第2話 暗転
クラスが……無い?
称号が無いのはまだ何もしていないわけだから当然だとしても、特殊能力も無しなのか?
俺は唖然として、目の前のガラス板のようなものをしばらくじっと見つめ続けた。
だがどれだけ穴が空くほど見つめても、クラスや特殊能力の欄が書き変わることはなかった。
俺は意識が遠のきそうになるのを必死に堪えた。
おそらく俺の顔は青ざめていたのだろう。
神官が心配そうに俺の顔をのぞき込んできた。
だが途中で俺のステータス画面が目に入ったのだろう。
神官がギョッとした顔をして、後ずさった。
「な、なんと!」
神官の驚く声を耳にし、他の神職の者たちがおずおずと寄って来た。
そして皆それぞれにステータス画面をギョッとした顔つきで見つめ、しずしずと下がっていった。
神職たちがざわめき、なにやら小声で囁き合っているのが雑音のように聞こえる。
うるさい。
耳障りだ。
俺は今それどころじゃないんだ。
クラスなし。
たしかにクラスは出る者と出ない者とがいる。
平民の場合は、大抵出ない。
まれに出る者もいるが、多くはクラスなしだ。
だが貴族は大概出る。
何故ならばクラス判定は遺伝の要素が強いからだ。
特にかつて大英雄を排出したような家系ならば尚更だ。
我がテスター侯爵家は、かつての大英雄が興した家系であり、実に千年もの長きに渡り、非常に強いクラスの者ばかりを排出してきた名門中の名門だ。
だから神官たちが驚くのも無理はない。
まさかテスター侯爵家からクラスなしが出るとは、彼らも思ってもみなかったのだろう。
俺だってそうだ。
まさかこの俺にクラスなしの判定が出ようとは、思ってさえいなかった。
もしかして弱いクラスが出るかもとは思ったが、クラスなしは想像だにしていなかった。
俺は心臓が割れんばかりに高鳴る動悸を聞きながら、これから先の暗澹たる未来のことを考えた。
……まずい。
クラスなしではさすがに侯爵家を継げないのではないか。
そうなれば俺は侯爵家を追い出されてしまうだろう。
まずい。それは最悪だ。
だがそうだとしても、俺だけ追放ならまだいい。
問題は妹だ。
俺が居なければ侯爵家内における妹の立場は悪くなる。
しかも、あのろくでもない叔父親子がいる。
きっと乗っ取られた挙げ句に、妹までもが追い出されてしまうだろう。
くそっ!何てことだ!
俺は一度、大きく深呼吸した。
するとステータス画面がスッと消えた。
俺はガックリとうなだれ、踵を返した。
神官たちは俺に対してかける言葉がなかったのだろう。
無言で俺の背を見送った。
俺は一歩一歩、ゆっくりと祭壇の階段を降りていった。
すると祭壇の下で、エドゥワルドと妹が心配そうに俺を見上げている。
「どうしたジーク?顔色が悪いぞ」
エドゥワルドが、ようやく階段を降りきった俺の肩に手を掛けながら、問い掛けてくる。
妹は両手を胸の前で合わせ、祈るように俺を見つめている。
俺はそんな二人に対し、先程起こった出来事を告げた。
「……クラスなしだ。特殊能力もなかった」
すると周りで聞き耳を立てていた者たちが、どっとざわめいた。
ざわめきは伝染し、大聖堂内に響き渡る。
そんな騒がしい喧噪の中、エドゥワルドが驚いた顔で俺の両肩を掴み、揺さぶる。
「本当か!?見間違いじゃないのか!?」
俺は力なく首を横に振った。
「いや、何度も確認した。クラスのところも、特殊能力のところも、どちらも表示なしだった」
エドゥワルドは眉根を寄せて目を瞑り、首を横に何度も振った。
だがそれでも信じられなかったのだろう。
俺に再度ステータス画面を出すように言った。
俺は気力なくステータスと唱えた。
「くそっ!何てことだ!」
エドゥワルドがステータス画面を見て、悔しそうに吐き捨てた。
妹のアリアスはもう目に涙を一杯にためている。
俺は暗澹たる思いを胸に、天を仰いだ。
そこへ、この世で最も腹立たしい声が降り注いできた。
「フハハハハ!このテスター侯爵家の面汚しがっ!」
