第72話 竜神殿の神器

『ええと……何これ?財宝とか生み出すとかそういうのじゃないよね?』


 旧帝都のすぐそばに空から降ってきた大釜に対して、リュフトヒェンは爪でちょんちょんとつつく。

 大釜の中には大量の金銀財宝が入っているが、それは恐らくこの大釜の機能ではなく、これをこちらに転送した存在、彼のママンであるティフォーネの仕業だろう。

(鱗やメモから推測するに)

 そして、それを肯定するように、大釜に内蔵されている自動ナビゲーションシステムが答えを返す。


『いいえ、違います。この釜は無限に麦を生み出す事のできる地帝シュオールの”大釜”です。まあ、代償にそれなりの魔力が必要になりますが。』


 つまり、現実世界でいうダグザの大釜と同じような物なのだろう。

 向こうは無限に麦粥が湧き出る、死者再生すらをも可能にするという神器なのだが、この大釜は願望機としての機能をオミットして、純粋に魔力を吸収して食料である小麦へと変換するというそれでも反則級の神器、戦略物資とも言える存在である。


『つまり、ママンが用意してくれた神器って事か。サンキューママン。

しかしこれ……魔力を小麦に変換できる変換器ってコト!?何それめっちゃチートやん!!……待って。これ人間でも使えるの?』


そのリュフトヒェンの疑問に、竜工知能のナビゲーションシステムは答えを返す。


『基本的に竜用にカスタマイズされていますが、魔力さえ用意できれば人間も使用可能です。無論魔力の内容は問いません。』


 つまり、基本的には竜用の神器であるが、人間の生贄、搾り取った生命力などでも十分使用可能というわけである。

 それは、悪意ある人間の手に渡れば、とんでもない事になるという事でもあった。

 そこらへんの奴隷やら農民やらを適当に大量に攫ってきて、彼らの命を大釜に注ぐたけで大量の食糧が手に入るのだ。


『えぇ……それって絶対やばいヤツやん。各国絶対これ狙ってくるやん……。』


 無限の食糧庫など、人間が古代から求めてやまない理想そのものだ。

 当然、口止めはするつもりではいるが、この国から取れる産出量以上のどこからともなく沸いてくる食料が出てくれば市民たちの口止めも難しいし、各国もその異常性に気付くだろう。


「さすがにこれ一つで国を賄えるほどの食糧を一気に出す事は難しいですが、魔力で無限に食糧を生み出すアイテムなんて各国が知ったら絶対狙ってきますね。」


『oh……。』


 セレスティーナのその言葉に思わずリュフトヒェンは頭を抱えた。

 しかし、ともあれこれをこのままにしておくわけにはいかない。

 神官戦士や衛兵たちが周囲を固めてはいるが、何だなんだとわざわざ危険な街の外に出てきてまで市民たちが集まってきている。


『と、とりあえず街中に運び込もう。神竜神殿の中心部でも置いておくことにしておこう。神像の代わりとして、神器として祀っておけばちょうどいいやろ。』


 そうして、大釜はリュフトヒェンの空間の歪み内部に入れられて、そのまま持ち運ばれる事になった。

 これだけの大釜は当然重量も非常に重く、並みの人間が数十人で荷台などに移動させてようやく運べるほどである。

 だが、空間の歪みに入れてしまえばそういった重量問題や大きさの問題も全て解決できる。

 そして、そそくさと彼らは神殿内部へと戻ると、まだ作成中の神殿の中心部に財宝を回収した大釜を備えつける。


 同時に、セレスティーナは神官兵士たちに命令して、24時間の厳重な警戒態勢を行うように命じる。

試しに、大釜を起動させてみたが、一度リュフトヒェンが魔力を注ぎ込んだだけでも釜から溢れんばかりの小麦が大量に産出された。

これを繰り替えればこれ一つで国全体の食糧は賄えないが、安定した食料供給の大きな力になることは間違いない。


これに加えて財宝が増えたのもありがたいが、その中でも、ティフォーネと直通通信を取れるであろうティフォーネの鱗が手に入ったのも大きかった。

これさえあれば、今まで連絡が取れなかったティフォーネとの直接会話が行えるのだ。


『というか、この鱗があればママンと連絡取れるやん。ママンなら神聖帝国を根こそぎ吹き飛ばす事ができるかも。』


確かに、エンシェントドラゴンロードである彼女の力であれば、現在敵対関係にある神聖帝国を大地こと根こそぎ吹き飛ばすことが可能だろう。

だが、リュフトヒェンのその言葉に、セレスティーナは渋い顔をしながら彼を押しとめる。


「……やめておいた方がよろしいかと。ご主人様。火山の冬というのはご存じですか?」


 セレスティーナは、リュフトヒェンに対して淡々と言葉を続ける。


「大規模火山の噴火の際、巻き上がった大量の火山灰が大気に舞い上がり、空からの光を遮断し、「夏のない年」と呼ばれるほどの冷却化、異常気象をもたらします。

 そして、それらは当然農作物にも多大な影響をもたらし、大規模な不作による大規模飢饉、それに伴う食糧を求める各国の戦争、治安の悪化、人心の荒廃と世界に多大な被害を及ぼす事が考えられます。」


 どこからどう見ても”隕石の冬”です。本当にありがとうございます。

 まあ、隕石の冬も火山の冬も原理的には同じと言ってもいいだろう。

とちらにせよ、大量の粉塵などによって光が遮られ、農作物に多大な被害やそれに付随して人間たちにも大きな被害が出る事には間違いない。

ママンの力で神聖帝国を滅ぼしても、そんな大きな被害を出すのならまさに本末転倒である。


「さて、ここで問題です。そんな各国が食料危機に喘いでいる中で一か国だけ竜がトップでなおかつ、食料が湧き出る魔法の大釜を所有している国があったらどうなると思いますか?至高神の教皇からの”聖戦”が発動して、全ての国家が連合軍となってその国に攻め込んでくるでしょうね。」


『うんやっぱりやめようかこの話!さすがに周辺国全部から袋叩きされるとか勝てないわ!』



 そして、このシュオールの大釜の力によって、市民の食糧危機の不安は一気に収まる事となった。

 人間とは不思議な物で、食糧がない、となると必死で買いだめに走った結果、食糧価格高騰や売り惜しみなどが生まれるが、十分な食糧がある、となれば買いだめや食糧高騰などは自然と起きなくなるのである。


 もちろん、この大釜一つでは国全体を賄う量を一気に出す事は難しいため、やはり食糧の輸入などは必要だが、荒れた土地を耕地に治せば食糧の輸入から食糧輸出国になって外貨を稼ぐ事ができる。





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