第33話 エアバトル・スポーン

 透き通るような青空を、超音速で飛翔していく二体の竜。

 まるで放たれた矢のように、彼らは凄まじい勢いで煙の上がっているドワーフの居住地へと向かう。

 超音速により発生したソニックウェーブによる轟音に、下の森の動物たちは一斉に逃げていくが、今の彼らにそんなことを気にしている余裕はない。


 魔術レーダー術式に反応している不明物体が存在している、煙が上がっているドワーフの居住地の上空へと突撃していく、肉眼でも飛行している二体の飛行物体を発見する。

 そして”それ”を見た瞬間、アーテルは思わず魔術通信ごしに叫び声を上げた。


《な、何じゃありゃ!?竜に……人間の首がついてるじゃと!?》


 そう、そこで彼女が目にしたのは忌まわしい竜、エキドナの落とし子の姿だった。

 落とし子の首の横にずらりと並ぶ竜人の生首。

 そして、落とし子の額部分に存在する人間の生首の姿には、人間の常識など超越する竜にとっても生理的な悍ましさを与える光景だった。

 その人間の悪意と異常な竜の悍ましさを感じさせる竜に、流石のリュフトヒェンも息を飲む。


《あれは……?》


《混沌竜エキドナの落とし子じゃ!かつて世界に対して侵攻を開始した混沌を退ける際に、飲み込まれたエンシェント級の竜、エキドナ。

 混沌に飲み込まれたエキドナは、混沌竜と化して無限に落とし子を産み落として世界に対して牙を向いた際に、ティフォーネによって打ち砕かれて封印されたと聞く。

 落とし子ならば、残骸やら傷ついた地脈から溢れ出すことは考えられるが……。あの首はなんじゃ!?妾あんなの知らん!!》


 二体の竜は一度落とし子の上空をフライパスして、旋回してそのまま、二体の落とし子に向き直る。


 二体の竜と二体の落とし子は、お互い正面から相対する形になる。

 その落とし子の額や首横にずらりと人間の生首が取り付けられているの見て、その猟奇的な光景に流石の彼らの背中にも寒気が走る。そして、その額に生えた生首の唇に連動して、落とし子の口も言葉を紡いだ。


『ふふふ。どうかね?驚いていただけたかね?これぞ、人間が竜を支配下に置くことが出来る私の魔術研究の結果だよ。そう、もはや竜など恐れるに足らず。これからは人間が竜を支配する時代がくるのだ!』


 そう堂々と宣言する落とし子と男に対して、リュフトヒェンは怒りを宿した瞳で睨みつける。彼らは人の命など何とも思っていない。ただの実験材料、ただの物扱いなのは、落とし子の首の横についている生首を見ていればはっきりと分かる。

 そして、そういう奴らに対して言うべき言葉はただ一つだ。


『そうか。それがアンタたちのやり方なら言うべき台詞は一つだけだ。……叩き潰してやるよ!このクソ野郎が!!』


『ははははは!!よかろう!私が得たこの力、君たちで試験運用させてもらおう!行け!!』


 その叫びと共にドワーフの居住地から復活した方の落とし子は、咆哮を上げながらアーテルへと襲い掛かる。恐らくは、もう一体の男の思念波によってコントロールされているのだろう。実質、彼は二体の落とし子を操作している事になる。

 認めなくはないが、その魔術の腕前だけは認めざるを得なかった。


 その落とし子は、魔力放出で加速しながらアーテルに対してヘッドオンで襲い掛かる。それはまるで騎士の一騎打ち、ジョルトを連想される状況だった。


『妾を舐めるなよ!生き腐れどもが!!』


 一直線に飛び込みながら、アーテルは周囲に魔力球を展開し、そこから自らの魔力レーザーを落とし子に叩き込む。直線状に存在する落とし子にそのレーザーは命中するが、命中して穴は開くが次の瞬間穴の開いた肉体は次々と再生していく。


