第128話 サマエルの託宣

 ―――1方、場所は変わって神聖帝国内部。

 神聖帝国に根を張り、大臣ですら取り込んでいる悪魔カルトのトップ、エイシェト・ゼヌニムは、全裸になって並々と血に浸されていた浴槽に浸りながら、目を閉じて横たわっていた。

 豊かな胸にすらりとした手足、完璧なプロポーションに、男性ならば誰でも興奮する魅了の魔力を無造作に放つその女性に、理性を失い襲い掛かる男たちも存在するだろう。

 しかし、神聖娼婦……いや、邪悪娼婦とも言える彼女と交わった人間は、その魂を全て吸い取られミイラになり利用させられるだけの存在となるだろう。


 それはともかく、ゼヌニムは、瞳を閉じて精神を集中させて、高位時空の存在とコンタクトを取ろうとしていた。

 彼女がコンタクトを取ろうとしている高位存在。

 それは、彼女の夫とされる、魔神竜サタンサマエルに他ならない。


『サマエル様、サマエル様。聞こえますか?』


 何十回とのコンタクトの間、ようやく悪魔であるゼヌニムすら消し去らんばかりの猛烈な意思の奔流がその呼びかけに答える。

 魔神竜サタンサマエル。とある黙示録において黙示録の赤い竜と称され、七つの頭と十本の角が存在する火のように赤い大きな竜であると言われている存在である。

 黙示録の獣に権威を与えるその強大さは、まさしく文字通りのサタンに他ならない。


『……。何用だ。セイシュトよ。我の平穏の邪魔をするな、と申したはずだが。

 ……まあ、報告とあれば仕方ないか。よかろう。報告せよ。』


 そのままゼヌニムは、恐縮しながらも地上での出来事をサマエルに報告していく。

 サマエルは静寂を非常に好み、ノイズを非常に嫌う。

 下手な雑音を入れれば例え妻であるゼヌニムであろうと容赦しない。

 内心冷や汗をかきながらも、ゼヌニムはサマエルにきちんと報告を行う。


『よかろう。そのまま活動を続けるがよい。

 バエルやアスタロトなど取るに足らぬ。我が現世に降臨する事こそが肝要よ。』


『は、サマエル様の望みを叶えるため、このゼヌニム全力を出す所存ですわ。

 ……世界全ての存在を滅ぼし、この世界に永遠の平穏と静寂をもたらす。

 実に素晴らしい事だと思いますわ。』


 そう、サマエルの願望。それは地上全ての存在の殲滅である。

 人間も亜人も動物も竜も魔獣も神々も精霊も。

 あらゆる存在を滅ぼし、地上に永遠の平穏を与える。

『静かで穏やかな暮らしをしたい』

 端的に言えば、サマエルの望みはそれだけである。


 サマエルほどの巨大な存在になると、人類亜人問わず、多種多様な生命体の知的活動が嫌でも伝わってくる。

 一つ一つは小さくでもそれが無数となれば、サマエルにとっては非常に不愉快な騒音へと変貌する。例え次元の壁を隔てていても、その騒音は届いてしまう。

 ならば、その元である地上の生命体を滅ぼすしかない。


 全てが滅んだ平穏な空を悠々と飛行して、静かに暮らす。

 ただそれだけがサマエルの望みなのだ。

 魔神竜であるサマエルが降臨すれば、例えエンシェントドラゴンロードであるティフォーネやシェオールすらも滅ぼす事が可能だろう。


『全ての存在を消滅させる事。そして、穏やかで平穏な日々を現世にもたらす事。

 これこそが我の願望である。

 全ての存在はうるさすぎる。煩わしすぎる。騒音を巻き散らす生きとし生ける者たちを全て滅ぼし、平穏な世界を構築する。そう心得るがよい。』


『は、かしこまりました。全ては魔神竜サマエル様の御心のままに。』


 瞑想から目覚めたゼヌニムは、女性の使い魔どもに体を拭かせると胸元を大きく開いた大きくスリットの入った正気とは思えないほどの深紅のドレスを纏って、さらに地下に存在する魔術実験室に入っていく。

 そこでは、椅子に結ばれた亜人や人間の実験体たちが、魔術師たちに様々に体をいじられている。

 この地下室はマインドコントロール、洗脳をメインに行っている部屋である。


 敵対的な存在を洗脳し、こちらに従わせられる、悪魔の信望者として変えられるとすれば、非常に強力な存在になるはずである。

 薬物の投与、物理的な打撃、環境のコントロール、精神的な追い詰め。

 だが、これらは時間がかかって非効率というのが彼らの結論ではあるが、当然の事ながら実験体たちに対して行われて居ることも事実である。

 その研究結果のデータを見て、ゼヌニムは、ふむ、と一つ頷く。


「ふむ、洗脳という手段はよいですが、一人一人に行う訳にもいきませんわね……。

 解りました。貴方たちに洗脳術式を与えましよう。これで愚民どもをどんどん洗脳してあげなさい。愚民に知恵や人格など不要。我々悪魔の家畜として飼ってあげますから感謝しなさい。」


 高慢極まりないゼヌニムの発言。だが、それに対して反発を覚える魔術師たちはここにはいなかった。魔術師たちはその言葉に恭しく頭を下げる。


「―――ああ、そうだ。教皇庁に対抗するために、『至高神教サマエル派』としての教えを愚民どもに広めましょうか。教義は"全てを一つに"

 サマエル派としての教義を広めるために、この洗脳術式を従う人たちに渡して洗脳させてあげなさいですわ。」


 サマエルは、元々教皇庁において、死の天使、大天使が零落して魔王となったと伝えられている。人間によって叩きのめされて盲目になったという逸話もあるが……まあ、それはそれとして、元々大天使であるサマエルなら、至高神教として信仰されていてもおかしくはない。ゼヌニムは、そこにつけこもうというのである。

教皇庁から異端認定を受ける可能性は高いだろうが、そんなことはどうでもいい。


「人格や信念や意思を全て捨て、闘争心を捨て去った先に永遠の世界平和が存在する。そして、その先にサマエル様の降臨する世界ができあがるのですわ。」


サマエルは、人間たちの思考をノイズとして捉える。

ならば、洗脳を施して完全に人格を削除してサマエルに仕える人形に変えれば、サマエルも少なくとも人間を完全殲滅しないかもしれない。

極めて歪な形ではあるが、彼女も人間たちを愛しているのだ。

……まあ、彼女としては面白い玩具と家畜が全滅してもらっては困る程度のものだったが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る