第40話 告発
エドゥワルドは、後ろに控える者たちに一声掛けると、再び王に向き合った。
「陛下!テスター侯爵家をこれ以上空位のままに出来ないことはわかりました。ですが、この叙任式は不当なものです。どうかご再考をお願いいたします!」
アスピリオス王は深いため息を吐いた。
「エドゥワルド、いい加減にせんか。下がれ」
だがエドゥワルドは一歩も引かない。
「いいえ、陛下。何と言われようとわたくしは下がれません。この不当極まりない叙任式を見過ごすことなど出来ませんので」
「不当とはどういう意味だ?そうまで言うのならば、それ相応の理由があるのであろうな?」
するとエドゥワルドがニヤリと微笑んだ。
「無論です、陛下。この叙任式には正当性がありません!」
するとアスピリオス王が眉をしかめた。
「これは異な事を。ここにいるルビノ=ベノンは、先のテスター侯爵の甥に当る者ぞ。長子たるジーク=テスターが行方知れずである以上、この者がテスター侯爵家を継ぐのは正統的であると思うが?」
「確かに、これまでの慣例に照らし合わせてみれば、陛下のおっしゃる通りにございます」
「であろう。ならば……」
だがここでエドゥワルドが父王の言葉を遮った。
「ですが、それは通常の場合にございます。不当な企みが背後にあるとしたならば、正統とは申せません」
するとアスピリオス王の眉間に深い皺が刻まれた。
「不当な企みだと?」
「はい。何故ジーク=テスターは行方知れずとなったのか、陛下はご存じであられますか?」
アスピリオス王は、顎に湛えた雄々しく茂る立派な髭を左右にゆっくりとさすりながら、思い起こした。
「あの者は過日、クラス無しの判定を受けたことで侯爵位を継ぐことが困難になったと思い、それを覆そうとドラゴンスレイヤーの称号を得ようとダンジョンに入ったものの、あえなく魔物の餌食となった……と聞いておるが?」
エドゥワルドは自らが聞いたこととはいえ、ここまで詳細に父王が答えると思っていなかったため、思わず右後ろを振り返ってアリアスの顔色を窺った。
すると予想通り、アリアスの顔は青ざめていた。
そしてうつむき、両手を合わせて何事かを祈っていた。
エドゥワルドは気を引き締め、改めて父王と正対した。
「半ばまでは陛下のおっしゃる通りにございます」
「半ばまではと言ったか?ではどこが違う?」
「最後の部分でございます。ジーク=テスターはあくまで行方知れずであり、命を落とした証拠はございません」
するとアスピリオス王は顎髭をさすりながら答えた。
「お前の気持ちはわかる。ジーク=テスターはお前にとって幼馴染みであり、親友であったのは世も知っておる。だが彼が入ったダンジョンは最上級にランクされるところであり、そこでパーティーとはぐれた以上、生きておるとは到底思えぬ」
するとエドゥワルドが、アリアスの気持ちを慮って大声を張り上げた。
「それでもです!それでも、まだ死んだと決まったわけではございません!」
アスピリオス王は幾ばくかの時間顎髭をさすり、エドゥワルドの背後にアリアスの姿を確認するや、大きくうなずいた。
「……そうだな。まだ断定するには至ってはおらなんだな。だが、ひと月も行方知れずである以上、やはり叙任式を執り行わねばなるまいよ」
やはりアスピリオス王の意思は固かった。
だがエドゥワルドの意図は別にあった。
「ええ、そうであろうかと存じます」
「何?……ジーク=テスターの生死が判別出来ない以上、叙任式は執り行うべきではない、と言うつもりだったのではないのか?」
「わたくしがジークがダンジョンに入った理由を尋ねましたのは、その生死に関して陛下と議論するためではございません」
「では、何のために問い掛けたのだ?」
「ジークは確かに最上級ダンジョンに入りました。理由は陛下のおっしゃる通りにございます」
「うむ。それで?」
「ジークが入ったダンジョンは、我が国最上級クラスの難関ダンジョン。到底一人では入ることなど出来ません」
