第35話 ひと月振りのまともな食事

「はい、兄ちゃん、お待ちどう!」


 俺の目の前に、テカテカに輝く美味しそうな肉塊がドンと勢いよく置かれた。


「いただきまーす!」


 俺は料理が置かれたそばからフォークを突き刺し、素早くナイフで肉を切り取った。


 そして勢いよく大口を開けた口の中へ、その肉の切れ端を入れたのだった。


「うん!美味い!」


「そうだろう?こいつはこの店の名物料理だからな。たらふく食っていってくれ」


 店主は機嫌良くそう言うと、カウンター内のキッチンへと戻っていった。


 俺は次から次へと肉を切り分けるや、すかさず口内へと運んだ。


「うん!やっぱり美味い!」


 ふらっと入ったレストランであったが、ここは当たりだった。


 ひと月振りのちゃんとした食事がここで良かった。


 ダンジョン内では、エニグマが何やら怪しげな魔法で食事を出してくれていたものの、味の方はほとんどしなかった。


 エニグマが言うには栄養重視の食事らしかった。


 病院食かよ。


 俺は何度もそう心の中でつぶやいたものだが、口にするとキレられそうなので言わなかった。


 そんなわけで、まともな食事は実にひと月振りのことなのだった。


 俺はこの店を探り当てた自分の嗅覚に、いたく満足であった。


「聞いたかい?あの……なんとかって貴族、跡継ぎが決まったらしいぜ」


 うん?後ろのテーブルで何やら世間話をしているらしい。


 俺は肉を口の中に放り込むのに忙しくて、あまりきちんと聞き取れなかった。


「なんとかってなんだよ?それじゃあわからないぜ」


 もう一人の男が呆れ気味に言う。


 よく言った。なんとかじゃあ俺もわからない。


「ええと……なんと言ったっけなあ……」


 男が必死に記憶を振り絞っているらしい。


 俺は肉を頬張りすぎて息が苦しい。


 水……とりあえず水。


 俺は手近のグラスを手に取るや、口に運んで一気に水を流し込んだ。


 ふう……慌てて食べるのは身体に悪いな。下手したら死ぬところだった。


 俺はとりあえずもう一度、今度は味わうために水を口に含んだ。


「あ!思い出した!テスター侯爵家だ!」


 俺は口に含んだ水を一斉に噴き出した。


 周りの視線が俺に集中する。


 恥ずかしい。いや、そんなことを言っている場合じゃない。


 俺は口から水をよだれのように垂らしながら振り返り、後ろのテーブルの男に向かって言ったのだった。


「ちょっと!今、テスター侯爵家って言った!?」


 男は俺の勢いに押されながらも、なんとか答えた。


「あ、ああ……言ったけど……」


「テスター侯爵家がどうしたのさ!?」


 間髪を入れずに問い掛ける俺に、男はまだ困惑しながらも答えた。


「後継者が決まったんだってさ」


「誰に!?」


 俺は悪い予感を胸に抱き、ドキドキしながら男に問い掛けた。


 男は俺の血相を変えた顔つきを見て驚きまくりであったが、これまたすぐに答えてくれた。


「いや、名前までは知らないんだけど、本来の跡継ぎが行方不明になったんで、その従兄弟だかなんだかが、跡継ぎになったらしいぞ」


 くっ!やっぱりルビノか!悪い予感が当ってしまった。


「もうそいつは正式に後を継いでしまったのか!?」


「いや、正式な儀式みたいな奴はまだらしいぞ。でもそれも、確か明日だったかな?」


 くっ!まずい、ここはまだ王都までは二日の距離がある。


 話が本当だとするのなら、間に合わない。


 どうする!?どうすればいい?


 いや、こんなところで考えていたって仕方がない。


 王都に向かうんだ。それも可及的速やかにだ。


「ありがとう!」


 俺は男に礼を言うと、即座に立ち上がった。


 そして足早にカウンターに向かうと大声で店主に向かって言ったのだった。


「ご馳走様!これ、料金!」


 俺はポケットから銀貨を一枚取り出すと、バンッと勢いよくカウンターに置いた。


 そしてそのままの勢いで店外に向かって行ったのだった。


「ちょっと!銀貨って多すぎるよ!今、おつりを出すからちょっと待ってくれ!」


 店主が俺の出した銀貨に大慌てで言った。


 だが俺は振り向きもせず、言ったのだった。


「いらない!おつりはとっといて!」


 俺はそうして素早く店の外へ出ると、王都へと続く街道をひた駆けるのであった。


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