案の定、叔父のベノン子爵だった。
ベノンは勝ち誇ったように口の端を大きく歪め、これ以上ないと言うほど憎たらしい顔で俺に罵声を浴びせてきた。
「ふん!なにがテスター侯爵家を継ぐだ!クラスなしの分際で侯爵になれるわけがあるか!この能無し!貴様のような役立たずはテスター家にはいらぬ!とっととこの場を出て行き、ついでにテスター家からも出て行ってもらおうか!」
ベノンはそう言い捨てると、くるっと振り返って大聖堂内にいる貴族たちに向かって高らかに宣言した。
「残念ながらジーク=テスターはクラスなしと判定が下された!よってテスター侯爵となることはない!しかるに我が息ルビノは先代の甥にあたり、先日ダークナイトの判定が出ている!これは立派な上級職であり、テスター侯爵家を継ぐにふさわしいと思うが、皆はいかに!」
すると大聖堂内が大いにざわめいた。
皆それぞれに語らいながら、ベノンの言い分を吟味しているようだ。
だがここで、ベノンに敢然と反旗を翻す者が現れた。
親友のエドゥワルドである。
「待ってくれ!まだジークがテスター侯爵家を継げないと決まったわけではない!」
するとすかさずベノンが反論した。
「エドゥワルド王子!貴方はジークと幼馴染みであるため、かばいたくなる気持ちはよくわかります。ですがさすがにこれはいただけない。すでにしっかりとクラスなしと判定が出ているのですよ?これではいくらなんでも覆せないはず。それが例え、王子であられる貴方であったとしてもです!」
だがエドゥワルドは引かない。
俺のために必死に抗弁しようとする。
「まだ完全に判定が出たわけではないはず!ごくまれにだが、十五の誕生日にはクラス判定が出ず、後になってクラスが決まる者もいると聞く!おそらくジークはそれだ!」
するとベノンが高らかに哄笑した。
そしてひとしきり笑い終えると、嫌みたっぷりな口ぶりで言い放つのであった。
「そのごくまれな例だとわかるのは、一体いつなのでしょうか?何年経ったらそれがわかると仰るのですか?ではそれまで、テスター侯爵は空位のままにされると仰るのですか?もうすでに五年もの長きに渡り空位であるというのに、またさらに、いつなりとわからず空位のままにされると王子は仰るおつもりなのですかっ!」
「ぐっ!」
さすがのエドゥワルドも、これ以上の抗弁は出来なかった。
残念ながらベノンの言い分は、貴族社会においては真っ当と言わざるを得ない。
貴族は血統を重んじる生き物だ。
だが、ただ血を継いでいれば良いというものではなかった。
最低限、クラスは必要とされているのだ。
今回の場合、もしも上級職でなく下級のクラスであったとしても、何らかのクラスさえ得てさえいればおそらく俺は侯爵家を継げただろう。
だがクラスなしではまず無理だ。
他の貴族たちが納得しないだろう。
彼らが平民よりも上位の地位でふんぞり返っていられるのも、このクラスがあるためだからだ。
もしもクラスがないのならば、平民たちから白い目で見られる。
クラスもなしに何故威張っているのかと、貴族全体が懐疑的に見られてしまう。
そういったことが続けば、貴族社会そのものが成り立たなくなる。
もしかすると平民が反乱を起こすかもしれない。
貴族はそのことを本能的に恐れている。
だから、最低限クラスは必要だった。
そのクラスを、俺は持たない。
これは侯爵家を継ぐには致命的といえた。
「……エドゥワルド、ありがとう。もういい」
俺はそれだけ言うと、うなだれながらゆっくりと歩き出した。
ベノンとルビノの哄笑が、俺の背中に矢のように降り注ぐ。
だが俺はそれに対して反論する気力もなく、慰めるエドゥワルドとアリアスに顔を見せることも出来ずに、ただうつむき歩いた。
そうして俺は暗澹たる絶望を胸に、静かにゆっくりと大聖堂を後にしたのであった。
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