第202話 亜人過激派の扇動

 場所は移り、辺境伯が治める領地内部でのとある街

 その小さな街では、普段ののんびりとした雰囲気とは異なり、剣呑な雰囲気で包まれていた。

 明らかに市民たちとは異なる、血気盛んな若者亜人グループ。

 彼らは街の中心部の広場で、拳を振り上げながら熱弁する。


「今こそ!亜人による亜人のための政治を行うべし!!」


 一人の亜人のその言葉は、広場一面に響き渡った。

 その言葉を聞いて、他の市民たちはあからさまに嫌な顔をしてそそくさとその場へと離れていった。

 リュフトヒェンや竜神殿が禁じている民族独立運動を行おうとする輩は、不穏分子であるという考えが市民たちに広がっているからである。

 だが、そんな状況にも関わらず、彼はひたすらに熱弁を振るう。


「我々亜人は長い間人間どもに苦しめられていた!その恨みを忘れて融和など笑止!

 我々亜人は、人間どもより明確に能力で優れている!弱い人間どもを奴隷にして何が悪い!

 今こそ!人間どもを奴隷にし!亜人こそ上位存在であると明確にさせるべきである!」


 独立運動だけでなく、人間を虐げると聞いて、さらに市民たちはその場から一斉に逃げ去っていく。

 いつ憲兵たちが彼らを捕らえに来るか分からない。

 そんな捕り物に巻き込まれるなど真っ平ごめんだからだ。

 確かにかつては人間たちの圧政には悩まされていたが、今ではその圧政もなくなり、平穏な生活を送っているのに、今更平地に乱を起こすような真似を好まない亜人は圧倒的多数だった。

 そんな意見を代弁するように、広場に残った老人はよたよたとその若者に対して言葉を放つ。


「い、嫌じゃ…ワシらは今の平穏な暮らしに満足しておるんじゃ…放っておいて下され…。」


「黙れ!亜人のクズめ!戦え!戦え!我ら亜人の優秀さを人間たちに思い知らせてやるのだ!」


 そんな若者たちに対して、街の衛兵隊が駆けつけて彼らに武器を突き付ける。

 独立運動はこの竜皇国において重罪であり、問答無用で牢獄に叩き込まれても何も文句はいえない罪である。

 だが、若者たちは囲まれていても余裕の顔で支援者から貰った魔術杖を彼らへと向ける。


《眠りの雲!!》


 その魔術杖の補助もあって通常より強化された眠りの雲の力により、衛兵隊はいともたやすくバタバタと倒れて眠りこけていく。

 たわいもなく眠りこけてしまった衛兵隊を見て、彼らは哄笑する。


「そうだ!愚民どもに我らの崇高な思考など理解できるもない!

洗脳だ!魔術で洗脳を行おう!力を合わせて片っ端から市民どもに魔術をかけよう!

そうすれば―――。」


 その彼らの言葉を遮るように、上空からワイバーンの吠え声と羽ばたく音、そして大気を引き裂く飛行音が響き渡る。

 彼らが空を見上げると、上空を数体のワイバーンたちと光の翼を生やして高速飛行している人影が横切っていくのが見える。

 辺境伯配下の竜騎士部隊と、そして単体で高速飛行が可能な妖精騎士エインセルである。

 妖精騎士は独立した領主であって、辺境伯配下ではないが、急行して鎮圧できる戦力として辺境伯から頭を下げられて駆け付けたのである。

 光の妖精翼を背中から生やして飛行を行っていたエインセルはそのままフライハイを行って、反転しながら広場へと埃などを巻き上げながら着陸する。

 他のワイバーンたちも同様である。


「独立過激派の扇動は法で禁じられている!大人しくお縄につけ!」


妖精翼を展開しつつ、剣の切っ先を向けてくるエインセルに対して、若者は魔術杖を振り回しながら叫びを上げる。


「黙れ!お前も亜人の一種だろうが!弱くて劣っている人間どもを下において何が悪い!」


「悪いに決まってるだろうが!ボケ!」


若者の眠りの雲の魔術をレジストしつつ、高速で突っ込んでいくエインセルは、若者の胴体に対してそのまま蹴りを叩きつける。

骨が砕け散り、内臓が破裂する嫌な感覚。

口から血反吐をまき散らしながら、吹き飛ばされた若者は家の壁に叩きつけられ、意識を失う。そして他の若者たちも、ワイバーン部隊によっていともあっけなく無力化される。


「ふう……ったく、やっぱりこういうのが始まったか。ウチも厳しく取り締まりしないとな…。」



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