第104話 人間の”正義”を魅せてくれ!瞳が焼き付くほどにッ!!
リュフトヒェンとセレスティーナ率いる神官兵士隊が、オドントティラヌスとマンティコア迎撃に当たっている際、中央部に存在する旅団の警護は竜皇国の兵士たちが行っていた。
両脇の森から他の敵兵士たちが襲い掛かってくるかどうか警戒と警護を行っているからである。
だが、その反面内部からの内乱分子に対して警戒が薄くなっていたのが事実である。そして、それこそがクーデターを起こす者たちにとって最大の狙いだったのである。
「”眠りの雲”ッ!」
「”麻痺の雲”ッ!!」
旅団内部に密やかに潜んでいた人工魔術師の二人。
それは神聖帝国から派遣されてクーデターに力を貸している人員である。
彼らは眠りの雲の呪文や麻痺の雲の呪文で竜皇国の兵士たちを無力化していく。
いかに優れた兵士であろうと、こんな混乱した状況で呪文で無力化されてしまっては手も足もでない。
そしてその間で二人は旅団内部を駆け抜けて、目標である偶像、ジェーン・ドゥを確保するのが彼らの最優先課題である。
偶像たちがいる場所を把握して、彼らは眠りの雲をかけて三人の偶像ともに無力化する……はずだった。
「ジ、ジェーンちゃん!?デリラちゃん!?一体どうしたんですか!?というかな、何ですか貴方たち!」
いきなり眠り込んで倒れたジェーンとデリアを見て混乱に陥った二人を見て、パトリシアはパニック状態に陥る。
これは彼女が眠りの雲に対して運よくレジスト成功したからである。
そして、そんな彼女はいきなり彼女たちの馬車に入ってきた二人の男に対してパニックに陥っていた。
「おい!殺すなよ!やるのもなしだ!絶対に生きたまま捕えろとのご命令だ!!」
下卑た表情を浮かべる二人の男に対してパトリシアは、手元にある包丁を両手に構えて、意識を失った二人を庇うために前に出る。
「ああん、おい、何してるんだこの小娘。」
「ジェーンちゃんにもデリラちゃんにも手出しさせません!二人は私が守ります!」
人工魔術師である二人に対して、何の力もない元農民がナイフを振りかざして立ち向かうなど、まさにお笑い種もいいところである。
男たちはそんなパトリシアをせせら笑う。
「はっはっは!たかが農民の娘ごときが人工魔術師であるこの俺たちに逆らおうなんてな!いいか、世の中は力が全て!弱肉強食こそが世界の摂理だ!!
それに世間知らずな小娘に世界の真理を教えてやる!!
この女は教皇庁の密偵!この女は旧帝国継承権第三位の尊い血筋ってやつだ!!
お前が信じてる表面上の友情だのなんだのは、全部嘘っぱちの出まかせなんだよ!!その”真理”を理解しろ!!」
「うるさい!!だからどうした!」
震える手でナイフを構えながら、パトリシアは男に対してそう言葉を返した。
「世界の真理なんか私の知った事か!ジェーンちゃんもデリアちゃんも私の仲間だ!
だから私が守る!それだけだ!お前たちなんて野盗と何も変わらないクズでしかない!かかってこいこの野郎!!」
「人が、”慈悲”をくれてやればいい気になりやがって……。
もういいや。両手足を魔術で麻痺させて性奴隷にして可愛がってやるとするか。
これだけ言われても命を奪わない俺たちの優しさに感謝するんだな!!
……って何ィ!?」
その瞬間、人工魔術師の男たちの目の前にいきなり魔法陣が展開される。
それが彼らのものではない事は、彼らの驚きからしても明らかだった。
そして、その魔法陣から、2mほどの竜の首が涎と撒き散らせながら、牙をむき出しにして出現する。
悲鳴もあげる暇もなく、二人の人工魔術師はその竜の牙によって頭部を噛み砕かれていく。
その惨状に、思わず震えてへたり込むパトリシアに対して、バエルの化身である黒猫が駆けつけてくる。
『無事かにゃ小娘ども!余のこの分体には戦闘能力はほとんどオミットされておるにゃ!さっさとここから逃げて安全圏に避難するにゃ!!』
「は、はい!!」
どっこいしょ!とパトリシアはジェーンとデリラの二人の体を抱えてその場から逃げ出していく。流石、元農家の女だ。軟弱な都市の女たちとは面構えが違う。
ちらり、と魔法陣から展開した二体の竜の首が、人工魔術師たちの死体を食い散らかしているのを黒猫は見るが、その魔法陣がどの悪魔の存在であるか、同じ悪魔である彼には一発で理解できた。
どこからどう見てもアスタロトの印章(シジル)です。本当にありがとうございます。
恐らく状況からみると、何の力もない人間が気合を見せたので、それを見たアスタロトが気に入ったから守ってやったのだろう。
あやつ、アスタロトポイント+1000点!合格!最高!とかやってるんだろうにゃあ……。そう黒猫は思いつつも、偶像の皆と一緒に避難していった。
―――そして、一方魔界に存在するアスタロトは、バエルの化身のいう通り感涙の涙を流しながら絶叫して絶頂状態に入っていた。
「我、死ぬほど感動した……!アスタロトポイント+1000ポイント!!」
そう、本気でアスタロトは感動の涙を流しているのだ。
パトリシアが行ったような”力のない存在が弱者を守るヒーロー的行為”
それはまさにアスタロトの理想のヒーロー像といってもいい。
性別も職業も関係ない。魂がヒーローでありさえすればそれはヒーローなのだ。
そんな理想のヒーローをリアルタイムで見れたアスタロトが感涙するのも、(本人にとっては)当然だった。
「もはやあの地上にあんなカッコいい啖呵を切れる強い人間がおったとは……。
やっぱり……人間というのはこうでなくっちゃなぁ!!
人間の”正義”を歌わせてくれ! 喉が枯れ果てるほどにッ!!」
魔界の上を見上げ、感激の涙を流しながら絶叫するアスタロト。
ここ百年ほど、「どいつもこいつもクズ」と見捨てていた人間の中であんなに眩い魂の輝きを見せつけられたのだ。
その輝きは、アスタロトの魂を魅了しても全く持って不思議ではなかった。
「やはり……。人間というのは適度に追い詰めなくてはダメか……?
悪役がいなければ”輝き”を見せてくれぬというのか……?
我が適度に追い詰めた方がいいのだろうか。いや、それは後で考えよう。
ともあれ、サマエル派のクズどもが地上を支配しては、このような輝きが失われるかもしれん。しばらくはバエル派に肩入れしてサマエル派を牽制すべきだろうな。」
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