第70話 ママンとシュオールの"大釜"開発記

 そして、シュオールがドワーフたちを避難させて、大空洞全体に結界を張って隔離空間を作り上げようとしていた時に、彼女は驚きの声を上げた。


『えっ?お前も結界内に来るの?マジで?』


 それは、ティフォーネも結界内に来るという驚きの声だった。

 てっきり彼女の事だから、全てこちらに任せて自分は遊びまわるとでも思っていたからである。


「貴女は釜の製作に集中して、私が結界の維持と時間流の制御を行った方が効率的だし、貴女もありがたいでしょう?無理を言っているのはこちらですし、それくらいは手伝いますよ。」


『えぇ……。しばらくお前と二人っきりで過ごすの?儂、嫌だなぁ……。』


 凄く凄くすごーく嫌そうに顔をしかめながらシュオールは苦々しげに呟く。

 だが、それには構わず、ティフォーネの方は楽しそうにしながら言葉を放つ。


「まぁまぁいいじゃないですか。こうしてしばらく過ごすのも数千年ぶりですし。たまには気晴らしになりますよ。」


 わくわく、と空間に閉じこもるための準備を行うティフォーネを見て、これは諦めるしかないな、とシュオールは深いため息をついた。


 そして、大空洞に結界が張られると同時に、ティフォーネが内部の時間流を次第に加速させていく。一気に加速させるのは流石に竜といえども肉体への負担が大きいため、次第に加速させていく。

 時間流の加速は大魔術であり、当然範囲が大きければ大きいほどかかる負担も大きくなるが、大空洞程度の大きさならば、十分ティフォーネでも操作できる。


 そうして二人……というか二頭の閉鎖空間での共同生活が始まったが、意外にもすぐ飽きるかと思われていたティフォーネも、楽しそうに生活を送っていた。


 このような自分と同じ存在との共同生活など、今まで送った事のなかった彼女にとっては、何もかもが楽しいらしい。

 言うなれば、初めてのルームシェアとか修学旅行とかそんな感じなのだろう。

 だが、そんなティフォーネにも大きな不満があった。


「あのですね……。食事が三食とも麦粥なのはどうかと……。流石に食べ飽きましたよ私。」


 そう、それは日々の食事である。

 シュオールは小麦や大麦を生み出せるくせに、それら全てを麦粥にしてしか食べないのである。どうやら彼女は麦粥が大好物らしいのだが、それでも三食全ては、舌の肥えたティフォーネには閉口だった。


『麦粥はな、消化もよいし食べやすい。一日三食食べても飽きない神の食べ物なのじゃ。麦粥食え麦粥。……って貴様!勝手に麦粥に調味料を付け足すんじゃない!!』


「こっちの方が断然美味しいですよ。ほら食べて見なさい。ほらほら。」


 勝手に麦粥に対して空間の歪みから取り出した塩などを混ぜて、それをシュオールの口の中に(半ば無理矢理)入れる。


『あ、確かにこちらのほうが美味しい……。』


「というか、ですね。何で麦粥オンリーなんですか。パンとか色々な料理を作れ、とは言いませんが、竜なら肉ぐらい食べなさい。」


 竜は肉が主食と言っていいほどに、切っても切り離せない間柄である。

 人間の作り出した料理に魅了されつつあるティフォーネだが、やはりその中でも肉料理は格別である。生肉ではなく、息子が自前で肉を焼いて食べていたのも頷けるというものだ。それに対してシュオールの答えはこうだった。


『いや、肉は食べると胃にもたれるし……。』


(事実上ほぼ)同い年なのに、何でこんなに年寄り臭いんだ……?というジト目でティフォーネはシュオールを見る。


 ともあれ、そんな風に大釜作りは進んでいたが、そこでティフォーネのとある言葉に、大釜作成中のシュオールは首を傾げる。


『……説明書?何でそんな物必要なのじゃ?不要な機能はオミットしたから、魔力さえ注げば小麦が涌き出るシンプルな構造じゃぞ?そんな物いる?』


 それは、この大釜の取扱説明書を求めるティフォーネの言葉だった。

「自分の息子だったら大丈夫だろう」と思っていた彼女だったが、ふと取り扱えない場合の事を考えて、不安になり、そういった説明書がないかどうかを聞いてきたのである。こういう所、自分の息子に対して妙に甘い所があるのである。


「転送して都市の外から渡す予定ですから、何だこれ?と捨てられても困りますし……。緊急時の大釜の停止の仕方やメンテのやり方も必要でしょう?」


 そのティフォーネの言葉に、シュオールは困ったように頬を掻きながら答える。


『あーもう仕方ないな……。ナビゲーションシステムとして魔導竜工知能でもつけるか。音声入力で疑問点があれば答えるシステムにしておこう。儂忙しいんだからお前基本システム作っておくがいい。』


 了解、と言ってティフォーネは魔術を使ってナビゲーションシステムである、人工知能、もとい竜工知能のシステムを作り上げていく。

 その魔術式を作り上げた後で、大釜に組み込むらしい。

 風を象徴するティフォーネと、地を象徴するシュオールでは魔術の相性は悪いが、まあ、お互いに干渉しないシステムなら問題ないだろう、という判断である。

(自己修復機能も考えたが、連携するお互いの術式の悪さからオミットされている)


「しかし、よくよく考えると人工知能……もとい、竜工知能なんて組み入れて大丈夫ですかね?それこそ暴走しません?」


『ナビシステムは釜の機能自体と完全に切り離されたシステムにするから大丈夫じゃろ。ツクモカミ?だっけ?釜自体が自立して妖精化したらどうか知らんが、そこまで儂責任持てんし。』


自動ナビゲーションシステムは、悪用される事も考えて、ティフォーネの血脈を引いてる者しか発動させない、つまりリュフトヒェンしか起動できないシステムにしておく事で一致した。


そんなこんなで開発は進んでいる中、大釜開発だけでなく、久しぶりに会った二人は、色々とたわいもない雑談に花を咲かせたりもした。


「ほらほら見て下さいよ。私の息子を。可愛いでしょう?」


そう言いながら、幻影魔術で、ティフォーネは自分の息子であるリュフトヒェンの姿を見せていた。友人などほとんどいない彼女は、この機会に自分の息子自慢をしたかったらしい。


『ふむ、貴様の息子とは思えないぐらい可愛いのう。儂、会ったら飴ちゃん上げたい。苦労してるだろうからよしよししてあげたい。』


何で血も繋がってないのにお婆ちゃんムーブしたがるんだろうこの女……というか、やっぱり年寄り臭い、という顔になってしまうティフォーネだった。


そしてついに大釜が完成する時がやってきた。後は加速していた時間流を減速させていって、外の世界と時間流を同じにするだけである。


「めんどくさいですから、もう結界一気に解いてもいいですか?私たち竜なら問題ないでしょ?」


『儂の住居で時間流の乱れが起きまくるだろうが!!いいから時間流の流れを減速させて、外の時間の流れに合わせろ!それから解け!!』


まあ、そんなこんなもありながら、ついに彼女たちの心血を注いで作り上げた"大釜"は完成したのである。

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