第37話 ママンの優雅(?)な日常。前編

 話は変わって、息子であるリュフトヒェンを密やかに見守っているティフォーネ。

 だが、彼女といえども四六時中、ずっと息子を監視している訳ではない。何かあれば駆けつけはするが、基本的には放置である。

 そして、放置している間、彼女が何をしているのかと言うと――。


「ふむ、なるほど。ここが街ですか。中々活気に溢れていますね。新鮮です。」


 人間体へと変化しているティフォーネは、かなり離れた辺境伯のお膝元である大都市にやってきていた。

 帝都には及ばない物の、大量に竜人や亜人や帝国のやり方に不満を覚えている亜人派、中立派が流れ込んでいるこの都市は、今や帝国第二の都市へと変貌しつつある。

 おまけに戦争準備のために、大量の補充物資やら武器やら食料やらが流れ込んでいるため、活気だけなら帝都すら上回らんばかりの勢いである。


 そんな活気に溢れた大都市の中を、ティフォーネはお上りさんよろしく、きょろきょろと物珍し気にきょろきょろと首を動かしてあちらこちらを眺めている。

 表情こそ無表情であるが、他の竜人から比べても大型の尻尾をまるで犬のように、ぶんぶんと激しく上下に振っている所を見ていると、かなり興奮して機嫌がいい事が察せられる。


 絶世の美女である彼女がそんなお上りさんっぷりを丸出しにしていても、他の人たちから食い物にされたりしないのは、その翼や尻尾の大きさだからだろう。

 基本的に、竜人は竜の血が濃いほど翼や尻尾が巨大化する傾向にある。

 逆に、人間の血が濃いほど、翼や尻尾は小型化・退化する傾向がある。


 竜の血が濃い=翼などが大きい=強力な力を持っている、というのは竜人たちの中で共通認識である。

 そんな強大な力を持っているかもしれない厄ネタを騙そうとするなど、少なくとも竜人が多いこの都市では、中々存在はしなかった。

(竜がそのまま人に変化した彼女は当然巨大な翼や尻尾をもっており、その彼らの認識は正しいといえるが)


 彼女はそのまま、機嫌が良さそうに街の中へとさらに足を進ませ、様々な場所へと探索を行う。

 様々な呼び込みや雑踏の中、彼女は物珍しげにあれやこれや、と見て回る、とそんな中、彼女の鼻腔をいい匂いがくすぐる。

 ふと見ると、それは傍にある食堂から流れてくる匂いだった。

 ひょいっ、と店の中を覗いてみると、何やら色々な野菜やら肉やらを煮込んだシチューを作っているらしく、その匂いが外まで漂ってきているのだ。

 その匂いを嗅ぎながら、ティフォーネは、ふむ、と顎に手を当てて考え込んでみる。


「ふむふむ。ああいう汁物というのは新鮮ですね。私たちは基本丸かじりしかしませんし。こういったスープ?とやらは食べた事がありませんね。とりあえず注文してみますか?」


 それだけ言うと、彼女はその店の中に入り込み、システム自体をよく理解していないので、とりあえず先に宝石を出して注文を行う。

 当然の事ながら、銅貨や銀貨などではなく、いきなり宝石を取り出された店員はぎょっ、とした顔になる。


「お、お客さん、これは流石に……。え?金貨とか持ってない?いいから取っておけ?は、はぁ、そ、それなら……。」


 長年を得て膨大な金銀財宝を所有しているティフォーネからしてみたら、この程度の小さな宝石程度、何の価値もないと言ってもいい。

 わざわざそれを売って金貨や銀貨に変えるなどといった手間暇など面倒くさいし、そんな人間社会のシステムなどに従ってやる気などない。

(流石に彼女でもただ食いをするのは、後で面倒くさい事になるから宝石を渡しているだけである)

 そして、テーブルに出された皿に入ったシチューを見て、ティフォーネは思わずがくり、と肩を落とす。それは、彼女からしてみればあまりにも少ない。


「は?これが一人前?冗談でしょう?この程度一口分ぐらいにしかなりませんが……。分かりました。ではこれを30人前分、いえ、50人前分いただきましょう。追加の宝石は支払います。」


 さらに追加の宝石を彼女は支払うが、さすがの料理人も嫌がらせではないかと思い、彼女に言葉をぶつける。


「おいおいお嬢ちゃん!からかうのもいい加減にしてくれ!俺たちゃ忙しいんだ!

 そっちのからかいに付き合ってる暇はないんだよ!

 50人分欲しいっていうなら、そこの大釡から直接飲み干してみな!!」


 確かに普通の人間が50人ものスープを飲み干せるはずもない。彼の怒りももっともである。その発言に対して、ティフォーネは素直に頷いた。


「分かりました。それでは。」


 彼女は熱せられた大釡をそのまま両手で掴むと、重量を感じさせないほどの軽やかさで、ひょいと持ち上げ、そのまま自分の口に運ぶと、大釜を傾けて中のシチューをごくんごくんと飲み干していく。

 バタバタと尻尾が上下しているから、彼女が美味しいと感じているのは確かなのだろう。あっけにとられている料理人たちを尻目に、大釜のシチューを全て飲み切った彼女は、ふう、と満足気にドン!と大釜を床に置く。


「なかなかの味でした。褒めて差し上げましょう。それでは。」


 それだけ言うと、ぽかんとしている皆を尻目にティフォーネは颯爽とその店から出ていく。

 と、そんなティフォーネの元に血相を変えた竜人の兵士たちがこちらに走ってくるのが目に入る。基本的に大都市には人に化けた竜が入り込んで、そこから姿を現して街に直接攻撃を仕掛けないような魔力探知結界が張られている。

 人に化けて、都市に入った瞬間いきなり竜化して攻撃を仕掛けたら、瞬時に都市が壊滅してもおかしくない一種のテロリスト攻撃と言っていい。


 それを誤魔化すために、自分の魔力を封じる魔術封印式と結界の探知を誤魔化すように結界自体を一時的に攪乱していたのだが、それがばれてしまったようである。

 面倒くさい事になりそうだったので、ティフォーネは瞬間転移を行ってそこから去っていった。


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