第173話 ママンの竜都観光1

 ―――場所は変わって竜都。

 ゴールドラッシュの余波により賑わうこの大都市で、一人の銀髪のロングヘアーに白を基調とした衣服を身に纏い、アーモンド状の紫の瞳をした女性が優雅にテーブルに腰をかけて食事を取っていた。

 リュフトヒェンの母親である、空帝ティフォーネ。

 彼女はふらっとこの竜都に訪れて飲み食いを行っていたのである。

 比較的高価なこの店では、まだまだ高級品であるガラスでできたワイングラスすら存在する。

 そこに注がれたワインを面白そうに揺らしながら、椅子に腰掛けた絶世の美女が、優雅に宝石のような紫色のワインを飲み干す姿は非常に様になる。

 ほう、と魅いられる通行人もいるほどだ。

 だが、彼女から出てきたセリフはその雰囲気とはかけ離れていた。


「……面倒くさいですね。いちいちこれ、小さな器に入れ替えて飲む必要あります?」


 ティフォーネはそう言うと、陶器性のワイン瓶を掴むと瓶に口をつけ、一気にラッパ飲みを行う。

 ごくごくと数瞬のうちに飲み干され、空になるワイン瓶。

 その豪快さを見て、先ほどまで優雅な仕草に見とれていた人たちは呆然とティフォーネを見る。

 さらに次々と陶器のワイン瓶をラッパ飲みして空にしていくティフォーネ。

 だが、彼女にはこれでも足りなかったらしい。


「確かワインって樽で保管されていましたよね?そう、樽ごと丸ごと持ってきてもらえます?もちろんきちんとお金は支払いますから。何なら前払いでも結構です。」


 マジかよ、という顔になる従業員たちは、それでも言われるままにワインの樽ごとティフォーネの元へと運んでくる。

 ティフォーネは、軽々とそのワインの詰まった樽を持ち上げると、それに口をつけてごくんごくんと凄まじい勢いで飲み干していく。

 元より酒好きで酒に強い竜にとっては、この程度ジュース程度の物だったが、それでも人の手によって丹念に作られたワインは彼女の舌にあったらしい。

 ふう、と空になった樽をどん、と床に置くと、ティフォーネは再び食事を始める。


 信じられない、という周囲の目を気にせず食事を続ける彼女に、信仰を集めるために演説を行っている竜神殿の神官の演説が遠くから聞こえてくる。


「かつて、我ら人類は驕り高ぶり、神竜ティフォーネ様からの天罰を受けた!

 見よ!竜都に未だ刻まれるクレーターこそがその証である!

 しかし、心広きティフォーネ様は、我々人類でも神竜信仰を行う事をお認めになられた!人類よ!悔い改めよ!今こそ、神竜信仰に目覚める時である!」


「ふーん、そうだったんですかー。(棒)それは知りませんでしたねぇ。(棒)」


 まあ、はっきり言えばどうでもいい事ですが。とティフォーネは心の中で呟いた。

 彼女にとっては数千、数万の人間に崇められようが、同じくらいの人間が命を落とそうが全くもってどうでもいいのだ。

 神扱いされていると言っても、別段それに答える義務も恩義もない。

 ちなみに、彼女が竜都に来たのも別段リュフトヒェンに会いたいというわけではない。普通に観光に寄っただけの話である。

(まあ、息子が自分の物にした都市を見たいというのも多少はあったが)


 ともあれ、そんな風に観光と食事を楽しんでいるティフォーネに対して、後ろから声がかけられる。


「……ここ、いいかしら?」


「?まあ、お好きにどうぞ。」


 こんな人間離れした美貌を持つ美人に対して男女共に同じテーブルにつこうなどという人間などいるはずもない。

 珍しい人間もいたもんだ、とティフォーネが振り返ると、そこには年若い魔術師のローブと杖を持った貴族の高貴さを持った少女が立っていた。

 事実上この竜都を治める貴族であるシャルロッテ・フェリーツィタスである。

 機嫌が悪い……というか緊張している彼女は、のほほんと料理を食べているティフォーネとはまさしく正反対だった。

竜都を一瞬で壊滅させられる上位存在が目の前にいるのだ。緊張して当然である。

そして、妙な雰囲気の中二人の対話は始まった。


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