第133話 洗脳と意地

「―――この世界は間違っている!」


 神聖帝国内部の至高神の神殿。

 そこでは至高神の神殿長が熱弁を振るっていた。

 元は教皇の信任深い、信頼できる腹心とされていた彼が、異端であるはずのサマエル派に帰依したという事で、教皇庁内部では激震が走っていた。

 

 確かにサマエルは元は至高神に仕える存在とされていたが、今では立派な魔王、魔神竜として悪魔に位置づけられる存在であり、エンシェントドラゴンロードにも匹敵するその魔王を崇めるという事は、天使信仰ではなく、悪魔信仰に他ならない。

 だが、あくまでも天使信仰であると譲らない神殿長。

 そして、圧制に苦しむ弱者を救済している神殿長の影響で、異端のサマエル派はみるみるうちに広まっていった。


「弱き者たちは強き者たちに踏みにじられ、人々は苦しんでいる!

 我々の苦しみを!貴族どもに味わってもらわねばならない!」


 至高神の神殿の前に集まっている民衆に対して、さらなる熱弁をふるう神殿長。

 その異様な熱狂は、民衆たちにも伝わり、みるみる内に彼は民衆の心理を掴んでいた。(元から弱者救済に努めていたというのも大きいだろうが)


「この苦しみから逃れる方法は、全てを平等にするしかない!我々の個性や人格、苦しみを全て捨て去り、全ての人類を同じにしなければならないのだ!個性や人格や知識など不要だ!全てを一つに!」


 全てを一つに!全てを一つに!と民衆が熱狂している中、その心理状況を利用して神殿長は彼らに対して広範囲の特殊な呪文をかけた。

 そう、それはサマエル派が使いこなす洗脳術式である。そして、その熱狂と共に民衆は次々に洗脳されていった。

 なぜこんなことになったのか。話は少し前に遡る。


 露出度の極めて高いドレスを身に纏ったゼヌニムの足元に、ボロボロの神殿長が倒れ伏していた。邪魔物であり天敵そのものの至高神の神殿を叩き潰すために、彼女じきじきに神殿の結界を破り、叩き壊し、神官戦士や神官たちを叩きのめしついにゼヌニム一人でこの神殿を占拠してしまったのだ。


「……貴様!悪魔の類か!このような輩を跳梁を許していたとは……。不覚!

 神よ!我が命をもってこの罪を償わせたまえ!!」


 床に倒れ伏しながらそう叫ぶ神殿長を、ゼヌニムはつまらなそうに蹴り飛ばして黙らせる。


「ああ、別にそんな事はどうでもいいんですの。」


 破壊されたとはいえ、元々天敵と言っていい至高神の神殿の結界でこうも力を発揮できるということは、ゼヌニムが受肉した悪魔であり、地上において強大な力を誇るという事に他ならない。


「貴方たち人類の人格やら個性やら誇りやら信仰やらなど、私たちにとって何の価値も値打ちもありませんわ。

 そんな価値のない貴方たちに我々の役に立つよう人格改造してあげるのです。泣いて感謝すべきでは?」


 高慢極まりないその彼女の発言を、神殿長はぎり、と歯を噛みしめ、屈辱に身もだえしながら叫びを上げる。


「我々から至高神の信仰や人格まで奪い去るつもりか……!貴様どこまで!」


 ゼヌニムのハイヒールに踏みつけられながら、神殿長は彼女に向って血を吐くような言葉を叩きつける。


「人間には触れてはいけない領域があるんだ!決して踏みにじってはいけない尊厳が!それを奪い取るのは死よりも酷い!ただの操り人形になれという事だぞ!人間をどこまで侮辱するつもりだ!!」


 だが、その言葉に対して、彼女の視線は絶対零度の凍り付いた視線であった。

 彼女にとっては、そんな言葉などただの戯言であるし、人間など虫けら以下の存在でしかないのだ。


「貴方の信仰や信念など、どうでもいい事ですわね。我々にとってはただのゴミクズでしかありませんわ。私たちが捨てろと言ったら捨てなさい。笑えと言ったら笑え。怒れといったら怒れ。あなたたちは私たちのお人形として存在していればいいのですわ。」


 神殿長の怒りの叫びも空しく、彼の意識は洗脳魔術によって消え去っていった。


 ―――それからしばらくして。

 レジスタンスの極秘のアジト内部、そこに一枚の手紙が届けられていた。

極秘のアジト内部に手紙を届けられるなどごく限られたメンバーしかいない。

恐らく、他のメンバーから何回も手渡しで回されて届けられたのだろう。

その手紙を見ながら、レジスタンスの副長の女性は不審げに声を上げる。


「?アスタルテ、何か秘密裡に手紙が来てるわよ。

 これは……この帝都の至高神の神殿長じゃない。あいつ、私たちレジスタンスを悪魔の手先だのなんだの言って中々協力しようとしなかったじゃない。気でも変わったのかしら?」


 まあ、確かにアスタルテ……アスタロトは悪魔そのものであり、いかに害意がないからと言って至高神の神殿長が悪魔をトップにしているレジスタンスに協力するのはまずいというのは理解できる。


「ええと何々?これを君たちが読む頃には、私の意識はほとんど洗脳されている事だろう……?」


 手紙の内容を読んでいくうちに副長の顔がみるみるうちに険しくなっていく。

それは、至高神の神殿長が悪魔によって洗脳されたという彼らにとっては絶望的な事実であったのだ。

 悪魔の天敵とも言える彼らすですら鎧袖一触で粉砕されてしまったのだから、我々では抗うのは難しいのではないのか?

 そう思いながらも、ではなぜこの手紙が届いたのか?という疑問に突き当たる。

 完全に洗脳されていれば、敵である彼らにこんな手紙を出さないはずだ。

(彼らを油断させておびき寄せるという手もあるが)


 その答えは手紙の中に書いてあった。つまり、神殿長は完全に洗脳させられずに元の人格が断片的に未だ残っていたのである。

  恐らくは二重人格のようになっている彼は、ゼヌニムに気づかれないようにこっそりとまだ元の意識が残ってる際にこの手紙を書いて、レジスタンスへと渡したのだろう。


 そこには、教皇庁に神聖帝国の現状、悪魔によって乗っ取られれつつある事。

 そのための証明の様々な証拠の隠し場所。

 そして、この手紙を教皇庁に渡して、神聖帝国に対して最悪、聖戦を発動してほしいとの事。

 さらに、レジスタンスに対しての謝罪、もっと早く協力すればよかったという事と隠し財産の場所を書いているところで、筆跡が急激に乱れてもう読めなくなってしまう。

 恐らく、ここで洗脳人格が目覚めてしまいそうになり、慌てて手紙を送ったのだろう。


 その全文を読んで、アスタルテはヒューッ!と感心したかのように口笛を吹く。

 いかに神殿長とは言え、生粋の悪魔であるゼヌニムの洗脳魔術を受けてなお、自分自身の意思をほんの少しでも残せたなど、奇跡にも等しい出来事である。

 恐らく、その意思の強さによって成し遂げた出来事だろう。

 アスタルテは、うっとりとした陶然の表情を浮かべて呟く。


「ゼヌニムの洗脳魔術を受けてなお人格を保ってここまでやるとは……。

 素敵だ。やはり人類は素晴らしい。アスタロトポイント+200点だな。」


その言葉に、副長の女性は呆れた表情を浮かべた。


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