 それに対応するように、落とし子は自らの爪をミサイル代わりにアーテルに対して射出する。アーテルのような魔力レーザーではなくて、爪という至極シンプルな物理攻撃だが、逆にいえば鱗によるチャフなどで防ぐのは難しいという点もある。

 次々と飛んでくる爪のミサイルを、エルロン・ロールと呼ばれる、直線に飛びながら体をくるくる360度回転させる飛行方法で飛行しながら回避する。


 すると、落とし子は予想もしなかった行動に出た。

 何と自らの腕を射出させてミサイル代わりにしたのである。


『何とォ!!』


 流石に驚いたアーテルは、くるり、と宙返り、ループの機動を取ってその飛んできた腕を回避する。リュフトヒェンもアーテルの背後を取られないように援護に回るが、息の取れた二体の落とし子の連携プレイに中々上手くはいかなかった。

 そして、そのまま下へ下降しようとしたアーテルの後ろに、落とし子がぴたり、と張り付いてしまう。


《アーテル!チェックシックス!!》


 チェックシックスとは、6時方向つまり真後ろに敵がついたので気をつけろ、という戦闘機パイロットの合言葉である。

 だが、当然の事ながら竜であるアーテルにそんな言葉が通用するはずもない。


《チェ……!?なんじゃ!もっと分かりやすく言え!!》


《後ろ!真後ろに落とし子がついている!!》


《だったら初めからそう言え!ええいクソ!!》


 そう魔術無線でアーテルは叫ぶと、そのまま機首、もとい首を下に傾けるとそのまま重力に従ってさらなる急下降を開始する。

 ロール機動で相手の攻撃を回避しながら、アーテルはさらに急下降を行う。

 落とし子もアーテルを追いかけ、同様に急下降を行うが、所詮落とし子である彼に、アーテルの全力の加速についていけるだけの速度は出せない。

 諦めて首を上に上げて急上昇を行うが、それがアーテルの狙いだった。


 アーテルもそれに乗じて、急下降から急上昇へと機動を変更する。

 そうなると、自然に先ほどと反対に、アーテルが落とし子の後ろへと張り付く形になる。

 俗に言われる「ダイブ・アンド・ズーム」と呼ばれる機動である。

 天然でそれを編み出すとは、流石にエルダー級の竜であると言える。


 距離は離れてはいるが、落とし子の背後についたアーテルは、そのまま口を開けて魔力充填の準備を始める。

 ―――発射。

 ドラゴンブレス。竜の最大の攻撃である。

 アーテルのブレスは、自分の魔力を収束・加速させてそのまま放つという極めてシンプルな魔力攻撃である。

 シンプルであるがゆえに下手な防御などでは防ぎきることはできない。


 何とか回避状態をとる落とし子だが、完全命中は避ける事はできても、そのブレスの余波により、そのまま半液体状の粘着性な肉体をいとも容易く吹き飛ばされる。だが……。


《うぇっ!?あの落とし子、あの状態でも肉体を再生しているのか!?流石空帝でも封印することしかできなかったエキドナの生命力を引いているだけあるな!!》


 そう、落とし子は下半身がアーテルによって吹き飛ばされてもなお、平然と飛行しており、さらに消失した下半身も再生しているのが目に見えて分かる。ティフォーネがエキドナを封印するしかなかった理由としては、その無限の生命力と再生能力にあったとされている。

 何でも、物質を構成する最小単位にまで吹き飛ばしてもなお滅ぼせなかったので封印するしかなかったらしい。

 落とし子もその再生能力と生命力を受け継いでおり、下半身を吹き飛ばされても平気で飛行を行っている。だが、このチャンスを逃すアーテルではない。


《だったら徹底的に吹き飛ばせばよいこと!!くたばれ!!》


 アーテルはそのふらふらと飛ぶ落とし子の上半身に向けて、連続で魔術レーザーを叩き込み、完全に粉砕する。

 流石に再生能力があるとはいえ、所詮は落とし子。木端微塵にされればもはや再生はできまい。こうして落とし子の一体は完全撃破された。

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