第71話 神官戦士と狂信者
―――場所は竜皇国へと戻る。
旧帝都の王宮の近くに、新しい神殿が建築されつつあった。
それは、この国の竜皇であるリュフトヒェンと、神であるティフォーネを崇めるための神竜信仰の拠点となる神殿である。
当然の事ながら、他の神殿は良い顔をしなかったが、この国の王であるリュフトヒェンが認めて国教とし、他教を弾圧しない、と公言した以上、何も手出しはできなかった。
そして、その建設中の神殿内部で、セレスティーナは、純白の神官服と武器を手にした数十人の竜人の少女たちの前に立っていた。
「さて、皆、何のためにここに集められているか理解できますね?」
セレスティーナは、その並んだ竜人の少女たちに対して、厳かに言葉を放つ。
彼女たちは、その刃のように冷やかなセレスティーナの視線に、ぴんと背筋を伸ばして無言で気をさらに引き締める。
「ここにいる者たちは、竜皇の慈悲により命を救われた竜人たちです。
竜皇のために生き、竜皇のために死になさい。それが神官戦士である貴女たちの役目です。竜皇のために、教敵を全て滅ぼすのです。
そのために、貴女達は厳しい訓練を受ける必要があります。今から覚悟しておくように。」
それぞれ、飢え死に寸前だったり、人族から弾圧を受けて心身ともにボロボロだった所を拾われ、風呂に入れさせられたり食事を取らされたりして救われた少女たちだ。
その過程で神竜信仰の神官となり、セレスティーナの部下として付けられていたが、ボロボロになっていた所を救われた恩義は、長男の代わりに出世した貴族の次男三男や騎士となった傭兵団よりもさらに高い。
言うなれば、それはもはや狂信にも等しいものだった。
リュフトヒェンのためならば、何の躊躇いもなく敵の命を奪う狂信者の部隊。
それが彼女たちだった。(当然男性のみの部隊も存在している)
つまり、セレスティーナはリュフトヒェンのために命を捧げる狂信者の集団を作り上げようとしているのだ。当然、リュフトヒェンが知ったら絶対的に止めるに決まっているため、全て彼女の独断である。
心拍数測定や、読心の魔術などを秘密裏に使用して、きちんと忠誠度に偽りがないかをセレスティーナ自身がチェックを行っている。
何らかの形で問題のある人物は排除……はバレたらリュフトヒェンが本気で怒りそうなので、事務員や別の部署への配置を行っている。
そんな彼女たちは神殿の中でもトップエリートとして位置づけられ、憧れの瞳でみられるようになるだろう。
と、そんな中で、一人の少女が直立不動の体勢のまま、セレスティーナに問いかける。
「巫女様。それでは巫女や竜皇様がお作りになられた十戒に違反しますがよろしいのでしょうか?」
十戒の中には、人の命を奪ってはいけない、とはっきりと記載されている。
セレスティーナのやろうとしている事は、明らかにそれとは違反している矛盾しているものだ。だが、セレスティーナはきっぱりと明確にこう言い切った。
「構いません。竜皇に逆らう者は亜人だろうが人族だろうが全て滅ぼすべき敵です。
人の命を奪う事はいけない事ですが、竜皇に逆らう者たちはヒトではありませんから。竜の巫子の名において、これを許可します。」
リュフトヒェンが聞いたら顔を真っ青にして必死になって止める事を、彼女は平然として口にする。
いかに綺麗事を言おうが、所詮世界で生き残るためには暴力が必要になる。
愛や共存などを口にしても、生き残るため、信仰を存続させるためには、やはり力が必要になるというのは、世界の真理の一つである。
そんな少女たちに戦闘訓練を施している中、突然ズシン、と大きな振動が街を震わせる。
『な、何だ!?地震か?』
その大きな振動に、王座で書類仕事をしていたリュフトヒェンはあわてて飛び出してくる。
だが、地震にしては妙な強い魔力反応があったな、という彼は王宮の外に出ると、街の外に、、高さ10メルー、幅10メルーほどの巨大な大釜が地面に突き刺さっているのが目に入った。
慌てたリュフトヒェンは、高位の魔術師でもあるセレスティーナやアーテルを呼び足して、さっそく大釜へと向かう。
大釜内部には、様々な金銀財宝が詰め込まれており、中には一枚の紙と光輝く白い鱗が置かれてあった。
そこには一言【無駄遣いしないように。何かあったらこれで連絡しなさい】との一文が書かれてあった。
アーテルは、すんすんと鼻を鳴らして大釜の匂いを嗅ぐとこう叫ぶ。
「これ、あのクソ女の匂いがする!ロクデナシの空帝が関与しておるぞこれ!!」
いきなりヤンデレみたいなセリフ言わないでほしいなぁ……と思いつつもリュフトヒェンの考えも同じだった。
恐らく、リュフトヒェンの母親であるティフォーネが関与しているのであろう。
これほど強大な魔力を秘めたアーティファクトがただの釜であるはずもない。
そんな風に考えていると、いきなり大釜から声が響き渡る。
『おはようございます。こちら"大釜"付属の自動竜工知能になります。何か疑問がありましたらお答えいたします。』
その言葉に、リュフトヒェンたちはお互いに顔を見合わせた。
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