第174話 ママンの竜都観光2
隣、というかティフォーネの真正面に座ったシャルロッテは、きっとティフォーネを睨み付けるが、当のティフォーネは気にもせずに、ひたすらに食事をしている。
エンシェントドラゴンロードである彼女にとっては、シャルロッテがいかに高位な魔術師であってもとるに足らない存在なのだろう。
悪魔などの上位存在に対して何度もコンタクトを取った経験のあるシャルロッテではあるが、機嫌を損ねれば竜都ごと自分が吹き飛ばされるかもしれないプレッシャーで交渉するのは初めてである。
内心冷や汗をかきながら、シャルロッテはテーブルに座って一心不乱に食事を取っているティフォーネに話しかける。
「……で?聞きたいんだけど、空帝ティフォーネ様ともあろうものがこんな所で何してるの?まさかただ観光してる訳じゃないでしょ?」
「?いえ、ただの観光ですが?美味しい物食べ歩き旅ともいいますね。」
そのティフォーネの言葉に、思わずシャルロッテは頭痛を堪えるために、こめかみを指で揉み解しながら言葉を返す。
「アンタね……。エンシェントドラゴンロードともあろう存在がお気楽に食べ歩き生活してるんじゃないっての。」
そのシャルロッテの言葉に、思わずティフォーネはむっとした顔になる。
食事を楽しんでいるのに、横から口出しさせられたら普通の人間でも不愉快になるのは当然である。
「……初対面なのに随分と無礼ですね。人間の魔術師たちをこの周辺に数十人配置しているのは貴女の命令ですか?その程度の魔術師たちで私がどうにかできるとでも?」
不愉快そうに眉を潜めながらそう言い放つティフォーネ。
確かに人混みに紛れ混ませて彼女の部下や魔術塔から呼び出した魔術師たちを配置していたのだが、それはいとも容易く見破られていたらしい。
はあ、とため息をついて、シャルロッテが片手を上げると、周辺に密やかに配置していた数十人の魔術師たちが人混みに紛れて姿を消していく。
これは、下手にティフォーネの機嫌を損ねないための作戦である。
正直、これだけの魔術師でもティフォーネの前では嵐の前の紙切れに等しい存在だろう。ならば、少しでも彼女の機嫌を良くするに限る。
「これでいいでしょ?文句ある?」
人々に紛れて周囲を取り囲んでいた魔術師たちを帰したのをその知覚で確認したティフォーネは先ほどよりは多少機嫌を直したらしく、言葉を放つ。
「食事の邪魔をされているんですから文句はありますが……まあいいでしょう。料理は独りで静かで満たされるものですから。
で、何か用があるんですか?」
「一応確認だけど、アンタは空帝ティフォーネでいいのよね?ただの観光というのは本当なの?アンタが暴れ回るとシャレにならないから本心を確認したいのよ。」
大都市には人に化けて入り込んでくる異種族に対して、魔力感知結界が張られている。
人間や人間を少し上回る程度の存在なら反応はしないが、大きな魔力を持った人間に化けた悪魔などに対しては、警報を発生して警戒を知らせる。
これはかつて、竜都になる以前の帝国であった時の名残である。
人間至上主義者であった彼らは、竜など強大な存在が人間に化けて都市に侵入する事を恐れてこのような結界が張られているのだ。
そして、その結界は現在最大級の警報を鳴り響かせており、竜都の警備隊や軍隊なども、最大級の警戒に当たっている。
現代でいえばデブコン1の完全な対戦争状態である。
そのシャルロッテの問いに、心外と言わんばかりにティフォーネは形のいい眉を潜める。
「本当ですよ。人間なんて何千人、何万人死のうが知った事ではありませんが、美味しい物が食べられなくなるのは困ります。ここで暴れる気なんてありません。そもそも息子の領土の都市を吹き飛ばしたなんていったら、私があの子に怒られるじゃないですか。」
「……もっと人外的な価値観だと思っていたけど、きちんと家族愛はあるのね。」
実質、肉体を持った神とも言えるティフォーネは、もっと人離れした価値観をもっているかと思っていたが、思ったより共通の価値観があってほっとする。
人の命を何とも思っていないのはアレだが、上位存在にしては人間社会の道理を理解しているので、他の厄介な上位存在に比べて遥かにマシだろう。
「まあ、あの子のためにもなりそうですし、神聖帝国ぐらい根こそぎ吹き飛ばして消滅させてもいいですよ?もっとも、余波はこの竜都にも来るし、大気を覆う大量の粉塵で、極端な冷夏が数年来るかもしれませんが。下手をすれば氷河期が来るかもしれませんね。」
「やめて、本当やめて。お願いだからアンタは大人しくしておいて。」
前言撤回。やっぱりこの竜も厄介な上位存在だったわ、とシャルロッテは激しい頭痛を和らげるために、こめかみを揉み解す。
冗談ではなく、彼女には本当にそれをやれる力を持っているのだ。
そうなれば、被害は竜皇国だけでなく、大陸規模の大災害になりかねない。
本当に勘弁してほしい。
「まあそれはともかく……とりあえずこのブリーチをそっちに渡しておくわ。
これがあれば結界の警報をすり抜けることができるし、警備の兵士たちにもアンタにちょっかい出さないように固く命じておく。アンタにとってはそういう自由でいられたほうがいいでしょ?」
少し話しただけではあるが、ティフォーネが天候神らしく何かに縛られるのを極端に嫌がる存在であることは理解できた。
ならば、できる限り彼女の自由を妨害しないほうがお互いにスムーズにいく、というのがシャルロッテの考えである。
実際、面倒なのは嫌なティフォーネは、それなりに喜んでいるようだ。
「で、基本的に私たちはアンタの事は見て見ぬ振りをする。法を犯さない限り、私たちはアンタには関与しない。好きにすればいい。ただし都市や人々には危害を与えない。これでどうかしら?お互いにとっていいでしょ?その契約の代償として、今回のここの食事はアタシのおごりにするわ。」
おごりと聞いて、ティフォーネは思わず喜びの表情になる。
基本的に財宝は唸るほど持っている彼女ではあるが、おごりという響きは彼女にとって極めて嬉しいものだった。それはそれ。これはこれである。
「マジですか?いいでしょう。その契約受けましょう。」
そういいながら、ティフォーネはシャルロッテに店の領収書を渡す。
その金額を見て、シャルロッテは思わずとんでもなく渋い顔になる。
それは、大貴族である彼女ですら顔をしかめるほどの高額が書かれていたからだ。
「アンタね……。一食にこんなにかける普通?食費かかりすぎでしょ……。」
「まあ、私、竜ですから。」
しれっと答えるティフォーネに、シャルロッテははぁ、と深いため息をついた。
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