第88話 ”悪魔”バエルの化身

 とりあえず、これで投機などには慎重にはなってくれるであろうが、やはりどうも経済などに不安が残るアーテルをこのままにしておくのもアレである。

 どうにも世間知らずというか、人間社会に疎い彼女がこのままでは詐欺師や山師たちのいい餌になる可能性も十分にある。


『という訳で、何かいいアイデアないかな?具体的には、信用できるお目付け役をつけたいんだけど、誰か知らない?』


「うーん、そんな都合のいい人材が……。あっ、そういえば、彼女に食べてほしいと言っていた姉妹がいましたよね?あの子たちウチで保護していますが、覚えがよくて優秀なので、あの子たちをお目付け役につけましょう。しっかり者なので問題なく面倒は見てくれるでしょう。今のうちから領地経営などを教え込んでおきますか……。」


 人間の女の子に面倒見てもらうお姉さん竜幼女(社会的な意味で)ェ……。

 まあ、それはいい。しっかりとそちらの面倒(経済的な意味で)を見てくれれば何もいう事はない。しかし、そんな子たちにも頼らないといけないとは、やっぱりウチの人材の薄さは厳しいものがあるな……。

 もう限定的ではなく、本格的に唯才令を出すか……。ちょっと皆と提案してみよう、と思いながら、書類仕事に一段落ついたリュフトヒェンは、てくてくと王宮内部を歩いていく。


 護衛のために、セレスティーナもその後について歩いているが、正直、竜に護衛なんているか?と思う事もあるが、退治されたくなくて国を建てた事を思い出すと、素直にセレスティーナやその神官戦士たちの護衛を受けいれざるを得なかった。

 と、そんな彼の前に、とととっとどこから入ってきたのか、黒猫がリュフトヒェンの前に姿を現す。


『おっ、にゃんこじゃん。猫可愛いね猫。ほら、こっちおいで~。』


 リュフトヒェンは尻尾をふりふりして猫をおびき寄せようとするが、ほぼ全ての猫は野生の本能で危険を察して脱兎のように逃げ出していく。

 人間でさえ逃げ出す竜に対して、わざわざ近づいてくるような猫は普通存在しない。

 それでもこちらに近づいてくる黒猫に対して、思わず猫好きのリュフトヒェンは喜びを見せるが、当然のようにそんな猫が普通の猫であるはずもなかった。

 その黒猫は、とととっと恐れずにリュフトヒェンの元へと近づいてくると、口を開いて声を放つ。


『……。初めましてだなにゃ。竜皇とやら。』


『に、にゃんこが話したー!!我びっくり!!』


 いきなり猫が話し出したのにびっくりしたリュフトヒェンは、四つ足のまま、そのまま上にぴょん!と勢いよく飛びあがる。

 それは、まさに驚いた猫そのものの挙動だった。

 その彼の前に進み出て、リュフトヒェンを庇うべく仮の魔術杖を構えるセレスティーナ。だが、何重にも防御結界が張られたこの王宮内部にどうやって入り込んだのか。そんな風に彼女が気にしている中にも、戦闘態勢に入っているセレスティーナをつまらなそうに見ながら、その黒猫はさらに言葉を続ける。


『……どっちが猫だか分らんにゃ……。まあ、ともかく要件を言うにゃ。

 余は”悪魔”バエルの化身である黒猫にゃ。結界探知を逃れるために魔術的に透明になる機能に力を注いで、他の力をかなり抑えてはいるが……。まあ、バエル本体との会話用の端末と考えてほしいにゃ。』


 ―――悪魔バエル。

 東方を支配し、66の軍団を率いる序列1番の大いなる王であり、悪魔の中でも大君主の一柱である。

 姿としては、ヒキガエル、人間、猫の姿で現れ、とある文献ではネコ、王冠を被った人間、ヒキガエルの頭をもった蜘蛛の姿で描かれている。

 ともあれ、非常に強大で力ある悪魔の一柱である事は間違いない。

 そんな強大な悪魔の化身がいきなり目の前に現れれば驚くだろう。


 悪魔バエルには「人を不可視にする」「透明になる」能力が存在する。

 これは純粋な光学迷彩というだけでなく、魔術的にも透明になる、つまりあらゆる結界や魔力探知をすり抜ける事ができる事も意味している。

 その権能によって、竜都の結界や王宮内部の結界を全てすり抜けてきたのだろう。

 


『”悪魔”!?何でそんなそんな存在がわざわざ我にコンタクトを取ってくるの!?

 悪事を働くなら影でばれないようにこっそりやるだろうし……。何か話したい事があるの?何か取引とか行いたいとか?』


 だが、いきなりこんにちわ死ね!を行ってこず、会話を行ってくる以上、向こうもこちらとのコミュニケーションを取りたいのは理解できる。

 いくら竜とは言え、女性を盾にしたまま話すのは流石に気持ち的にも思う所があるので、リュフトヒェンはセレスティーナと並んだ状態で、バエルの化身である黒猫と話しを続ける。

 それに悪魔と魔術師では、圧倒的に魔としての純度が違う。

 いくら大達人であるセレスティーナでも、この黒猫と互角以上に戦えるかは不明である。それを見ながら、黒猫はさらに言葉を続ける。


『ふむ、確かにそちらからしたら悪魔の信用度など0であろうから、単刀直入に言うにゃ。こちらの望みは悪魔バエルではなく、その前身である”神霊バアルとしての復権”にゃ。そちらの神竜信仰に混ぜてもらって神霊として復権したい。それがこちらの望みにゃ。』


 つまり、簡単に言えば悪魔バエルではなく、その前身である神霊バアルへと復権したい。それがバエル自身の望みという事らしい。

 神霊バアルは確かに天候神としての側面を持ち合わせており、かつて竜と戦い、打倒したという逸話も持ち合わせている。

 天候神であり、竜であるティフォーネとは無理矢理こじづければ、協力神としての信仰を得る事はできるかもしれない。

 だが、こちらにとっては別段何のメリットもない。そんな事に協力する義理はこれっぽっちもないのである。


『めっちゃ図々しい事言ってくるなこのにゃんこ……。それってつまり、こっちの信仰にただ乗りしたいって事でしょ?いくら何でも面の皮厚すぎない?』


『もちろん、ただでとは言わないにゃ。こちらの情報、悪魔についての内部情報をそちらに教えるにゃ。あのエキドナを復活させたのも、サマエル派に属する「エイシェト・ゼヌニム」の仕業にゃ。こちらの要望を聞いてくれたらそちらに対して有益な情報を教えるし、手助けもするにゃ。』


 なるほど、いきなりエキドナが復活したのはママンがどこかにふらっといなくなったのが理由かと思っていたのだが、封印を解き放った存在がいたのか。

 そんな厄介な存在についての情報がこちらにはまるでない、というのは確かに困った事態であるし、

 サマエル派は最近調子に乗っていてむっちゃムカつくしにゃーという黒猫に対して、リュフトヒェンは質問する。


『でも、同じ悪魔の仲間を売る事になるけどいいの?』


『悪魔同士に仲間なんて概念はないにゃ。お互い利用するだけの寄せ集めの集団にすぎんにゃ。……一言忠告しておくけど、余もお主に対してはお互いキブアンドテイクの関係でお互い利用しあう関係にゃ。気を付けることにゃ。』


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