する、平行動作によって彼女はそれを可能にしている。


カッコよく言ったけど、簡単に言えば魔法でゴリ押しして、いろんな限界を突破することで同時に4個とか5個とかの書類を片付けられるということだ。


執務室に行けば、目を閉じた彼女の周りに紙とインクとペンが飛び回って動き回る、とてもシュールな絵面を拝むことができる。


「失礼しまーす」


ナサちゃんについていって、彼女の執務室に入る。


基本的に彼女が俺を呼びに来ることなんてないんだけど、今日に限って呼んだのはなにか理由があるんだろう。


「…………」


俺が執務室のソファーに座ってインクと本の匂いを堪能していると、ふわふわと浮いて数枚の書類が寄ってきた。


「なになに……」


俺はそれを手にとり、目で見ていいかと尋ねてから読む。


一応、念の為確認をね。


「えっと、川の水質検索の結果と、あとは……」


俺はザーッと書類に目を通していく。


前世の社畜経験で培った技がまさかこんなところで役に立つとは、あの頃の俺は想像もしていないだろうな。


「おっ、ビンゴ」


俺は一番最後の書類に手をかけて、そうつぶやく。


彼女に渡されたのは、前にお願いしていた河川の水質調査の結果と、巷に出回っている聖水の調査結果、あとは魔法教会で作れる聖水の成分と、生産可能数について。


言ってから数日も経ってないのに、仕事が速いことで。


「このさ、生産可能数が不明ってどういうこと?」


俺は資料の右端を指さして尋ねる。

ここ結構重要なところなんですけど。


「…………」


ナサちゃんは俺の指さしたところを見て、数秒考えたあと、一個前のページの上らへんを指差す、


そこには聖水の大まかな製造過程と、その材料について書かれていた。


えっと、魔法で生み出したキレイな水に、聖女等の高等聖従が力を込める……。


「えっとつまり、作ろうと思えば無量に作れるってこと?」


俺がそう尋ねれば、彼女はコクリと頷く。


「なるへそ」


水も魔法で生み出して、聖人さんたちが力を込めればできるって、スゲェ世界だな。


原子論とかどうなってんだろう。


てか、あれってそんな簡単にできたんだ。

ゲームじゃそこそこ高かったぞあれ。


まぁ、大方、その『高等聖徒』ってのが世界に数人しかいないとかなんとかなんだろうな。


ふむ。って、事はだよ……。


俺はもう一度、資料を上から下までザーッとめくる。


これらのデータと、ゲームの事を鑑みて、


「今日って、何日の何曜日?」


ノールックで尋ねた俺に、ナサちゃんは魔法で時計を浮かべて答えてくれる。


“12499年4月27日 08:48:22(水)”


さすがゲーム世界なだけある。


年とか時間とかはどうでもいい。


今日は27日。事が動き出すのが30日ちょうどだから、あと残り3日。


この3日のうちに、これからおこりうるすべての可能性を封じて、フラグをへし折り、完膚なきまでに勝たなければならない。


一点でも上ならば勝てるのが勝負だ。

点数差なんて関係ない。勝つか負けるか。勝敗こそが全て。


しかし、今回ばかりはその点数差が大切。


すべてを、この世の〈運命シナリオ〉さえも押し退けて勝つ。


そんな、圧倒的な勝利が必要なのだ。


「オッケー、さんがつ」


俺はつかの間の思考の渦から抜け出し、右手をパチンと鳴らす。


「じゃあ、ちょっと提案なんだけど、」


俺はもの思いにふけっている俺を物ともせずに、テキパキと書類を捌き続ける少女に声をかける。


彼女は静かにこちらを見上げて、止まった。


ナサちゃんは用があるなら早く言えとばかりに、まっすぐとこちらを見つめ続ける。


俺はベールの奥にある、その美しい瞳に小さく微笑んで、


「これとこの法案を通して、この聖水をうーんと、そうだな。日間、7万本から製造開始して。」


そう、無茶とも思える提案をした。


まだ会って数日のどこの世界の馬の骨かもわからない異世界人の提案なんて、普通無視して当然なのだが。


彼女は俺の差し出した資料をパーっと魔法で空中に並べて、端から目を通していく。


そして、すべてを見終わってほんの少し考え込むと、


「…………」


無言で書類を返してくる。


やはり駄目だったか。と、書類に目を落とせば、その右端に小さく印があることに気がついた。


これは、ナサちゃんしか押すことが許されていない、魔法都市の紋章。


ということは、彼女が許諾してくれたということだ。


「あざーっす。って、俺としては嬉しい限りだけど、大丈夫なの?」


俺は紙をペラペラたなびかせながら尋ねる。


この魔法都市、皆が魔法大好きな変態さんだから市民は愚か殆どの貴族はまるりごとに興味はない。


まぁその一部がねちっこくて厄介なんだけど……。まぁ、その話はおいておいて、つまり一回トップを取ってしまえば完全独裁やり放題なのだ。


うわー、ナサちゃんカッコいー状態である。お金も何でもやり放題のガッポガッポ。


まぁ、その魔法都市のトップは簡単には変わらないんだけど。

その話も後々ね。


「ほら、いきなりポッと出の俺なんかの言うこと、こんなポンポン通しちゃって。俺、他国のスパイって可能性もアリよりのアリじゃない?」


俺が言うことじゃないと思うけど、ちょっと心配になっちゃうよ。


ナサちゃんは俺の視線に、問題ないと頷くと、そのままお仕事に戻ってしまった。


「そんなふうに信頼してもらえると嬉しいな。まぁ、俺が裏切るなんて万に一つないんだけど。」


俺はその信頼を裏切らないように頑張ろうと、もらった紙をトントンとまとめてつぶやく。


「なんでって?」


据え置きのティーポットから紅茶を入れる俺に向けて、ナサちゃんが不思議そうな視線を飛ばしてくる。


ベールが掛かっていて表情はよくわからないが、視線とか顔の向きとかでなんとなく言いたいことは分かるようになってきた。


スゴイでしょ。これが愛の力。もとい、ゲームで長時間見続けたゆえの能力。


「そりゃ、君に召喚されたから」


そう俺がおどけて言っても、彼女は納得してくれずに少々ご機嫌斜めなご様子。


ナサちゃんに嘘は通じないらしい。

ゲームでもそんな感じのことが軽く触れられていた気がしなくもない。


「っていうのは嘘で。」


俺は軽く笑って少し恥ずかしくなりながら頬をかき、



「好きだから」



そう、つぶやいた。


「ほら、好きな子には幸せになって欲しいじゃん?」


俺は早口で説明を付け足して、恥ずかしいのをごまかす。


チラッと彼女の方を見やると、我関せずといった感じに宙を見ていた。


一応手は止まっているので、聞いてくれていると思うのだけど。当事者という意識はあんまりないのかな。


「ってことで、頑張りましょうか。ちょっくら街の方に出てきますわ。」


『資料ありがとう』とお礼を告げて、俺は執務室を出た。


歩きはじめを少しだけ遅くしてみるが、アニメのようにポツリというつぶやきが聞こえてくることはなかった。


まぁ、好きになってもらうとかは後回しだからな。


とにかく、彼女を幸せにするのが最優先だ。


やってやらぁ!!!!!!



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