第89話 これって不敬じゃないかにゃ?

「―――私は反対です。悪魔との契約など危険すぎます。」


「私も反対ね。悪魔との契約なんて取り交わすものじゃないわ。悪魔との契約は非常に慎重に行わないと破滅するか奴隷になる。魔術師にとって常識よ。こんな契約行うべきじゃないわ。」


 悪魔バエルからの提案により、緊急で会議室で首脳会議が行われたが、魔術師である二人からは、反対の意見が相次いだ。

 魔術師である以上、悪魔についての危険性は熟知している。悪魔との契約・使役は魔術師の得意技ではあるが、それで破滅した魔術師は山のように存在している。

 魔術師である以上、悪魔との契約は細心の注意を払う。できれば関わらないようにしたほうがいい、というのは常識である。

 そのため、彼女たち安易に悪魔と協力関係を結ぶべきではない、という意見だ。

 ところが、予想外の所から賛成意見が出てきた。それは辺境伯ルクレツィアからである。


「私は~賛成ですわね~。聞けばあのエキドナ復活にも悪魔が携わっているとの事~。悪魔内部の情報がこちらに伝わっていれば、それも阻止できたかもしれません~。悪魔内部にもこちらの諜報員、というか協力者がいれば~優位に動くことができます~。」


 確かに、あの黒猫、悪魔バエルは神に戻りたいという意思と神聖帝国に食い込んでいるサマエル勢力に敵対的な意思を見せている。

 少なくとも、敵であるサマエル勢力が存在し、自分の望みを叶えて神化するまでは、派手な敵対行動はこちらには取らないはずである。


「それに~。聞いたところによるとその猫さんは、魔術探知も全てすり抜ける力と、透明になる力を併せ持つとか~。それは裏返せば最高の諜報員として活躍してくれる素質を持っていますので~。」


 確かにルクレツィアの言う通りでもある。大達人アテプタス・メジャーであるセレスティーナの結界や竜であるリュフトヒェンの作り出した魔術結界を全てすり抜けてくる光学迷彩を使う存在など、諜報員としては最高の存在である。

 諜報や情報収集の立場からすれば、絶対に引き入れたい存在だ。

 だが、信用できるかどうか、といえばやはり首を傾げるを得ない。

 ガチガチで魔術契約で縛ったとしても、契約を抜け道を探すのは、悪魔の得意技である。


 結論としては、本当にこちらのために動いてくれるかしばらく様子見、という意見で落ち着いた。

 もちろん、生贄や様々な悪事を行う事、正当防衛以外に人の命を奪う事、勝手に信者を集める事などは契約によって禁止された。

 契約は絶対であるが、それをすり抜けるのも悪魔の得意技である。

 しかし、普通人に近いリュフトヒェンたちにとってそういった悪事などは禁忌である事を知らないほどバエルは愚かではあるまい。


『という訳で、しばらく様子見という事になったから、悪いねにゃんこ。

 もちろん、きちんと衣食住は面倒みるからさ。』


『むぅ。まあ仕方あるまい。そちらからしてみれば悪魔など信用できぬであろうからな。しかし、この悪魔バエルの化身たる余がそんな事で……。ふみゃ!!』


 猫じゃらしよろしく、ぶんぶんと目の前で振るわれるリュフトヒェンの尻尾を、バエルはふんふん!と追いかけていく。

 振るわれている尻尾にじゃれている黒猫の姿だけ見れば微笑ましいが、これが恐ろしい悪魔と竜であるなどとは普通の人間は信じられないほどのんびりとした姿だった。


「ご主人様。本当に”悪魔”の恐ろしさを理解しているのかなぁ……。不安なんですけれど。」


 そう言いながら、セレスティーナはバエルの化身である黒猫がこっそりと歪めた時空内部に入れていた休眠状態にある外骨格地竜の点検に入っている。

 何でも、サマエル派の所から密かに盗んだ物を手土産として持ち込んできたらしい。

 これならば、相手の使役竜についての研究も進むだろうし、何ならこちらも培養して同じ竜を戦車代わりにして使役するという手がある。

 どんな魔術を使って作り出されたのか研究して、まずは非人道的手段が行われていないか確かめる必要があるが。


「所でバエル様、手土産はこれだけなんですか?大悪魔である貴方がたったこれっぽっちの手土産しかないとかはないですよね?ほら、もっとジャンプしてみてください。」


 悪魔の恐ろしさを~などと言っていたその口で、さらに悪魔からカツアゲしようというそのセレスティーナのクソ度胸に、思わずバエルの化身の黒猫もジト目で彼女を睨みつけてしまう。


「お主さぁ、魔王バエルである余に対してめっちゃ不敬じゃないかにゃ?

 通常の悪魔契約ならこの地点で消し飛ばされていても不思議じゃないと思うにゃ。

 まあいいにゃ。ちょっと考えるから少し待ってろにゃ。」

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