第79話 翼をもぎ取れ。

 クラウ・ソラスからの攻撃を食らったエキドナは、べきばき、と肉体に変化を起こしていた。ただ浮かんでいるだけではなく、機動性を持たせるために肉塊から巨大な二対の翼が生え、さらに肉塊の表面からボコボコと音を立てながら無数の竜の首が生えてくる。

 これは、エキドナが戦闘態勢に入った事を象徴する。


 翼が生えたエキドナは、今までのただ浮かんでいるだけではなく、自らの意思で自在に移動を始めた。そうなってしまえば、クラウ・ソラスの攻撃が当たりにくくなるのは当然である。

 透き通るような青空の元、醜く蠢く肉塊は確かに異質な存在であり、同じ竜としてもその存在を許すわけにはいかなかった。


《いかん!仕方ない!エキドナの翼を潰すぞ!クラウ・ソラスに巻き込まれないように注意しろ!!》


 ここでエキドナに機動性がついてしまっては、クラウ・ソラスの攻撃が当たらなくなる可能性がある。クラウ・ソラスの攻撃に巻き込まれてしまう危険性を犯しながら、リュフトヒェンたちは急降下して、翼に対して攻撃を仕掛ける。


《エンゲージ!エンゲージ!!これよりエキドナに対して攻撃を仕掛ける!!

 クラウ・ソラスによる攻撃の時には、こちらにも通達してくれ!!》


 まるで解き放たれた矢のように、二機の白と黒の竜は蒼穹に飛行機雲をまき散らしなながら急降下攻撃を仕掛ける。

 錐揉みしながら高速で急降下していく彼らの狙いは、いうまでもなく、エキドナの巨大な二対の翼である。だが、そうはさせじと、エキドナの表面の竜の首がさらにボコボコと盛り上がり、エキドナの落とし子が次々と生み出されていく。


《クソ!厄介な時に厄介な事をしおって!!》


 だが、その落とし子たちは、明らかにアーテルが戦っていた落とし子よりも数段小さいし、弱い。恐らく、エキドナの方もまだ再生しきっていないので無理をしているのだろう。

 こちらの迎撃のために上昇していく落とし子たちであったが、重力という自由落下エネルギーを用いているこちらの方が遥かに早い。


《このまま突っ切るぞ!!》


《了解ッ!!》


 彼らは、前方にのみ魔力攻撃を集中し、迎撃に上がってくる落とし子たちを次々と打ち砕いていく。全ての落とし子を倒す余裕などないので、前方に妨害している落とし子たちだけ打倒して、後は突っ切るつもりである。

 弱い上に、数もまともに揃っていない現状で、彼らを押しとどめられるはずもない。

 落とし子の群れを突っ切った彼らは、そのままエキドナの翼へと攻撃を仕掛ける。


《まずは右からだ!付け根を狙え!!》


《分かっておるわ!息を合わせろ!しくじるなよ!!》


 そう通信を交わしながら、二体の竜は落下しながら、彼らの周囲の魔力球と雷球から魔力レーザーと雷撃を放ち、翼の付け根に攻撃を仕掛ける。

 付け根に対してダメージを与えてはいるが、これでは埒が明かないと判断した彼らは、さらに落下しながらエキドナの翼付近をすれ違い、同時に彼らの周囲を浮かんでいる数十もの雷球と魔力球を翼の付け根に叩き込む。

 

『~~~~!!』


 その攻撃に、流石にエキドナの翼も耐え切れず、片方の翼が重力に従い、バキバキと音を立てながら肉体を離れて地面へと落下していく。

 ずしん!!と音を立てながら巨大な翼が地面に落下していくのに対して、片方の翼を失ったエキドナは不確定な飛行になり、体を大きく傾きながら、ゆっくりと旋回していく。

 

 だが、これで攻撃を止める彼らではない。彼らは急降下攻撃からの引き起こしを行い、これ以上の落下を防ぐ。ギシギシと肉体が軋み、頑丈なはずの竜の肉体ですら悲鳴を上げる。

 急降下攻撃には、急降下とその引き起こしに耐える頑丈な構造が必要となる。

 それを生身で行っているのだから、例え竜であろうときついものはきつい。


 引き起こしを行い、そのまま上昇から水平飛行へと転じた彼らは、片方の翼を失い、大きく体を傾けながら旋回飛行しているエキドナに再度、翼の付け根に魔術爆撃を行い、もう片方の翼をもぎ取る。


《よし!今だ!クラウ・ソラスに通信!我々が退避した後で即座に攻撃を行え!》


 そう通信を行うと、二体の竜は再度急上昇を行い、巻き込まれないようにこの空域から離脱していく。

 上昇さえすれば、クラウ・ソラスからの攻撃の巻き添えを食らうことはなくなる。

 だが、そこで翼を失ったエキドナはさらなる変化を見せる。


 バキバキ、と音を立てながら、エキドナの肉塊の真一文字の割れ目が走り、その割れ目がゆっくりと上下に開いていく。

 その中には無数の鋭い牙が生えているのが目に入る。

 そう、それは口、巨大な、巨大すぎるエキドナの口であった。


《怯むな!位置測定完了!着弾位置固定!放てッ!!》


 それにも関わらず、さらにクラウ・ソラスからレーザーが放たれるが、それに対抗するように、エキドナの巨大すぎる口の中で、膨大な魔力が収束され、その魔力は収束・加速され、奔流となって解き放たれる。


 ―――発射。


 膨大な加速された魔力は射出され、クラウ・ソラスの神力レーザーと真正面からぶつかり合う。真正面からぶつかり合った強大な力の奔流は、お互いにお互いの力を弾き飛ばしながら、はじき返された白い光と濁った黒い光の魔力の余波が周囲の空間に無秩序に溢れだし、落とし子たちを切り裂き、引き裂いていく。


 そして、勝ったのはエキドナの魔力の方だった。

 ぶつかり合いによって威力を大部分減衰された魔力のブレスではあるが、それでもクラウ・ソラスにとって脅威である事には違いない。


《近接防御!!》


 その言葉と共に、クラウ・ソラスの神力石が反応し、神力石の周囲に球状の神力によるバリアを展開する。

 クラウ・ソラスとのレーザーのぶつかり合いで大きく減衰したエキドナのブレスでは、到底そのバリアを突破する事はできず、そのブレスは瞬時にバリアによって防がれて霧散する。

 だが、エキドナはこちらの火力を上回るほどの火力を手にしているという事である。

 事態は、さらに風雲急を告げていた。

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