第35話 帝国派、中立派、亜人派

「大辺境に全軍を上げて進軍すべし!!」


 帝国内部の軍を主導する軍事参議院での会議の中、人類至上主義である帝国派の中でも最も過激な最右翼で有名な貴族は、そう叫んでいた。

 そして、それはこの会議に参加している貴族や軍人たちの半分以上を占めている意見でもあった。

 ―――あの落とし子と融合した魔術師の言っている事は本当だった。

 彼は、威力偵察によって得られたデータを全て魔術通信によって帝国の本土へと伝えていたのである。

 特に、やはり震撼を走らせたのは「空帝ティフォーネは大辺境に存在せず」の一文だった。

 彼らが警戒していた最大戦力がどこかへと消失してしまったのだ。

 最早恐れる物など何もない。一気に大辺境に侵攻を行って大辺境を全て焼き尽くすという意見になるのは当然といえるだろう。


「尊い犠牲によって、大辺境には空帝ティフォーネが存在しない事が確認された。

 ならば今こそが最大の好機!全軍を上げて大辺境に進軍し!そこに存在する忌まわしい竜族全てを殲滅すべし!!」


 帝国派の言う事は、(少なくとも彼らにとっては)筋が通っている。

 彼らにとって最大の敵であるティフォーネが消えた以上、全軍を持って攻めこむのは国是にも戦略的にも理に叶っている。

 だが、そんな彼らに対して中立派の一人が声を上げる。


「ちょっと待て!そもそもエキドナの落とし子とか人体実験とか私たち聞いていないぞ!!流石にこれは非人道的すぎるだろうが!」


 そう、あの魔術改造を施された落とし子は、帝国派の独断で行っていたのである。

 落とし子のあまりの残酷な作り方に、中立派や亜人派から一斉に声が上がる。


「貴様ら!亜人の肩を持つのか!」


「そういう事を言っているんじゃない!これが外国に知られれば、我々が平気で非人道的な事を行う外道の国だと思われるだろうが!!」


 その中立派の言葉に、帝国派の重鎮はそれを鼻先でせせら笑う。


「ハッ!!人道などと!!勝てばいいのだ!勝利こそ正義!!文句をいう他国など武力で黙らせればいい!我ら帝国こそが、この大陸を支配するに相応しいのだ!!」


 帝国にも様々な思惑を持った勢力が存在する。だが、その中でも大きな勢力は三つの派閥が存在する。

 人類至上主義を掲げて亜人たち弾圧を行う帝国派

 亜人たちと人間との共存を掲げる中立派

 そして、辺境伯を筆頭とする亜人たちのために努力する亜人派である。


 当然ながら、この帝国では帝国派が主流を占めている。

 比率でいえば、帝国派:5、中立派:3、亜人派:2と言った所だろう。

 だが、中立派には日和見主義の貴族たちも多数含まれているため、帝国派が主流の現在では強く出ることはできないだろう。中立派は、まるでウナギのように掴みどころがない存在である、というのは帝国派、亜人派の共通認識である。

 逆に亜人派は結束が固く、辺境伯の周囲の貴族たちはほぼ亜人派である。

 辺境伯が決起する際には、彼らも共に決起する事は確実ではあるが、やはり戦力としては帝国派には敵わない。


 帝国派からすれば、亜人派はただの裏切り者。

 全て殲滅したい所ではあるが、亜人派が殲滅されれば、次は我々が殲滅されるに違いない、という中立派の強い支援(彼らはこういう時にだけ一致する)により、何とかギリギリの拮抗が保たれている状態である。


「……全軍を挙げて大辺境に侵攻する。これはいい。だが、今この状況で辺境伯の爵位剥奪と領地剥奪は軍に非常に大きな混乱を招く。少なくとも、大辺境への侵攻が終わるまでは待ってほしい。」


 亜人派の一人が、会議の皆に対して言い放つ。

 裏切り者どもが、と帝国派はざわめきだすが、その発言自体は確かに理があった。

 帝国屈指の戦力を誇る辺境伯の軍が大混乱に陥っては、大辺境攻略どころか逆に殲滅されてしまう可能性すらある。

 そうなれば、帝国派にとっても大きな痛手になる事は間違いない。


「……いいだろう。ただし!辺境伯たちには最前線で竜たちと戦っていただく。

 その際に大きな功績を上げたのなら、褒美として爵位剥奪や領地剥奪も取りやめになる可能性もある。それでは、これでよろしいな。」


 その言葉に、そこにいる皆は一斉に頷いた。




 ―――会議の後、中立派の一人はもう一人の中立派の重鎮に報告を行っていた。


「では、辺境伯が反旗を翻すのは確実だと?」


「は、帝国派にも焦りが見え始めています。この期に乗じて、辺境伯の地位剥奪、さらに領地剥奪に乗り出す予定でしたが、今回の報告を受けて一旦取りやめにした模様です。」


「ふむ、亜人派の提案は向こうにとってもまさに渡りに船だったという訳か。

 だが、それでも辺境伯は反旗を翻すのを辞めることはあるまい。

 さて、そこで我々のやることだが……。今まで通り亜人派に対して支援は行う。もちろん帝国派に感づかれないようにな。」


「は?彼女たちはもはや裏切り者ですが、それでも支援を続けると?」


「考えてみたまえよ。もし彼女が帝国派に勝利してしまった時に何も支援していなかったとなれば、次に排除されるのは我々だ。

 だが、ある程度支援していれば、彼女も我々が旗色が良くなった時に参加しても文句は言われまい。」


「では、いつも通り、という事で。」


「ああ、いつも通りだ。我々中立派は誰が勝利したとしても、生き残れるような状況を作っておかなければならない。帝国派、亜人派どちらが勝ってもな。

 蝙蝠と呼ばれようが、最後に立っていた方が勝利者なのだ。」


人類と亜人の関係を改善させるためには、長い時間と大変な努力が必要になる。

それまで我々は、勢力を保ちながら生存しなければならない。両方の極端な勢力を上手く削いでいかなければならない。

当然、保身のためというのも大きいが、それが中立派の大勢の意見だった。





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