第41話 慚愧の念

「なんだとっ!?」


 周囲の貴族たちのざわめきの中、エドゥワルドが驚愕の表情で振り返り、メリーザを睨みつけた。


 だがメリーザは動じず、エドゥワルドにニコリと微笑み返した。


「王子様、お戯れが過ぎますわ。ありもしないことを延々と言われましても、わたくし困ってしまいます」


「どういうことだメリーザ!」


 エドゥワルドがメリーザに詰め寄ろうとする。


 だがその行く手をガーズが阻んだ。


「おおっと、王子様、うちのメリーザに手を出そうってのかい?そいつはいただけねえな」


「ガーズ、貴様!」


 エドゥワルドがガーズに鼻付き合わせて睨みつけた。


 だがガーズは痛くもかゆくもないといった様子で、薄ら笑いを浮かべて肩をすぼめたのだった。


 するとエドゥワルドの後背から、爽やかな声音で語りかける者が現れた。


「これは王子殿下、お初にお目にかかります。パーティーリーダーのダスティと申します」


 ダスティは相変わらずの爽やかな笑顔を振りまきながら、エドゥワルドに向かって会釈した。


 その後ろにはパーティー最後の一人、ラーグルが付き従っていた。


 エドゥワルドはキッとダスティを睨み付けるも、掛ける言葉が見当たらなかった。


 そのためダスティの独擅場を許してしまった。


「殿下はジークを僕らが謀殺したと思っておられるようですが、そんなことはありません。彼はダンジョン内で突如ドラゴンと出くわしてしまったことで、恐怖心から発狂してしまったのです。そしてドラゴンに向かって突進を仕掛けてしまい、その手前に開いた穴に落ちてしまったのですよ。可哀想なことをしました。護ってあげられなかったのは、僕たちにとっても慚愧の念に堪えません。ですがそれを謀殺などと言われては、困ってしまいます。あれは事故ですよ。エドゥワルド王子殿下、あれは事故なのです」


 ダスティはそう言って両手を広げて肩をすぼめた。


「くっ!」


 エドゥワルドは自分が計られたことを悟り、がくりと首を落として歯ぎしりをした。


 すると腹心のゲトーが苦渋の表情を浮かべながら前に進み出た。


 そして深く頭を下げながら、壇上のアスピリオス王に向かって言上した。


「申し訳ございません陛下。お見苦しい場面をお見せいたしました。このような事態になりましたのも、すべてわたくしの愚かさ故にございます。王子殿下には一切の責はございません。罰するのならば、なにとぞこのわたくしに願います!」


 するとエドゥワルドがかぶりを振ってゲトーに反論した。


「違う!お前に責任などない!俺が愚かにもこやつらを信用してしまったのがいけないんだ!」


 だがゲトーは必死の形相でエドゥワルドを説得しようと試みる。


「いいえ!殿下は愚かなわたくしの策に乗せられてしまっただけにございます!すべてはこのわたくしに責がございます!」


「違う!俺が馬鹿だっただけだ!」


 すると壇上のアスピリオス王が、初めて重い腰を上げて立ち上がった。


「もうよい!下がれお前たち」


 アスピリオス王は眉根をきつく寄せ、厳しい表情でもって断を下した。


 エドゥワルドが無念の表情でうつむく。


 その両拳は固く握りしめられ、ブルブルと震えていた。


 その震える手を、柔らかな手が優しく包み込んだ。


 エドゥワルドは、その暖かくふわふわとした手の持ち主の名を呼んだ。


「……アリアス……」


 エドゥワルドがやっとの思いで声を絞り出した。


 アリアスは泣きそうな顔をしながらエドゥワルドの手を取り、無理矢理笑顔を作って言ったのだった。


「ありがとう、エドゥワルド」


 エドゥワルドは泣きそうになるのを必死に堪えた。


 そこへ、あの男の濁声が響き渡った。


「どうやらわたしへのおぞましい嫌疑は晴れたようですな」


 ベノン子爵である。


 ベノンは一歩、また一歩と前に進み出ながら高らかに宣った。


「しかし、王子殿下にも困ったものです。すでに十五歳になられたというのに、まだ空想癖がおありのようだ。さぞや国王陛下も頭を悩まされているのではございませんか?」


 アスピリオス王は深いため息を吐いた。


「ベノン子爵よ。エドゥワルドの無礼をわたしからも謝罪しよう。すまなかった」


 ベノンは右手を胸に当て、腰をかがめて礼をした。


「これはこれは、国王陛下からの謝罪とは痛み入ります。ですが……肝心の王子殿下からは謝罪がないようですが?」


 ベノンはそう言って腰を折りながら首を巡らし、エドゥワルドを見た。


 その顔はこの世で最も醜いのではないかというほどの悪相で、口の端を異様に上げてニタニタと笑っていた。


 エドゥワルドは身体中の血が沸騰しそうなほど、はらわたが煮えくりかえっていた。


 だがエドゥワルドの進退はすでに極まっていた。


 もうルビノのテスター侯爵叙任を防ぐことは出来ない。


 ならばもう方針転換するしかない。


 その新たな方針とは、なんとしてでもアリアスだけは護り抜くというものであった。


 そのためにはこれ以上自分の立場を悪くしないことだ。


 エドゥワルドは断腸の思いで、ベノンに頭を下げる決心をした。


 エドゥワルドは威儀を正してベノンに正対した。


 そして氷のように青ざめた顔でもって、ゆっくりと口を開いたのだった。


「ベノン子爵……まことに申し訳……」


 すると突然、大聖堂内に予想外の闖入者が現れた。


「ちょっと待ったーーーー!」


 皆の視線がその声の主に集まる。


 エドゥワルドは信じられないものを見たような表情を浮かべ、その者の名を呼んだのだった。


「……ジーク……」

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