「当然だ。それ故、Aランクパーティーを募って入ったと聞いたが?」
「募って、ではありません」
「ほう、ではどうやって?」
「Aランクパーティーの方からジークに近付いてきたのです」
アスピリオス王の目がスーッと細くなったのを、エドゥワルドは見逃さなかった。
「それも、或るよからぬ企みを持って、でございます」
エドゥワルドはわずかに首を巡らし、険しい表情でもって左後背に控えるベノン子爵を睨みつけた。
アスピリオス王はそのエドゥワルドの視線を見て、微かに何度もうなずいた。
「ほう、それは聞き捨てならぬことだな」
「はい。無論Aランクパーティーの者たちによる考えではありません。その背後に控える者の指図によってです」
エドゥワルドは再びそう言って、左後背のベノン子爵を睨みつけた。
アスピリオス王はその様子もつぶさに観察し、言った。
「よからぬ企みとは、ジーク=テスターをダンジョン内にて亡き者にせよ、というものか」
エドゥワルドは大いにうなずいた。
「さすがは陛下!ご明察にございます!」
アスピリオス王は顎を上げ、冷たい視線をベノン子爵に向けつつ、エドゥワルドに対して問い掛けた。
「して、それは誰の差し金によるものとお前は考えておるのだ?」
アスピリオス王の求めに乗じ、エドゥワルドは左腕を伸ばし、その人差し指でもって不敵な笑みを浮かべる男を指さした。
「ベノン子爵にございます!」
周囲を取り囲む貴族たちから一斉にどよめきが巻き起こる。
ベノンの両脇に立つおべっか連中も、あまりのことに自分の態度を決めかねている。
だが当のベノンは余裕の表情で立っていた。
そして一歩前に進み出ると、口を開いたのだった。
「王子殿下、いくら殿下とはいえ、失礼にも程があるのでは?確たる証拠も無しに……」
するとエドゥワルドがベノンの言葉を遮って言い放った。
「証拠はある!」
そこでようやくベノン子爵の目が糸のように細くなり、エドゥワルドをきつく睨みつけた。
「ほう……証拠があると。本当でしょうか?あとで嘘だと言われても、取り返しは付きませんが?」
「嘘ではない。こちらにはしっかりとした証人がいる!」
エドゥワルドはそう言うと、後ろに控えた三人に前に出るよう促した。
ベノンは眉根を寄せてその者たちを睨みつけた。
「証人とは、彼らのことでしょうか?」
「とぼけるな。お前は彼らの顔を見知っているはずだ」
だがベノンは肩をすぼめてとぼけた。
「さあ、見たことはありませんな。わたくしの記憶にはございません」
エドゥワルドは汚いものでも見るような視線をベノンに送りつつも、ここで怒っても仕方がないとばかりに横の三人に言葉を掛けた。
「まずは自己紹介を」
三人はうなずいた。
そしてまずは妖艶な服装を着こなした、艶めかしい妙齢の女性が名乗り出た。
「こんな貴族様たちが大勢居るところで自己紹介なんてのは、ちょっと恥ずかしいね。あたしはメリーザ。ウィザードで、さっき話に出たAランクパーティーの一員さ」
すると貴族たちがまたも大きくざわめいた。
次いで大柄な男が前に一歩進み出た。
「俺はヴァンガードのガーズ。同じくAランクパーティーの者だ」
最後は小柄で幼そうな外見ながら、目つきの鋭い女性が名乗った。
「ラロン。ヒーラー。同じくAランクパーティー」
エドゥワルドは三人の名乗りを聞き終えると、父王に向かって言った。
「陛下、彼らこそがベノンがジークの忙殺を企てたことを証明する証人でございます」
アスピリオス王は大いにうなずき、三人に向かって問い掛けた。
「エドゥワルドの申すこと、相違ないか?」
すると、三人を代表してメリーザが答えた。
「謹んでお答えいたしますわ、陛下。エドゥワルド王子の言ったことは……」
メリーザはたっぷりと間を置き、その間にベノン子爵にチラリと視線を送ってから、最後の言葉を吐いたのだった。
「ぜんぶ、王子の妄想ですわ」
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